第46話 お兄ちゃんと一緒に登校~♪
(チュンチュン)
「む、朝か」
昨晩はいつの間にか寝ちゃってたのか?
夕食の後に部屋に戻ってからの記憶が曖昧だ。
「何か、この感じ。既視感があるような気もする……って、ん?」
徐々に意識が覚醒してくると、俺のベッドの中に何やら他の物体があることに気付く。
「また、琥珀姉ぇがイタズラで俺のベッドに潜り込んでるな。ほら、琥珀姉ぇ起きて」
そう言いながら、俺は掛け布団の上からポンポンと優しく叩いて起こす。
「ん……むにゃ……」
「あれ? って、んお! 瑠璃!?」
せまいシングルベッドの中にいたのは瑠璃だった。
なんでだ?
いや、妹が兄のベッドに潜り込んでいるというのは、フィクションにおいてはあるあるなのだが、俺と瑠璃では起こりえないイベントだ。
「おはよう、お兄ちゃん」
「お、お兄ちゃん?」
いつもはクソ兄貴としか呼ばれないのに、どういう風の吹き回しだ。
「ふふっ。お兄ちゃんの匂いだぁ」
呆気にとられる俺に抱き付いてくる瑠璃は、まるで別人だった。
「瑠璃……なんだよな?」
「うん、お兄ちゃん大好きな妹の瑠璃だよ」
寝起きだからだろうか。
トロンとした目で瑠璃が優しく微笑み返してくる瑠璃。
瑠璃のこんな笑顔は、テレビや雑誌のスチール写真でも見たことが無い。
「お前、偽物だろ。瑠璃をどこへやった!」
瑠璃にしか見えないが、きっと神隠しにあって、偽物とすり替わっているんだ。
それか、昨夜のうちに宇宙人にキャトられて、別人格を植え付けられたとか。
そうとしか考えられん激変ぶりだ。
「そうだね、昨日までの瑠璃はうそつきの偽物。今日からは、お兄ちゃんの事が大好きな妹の瑠璃だから。永久に共に」
「ええ……」
まるで自分の所有物だと言わんばかりに、自分の匂いを俺に擦り付けてマーキングするように、瑠璃が俺の身体に自分の身体を密着させる。
朝起きたらデレデレ妹に変貌した瑠璃に、俺は全くついていけてない。
「イッ君、おはよう~! って瑠璃ちゃんも、なんでイッ君のベッドに!?」
「あ、琥珀姉ぇおはよう。やば、今日はちょっと寝坊気味な時間か」
久しぶりの琥珀姉ぇの朝からの来襲。
「おはよう琥珀。気持ちのいい朝ね」
「お……おはよう瑠璃ちゃん」
いつもの敵愾心むき出しの態度との違いに、琥珀姉ぇも違和感を瞬時に感じ取ったのか、身構える。
「世界はこんなにも輝いている。人生って本当に素敵」
「どうしたの瑠璃ちゃん? 昨晩宇宙人に攫われて、脳にマイクロチップでも埋め込まれたの?」
「いや、俺にもさっぱりで」
コソコソと俺に話しかけてくる琥珀姉ぇに、俺もヒソヒソと解らない旨の返答をする。
「じゃあ、瑠璃ちゃん。もう外に事務所のお迎えの車が着いてるらしいから、着替えたら事務所のスタジオに戻るよ」
どうやら琥珀姉ぇのところに、瑠璃についての伝達事項の連絡が来ていたようだ・
「ああ、私行かないから」
「はい⁉ 何言ってるの瑠璃ちゃん! 昨日、勝手にスタジオからいなくなって外泊したのを怒られるのが嫌なの?」
「違う。私、お兄ちゃんと学校行くから」
「何言ってるの⁉ そんな事したら、私が事務所のマネージャーさんたちに怒られるじゃない」
「いや、瑠璃。今日から学校は夏休みで、俺が行くのは学校の補習なんだけど」
「何でもいい。私はお兄ちゃんと一緒に行く。仕事もしばらく休むって社長に言っておいて琥珀」
芸能の仕事に関しては、プロ意識のかたまりみたいな瑠璃が、まるで子供のように駄々をこねる。
1日で色々と豹変し過ぎだ。
「……どうしようイッ君」
どうしようと言われても……と、俺と琥珀姉ぇは揃って顔を見合わせた。
◇◇◇◆◇◇◇
「お兄ちゃんと一緒に登校~♪」
結局あの後、家の前まで迎えに来ていた事務所の人と舌戦を繰り広げて休暇を無理やりもぎ取った瑠璃と、こうして一緒に登校することになった。
なお琥珀姉ぇは、オーディション番組のスケジュールがあるので、後ろ髪を引かれる様子で出かけて行った。
「瑠璃。その……大丈夫なのか? 変装とかしないで」
「だって高校の制服姿でマスクやサングラスしてるなんて変じゃない。それよりも、私の制服姿はどう? お兄ちゃん」
瑠璃は、一応は俺と同じ高校に籍を置いているが、入学式も含めて一度も登校していない。
「よく似合ってるよ」
肉親だが初めて見る瑠璃の制服姿は、流石は芸能人だけあってオーラが違った。
「うそ……ラピス様だ」
「夏休み初日から補習でテンション下がってたけどラッキーすぎる。制服姿のラピス様が拝めるなんて、もう死んでもいい」
「あれ、でもラピス様が腕を絡めてるのって……」
「あの男! あの男!! あの男ぉ~!!」
「汚れる、穢れる、穢れる」
夏休みなので、登校するのは補習か部活のある生徒くらいで人数こそ少ないが、しっかりと歌姫ラピスの瑠璃だと周囲にバレる。
「なんか、人生一、周りからの視線がきついんだけど」
「そう? 私はこの手の視線は慣れっこだから」
あ、やっぱり腕は解いてはくれないのね。
既に平穏な高校生活君には別れを告げているが、今日はより一層、君の背中が遠く感じるよ。
「いや。俺も最近はこの手の視線を向けられるのは珍しくないんだけど、殺意の濃度が濃すぎる気がする。あと、女の子からの殺意の視線が精神をゴリゴリ削って来る」
「私のファンは女の子が多いからね。大丈夫だよ。私とお兄ちゃんがただの実の兄妹だって周囲に広まれば治まるよ」
「本当かな……」
俺は不安そうに、殺気を飛ばしてくる女子たちを見やる。
ガッツリ般若みたいな顔してますな。
(これは、教室に入ったらもっとヤバいな)
俺は頭痛をおぼえながら、皆の視線を独り占めしながら校門をくぐった。
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