第45話 あれはまさしく獣
【アヤメ_視点】
「んぐぅ……あは……じゅる……ハァハァ……」
普段は使わない身体の部分を使っていたからだろうか。
思わず変な声と汁が出てしまう。
最初の内に感じた下腹部の鈍い痛みと異物感は、いつしか感じなくなっていた。
今私の中に残っているのは、謎の心地よさと、やり切ったという達成感。
今までの自分から変われた気がした。
私はやり遂げた……。
「あ~、何とかセックスしないと出られない部屋の催しを始められたですぅ~」
はい。超絶美少女女神様のアヤメちゃんですぅ。
あ、冒頭の声は、私の持てる神通力を8割消費して一心君たちをあの部屋に閉じ込めた後の疲労で、喘いで痰がからんでただけですぅ。
エッチな声だと思った奴は、自身の低俗さを猛省するが良いですぅ。
「さて……。とは言え、流石に実の兄妹であの部屋に閉じ込めたですから、事態はそう直ぐには動かないですよねぇ」
荒い呼吸がようやく整ってきて、水分も十二分に補給して、ようやく私は監視を始める。
なお、本来のあの部屋の監視ルームは使えないので、監視兼配信カメラ用の式神をあの部屋に忍ばせている。
これだけでも、まぁまぁの神通力を消費するのが懐に痛い痛いですぅ。
「さて、部屋の中の状況はっと……んぎゃ!?」
完全に油断していた私は、目の前に飛び込んできた有様に、思わず椅子からひっくり返ってしまう。
「な、な……」
転げ落ちた椅子から立ち上がりながら、私は自分が先ほど網膜に焼き付いたシーンを頭の中で反芻する。
あれはまさしく獣。
そうとしか形容のしようがない光景でした。
『お兄ちゃん、お兄ちゃん』
反射的に監視用モニターの映像は切ってしまいましたが、オンになったままなスピーカーからは、妹ちゃんがうわ言のように、情事の相手を呼ぶ声が繰り返し響く。
音声だけでも、それが愛しい人と繋がれて幸せに満ち満ちているメスの声であることが、私にも解った。
「いいなぁ……」
思わず口をついて出た羨みの言葉と、下腹部にキュンと来る切なさ。
私は、そのまま……。
「おい、アヤメ」
「ほぎゃああぁぁぁ! だから、背後から急に声かけないでくださいよカヤノ先輩!」
危なかったですぅ。
心臓に悪いったらないですぅ。
「やったなアヤメ! 新記録だぞ!」
「な、何がですかぁ?」
興奮した様子でバンバンと背中を叩いて来るカヤノ先輩に対し、何のことだか解らない私は首をかしげる。
「セックスしないと出られない部屋の最速脱出記録だよ!」
「ええ!? そうなんですか?」
どんだけ盛ってたんですぅ、あの兄妹。
いや、あの部屋に閉じ込めた時に一心君は怒ってたから、お兄ちゃんの後ろで黙って立ってた妹ちゃんが一心君を襲ったのですかぁ?
それにしたって、閉じ込めておいた本人が言うのもあれですが、判断が速すぎですぅ。
「実の兄妹の組み合わせっていうのが既に面白いのに、その上で、あの速攻だったからな。冒頭から盛り上がりのピークでそのままフィニッシュテープを切ったから、観衆の神々もスタンディングオベーションが止まなかったぞ」
「そ、そうだったんですね」
そう言えば、カヤノ先輩には観客の神々の方たちのお世話をお願いしていたんでした。
そっちまで私の神通力でまかなってたら、あっという間に私の神通力は枯渇してましたからねぇ。
「ゴッドオブゴッドも、お気に入りの一心君の新たな一面を見れて、大層ご満悦だったらしいぞ」
「それは良かったですぅ」
「今回は、リモート監視でのお部屋管理という業務改善も行ったしな。これは、部門表彰を獲ったかもだぞ。指導係の私も鼻が高いよ」
「そんな、カヤノ先輩にも手伝ってもらったおかげですぅ」
まさかのケガの功名ですぅ。
自腹で神通力の8割をつぎ込んだ時は、三食もやしの味噌汁生活地獄になると絶望してましたが、やっぱり優秀なアヤメちゃんですねぇ。
ピンチをチャンスに変えて、上司からの評価を爆上げ。
自分の有能さが怖いですぅ。
まぁ、一心君と妹ちゃんを閉じ込めたのは単なるミスなんですけど、勝てば官軍なんですよぉ。
「ただ、今回はあまりに短時間で完結しちゃったからな。リモート監視の有用性の検証等も含めて、近々またセックスしないと出られない部屋の催しが開催決定したらしい」
「ふぁっ!?」
はぃぃぃ!? なんで、またもや短期の間隔で開催を!?
「で、検証のためにも、またアヤメが担当だそうだ」
「なんでですぅ!?」
もう今年分の神通力が残ってないですから、もう一度今回みたいな神通力でごり押しすることが出来ないですぅ。
かと言って、他の人に担当を代わってもらったとしても、セックスしないと出られない部屋の管理者権限が人間に奪われていることが白日の下に晒されて終わりですぅ。
あれ? これ、詰んでないですかぁ?
「オーディエンスの神々も盛り上がってるからな。また期待しているぞとゴッドオブゴッド直々のお言葉だ。やったなアヤメ! ゴッドオブゴッドに、顔と名前を覚えてもらったら、次の人事異動で中枢部門へ異動かもな」
「は、はいですぅ……」
栄転は望むところですが、今の私はそれを素直に喜んでられないですぅ。
一体、どうすればいいんですかぁ⁉ 神様、助けてくれですぅ!
「んじゃ、神々たちのお見送りがあるから、お前も参加者の後処理をしておけよ。今日はお疲れさん」
「はい。お疲れ様ですぅ」
カヤノ先輩を見送ると、私は自分のデスクの椅子にへたり込むように座った。
「どうしよう……どうしよう、どうしよう、どうしよう!」
考えても考えても妙案なんて浮かばねぇですぅ。
う……考えていたら、また胃が痛くなってきたですぅ。
胃の差し込まれるような痛みに耐えながら、私はデスクの引き出しから胃薬を取り出して服薬した。
ああ……もう、私の味方はお前だけですぅ。
「そう言えば、一心君たちはどうしてるんですかね」
一心君たちも元の世界に戻しておかないとですぅ。
気付いたら、スピーカーから嬌声は聞こえなくなっているですぅ。
私は、恐る恐る監視用モニターをオンにした。
あ、良かった。
もう終わった後みたいですぅ。
でも……。
「うわぁ……一心君の目からハイライトが消えてるですぅ……罪悪感とかパなかったんでしょうねぇ。それにひきかえ、妹ちゃんは幸せそうな顔してるですぅ……」
妹と一線を越えちまった快楽と絶望が入り混じった一心君の表情と、一心君の腕枕の中で多幸感に浸りながら猫のように丸まってお兄ちゃんに甘える妹ちゃんが対照的ですぅ。
なるほど。
きっと、私がミスしてこの部屋に閉じ込めなくても、遅かれ早かれこうなっていたですね。、この兄妹は
ええ、きっとそうだと思うですぅ。そう思い込むことにするですぅ。
「女神の情けですぅ……せめて、一心君のこの部屋での記憶だけは、きっちり消しといてやるですぅ」
本当は、記憶消去の術に神通力を使うと、三食もやしの味噌汁生活から、三食雑草の味噌汁生活に更なる転落をしてしまうのでやりたくなかったですが、仕方がないですぅ。
「感謝するですよ、一心君」
ため息をつきながら、私は記憶消去の処置に取り掛かった。
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