第44話 実の兄妹でそんな
「どういう真似だアヤメ! 出て来い!」
『ちょっと一心君! シーッ! シーッ!!』
見慣れた真っ白な部屋に転移した瞬間、俺は瞬時にことを起こした奴の顔が思い浮かび、激高した。
すると、すぐにスピーカーから聞きなれた残念クソ女神様の声が聞こえてきた。
「姿を見せろ!」
『それが出来たら苦労せんですぅ! 今の私にはその部屋の管理権限はないから、そっちに行けないんですぅ!』
「じゃあ、どうやって俺たちをこの部屋に呼びつけたんだ!」
『そこは女神様の神通力で無理やりですぅ』
「なんだそりゃ! 神様のご都合主義パワーか!」
『うっせぇですぅ! セックスしないと出られない部屋の管理権限に干渉して、一心くん達をその部屋に強制召喚するのに、私の年間割り当て神通力の8割を注ぎ込む羽目になったんですよ! 何で、こんなくだらねぇ事で……こんな懐事情じゃ、今年は三食もやし味噌汁生活確定ですぅ……考えたら泣けてきたですぅ』
スピーカー越しにヴェーヴェー泣く逆切れダメ女神様。
なんだ、神通力って人間で言う所の給料みたいなもんか? 神様の給与制度って年俸制なんだな。
だが、こっちだって怒ってるんだ。
そんなん知るか!
「何のために、この部屋に呼びつけた」
俺に相談もせずにこんな強硬手段をアヤメが取ったという所から、何となく予想はついているが。
『いつもの神様の余興ですぅ。ゴッドオブゴッドが最近、この催しを気に入っちゃって』
「くだらない。帰る」
『待て待て待てですぅ! 管理者権限で帰ろうとしないでくれですぅ!』
「うるさい!」
付き合ってられるか。
『そんな事したら、一心君がこの部屋の管理権限を持っている事がバレて、そのままデリートですよぉ! 当然、横にいる子も!』
ここで、俺は横にいる瑠璃を見やる。
「お兄ちゃん……」
瑠璃は不安そうな顔で俺の服の裾をつまんでいる。
さっきから、いつもの『クソ兄貴』じゃなく、小さな子供の頃の呼び方である『お兄ちゃん』になっている事からも、瑠璃の不安が伝わって来る。
ダメだ。
俺が瑠璃を守らないと。
だって、俺はお兄ちゃんなのだから。
「……この野郎、卑劣な真似を」
『最初に言ったはずですぅ。私と一心君は同じ船に乗っているのだから、沈む時は諸共ですぅ』
クソが。
こうして改めて考えると、本当に泥舟に乗せられちまったもんだ。
「だからって、何でよりにもよって妹と一緒なんだ!」
『ん、妹? あれ? その子って、一心君の幼馴染のお姉さんじゃないんですか?』
「この子は瑠璃。俺の実の妹だ!」
『マジですぅ!? ああ、神通力で無理やり管理権限に干渉したせいで、座標がちょっとズレたんですかねぇ。一心君の家にいたし、私はてっきり……ヤベェですぅ。今回の企画は幼馴染同士のジレジレ物だと思ってたのに、禁断の兄妹愛ものになっちまったですぅ』
「だから、俺はさっきから怒ってるんだよ!」
『一心君が冒頭からキレ散らかしてる事に合点がいったですぅ。あ、でもヤバい。配信機器の不調確認中との名目で配信映像と音声を切ってましたが、そろそろ神々が騒いで限界っぽいですぅ。とりあえず始まるですから私はドロンするですぅ』
「おい、待てアヤメ!」
だから元に戻せって!
『くれぐれも、自分が管理者である事と、この部屋の事を知ってる素振りは見せない事ですぅ! それじゃ、配信スタートですぅ‼』
そう言うと、ブチッとスピーカへの接続が切断される音が響く。
『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』
そしてここで、お決まりのいつものアナウンスに切り替わる。
この機械的ないつものアナウンスが流れたという事は、本当に神々への配信が始まったのだろう。
「お兄ちゃん。この部屋って一体……」
「大丈夫だからな瑠璃。お兄ちゃんが必ず元の場所に戻してやるからな」
考えろ、考えろ。
俺の持つこの部屋の管理者権限を、今、向こう側で見ている神々たちにそれと気づかせないように、この部屋を出る方法を。
頭の中を目まぐるしく回転させ、必死に記憶の中にある、この部屋の管理者権限のマニュアルをめくり、良い方法はないか考える。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ブツブツ……観ている神々を出し抜くには……」
「お兄ちゃんってば」
「幻影を見せる……だが、神には真実を見通す目があるとか言ってたから、それはあまりに危険な賭けに……ブツブツ……」
「こっち向け! お兄ちゃん!」
「わっ! な、なんだ瑠璃」
突然大声を出した瑠璃にビックリする。
流石は歌姫ラピス。
声量のある声が腹に響く。
「まずは状況を冷静に判断する必要があると思う。あと。お兄ちゃんがさっきまで口喧嘩してた人のことは話さない方がいいんだよね?」
コソッと瑠璃が俺に耳打ちする。
流石は瑠璃だ。
有名な歌姫として、ステージで何万人もの人間の前に立つ妹にとって、これくらいのトラブルくらいで冷静さを欠いたりしないのだろう。
俺の方から何も説明していないのに、状況を読み取って適切な対応が取れている。
「そうだな。理解が早くて助かる」
「うん。じゃあ、セックスしようか」
「…………ん?」
これはいけないな。
さっきアヤメと口げんかした興奮が残っていて幻聴が聞こえてしまったようだ。
「私は床でも別にいいけど、せっかくの初めてだからベッドが欲しい。ああ、このタブレットで注文できるのね。ダブルサイズでいい? お兄ちゃん」
順応性高く、瑠璃が早速注文用のタブレットを見つけて操作する。
「ええと……ダブルってハンバーガーの話か? 悪いけどお兄ちゃんは、今はそんなにお腹空いてないんだが」
「じゃあ、広いに越したことないだろうし、ダブルサイズのベッドにしときましょうか」
俺のとぼけた回答を無視して、瑠璃はササッとタブレットを操作して、何もない部屋の中にいち早くダブルベッドが設置された。
ベッドのシーツは真っ白で一点のシミもヨレもない。
「ふぅ……ちょっと今更ながら緊張して来ちゃった。ドーム公演初日でもこんなに心臓がバクバク言わないのに。お兄ちゃん、そんな所に突っ立ってないで、こっちに来ないとセックス出来ないでしょ」
「待て待て待て待て! おかしい! 何を、当たり前にセックスしようとしてるんだ瑠璃!」
「大きな声出さないで、お兄ちゃん。私は至極、冷静よ。冷静に考えた上で、お兄ちゃんとセックスすることを決めたの」
「何でだ⁉ 俺が別の脱出方法を」
「お兄ちゃん、シッ!」
「あ……」
俺がそう言いかけた所で、瑠璃が人差し指を口元に立てて、黙るように無言で促す。
そうだ。
今、この瞬間も神々に配信で観られているのだ。
動揺のせいで迂闊に、俺の管理権限について口に出してしまう所だった。
「こっち来てお兄ちゃん。私を抱いて」
「……⁉ おま!」
「密談するためだよ (コソッ)」
「あ、ああ、そう言う事か」
俺はベッドに横たわる瑠璃を抱きしめようと、おずおずと手を伸ばす。
「って言いつつ、ていっ!」
「うお⁉」
瑠璃の背中を抱き寄せようと伸ばした腕をとられてベッドに突っ込む。
その隙をついて、瑠璃が素早く俺の身体の上にまたがる。
「ふふっ。お兄ちゃんってチョロいね。すぐ私の言う事を信じちゃって」
「る……瑠璃?」
瑠璃はずっと小柄な体躯なのに、日頃のダンスレッスンによる発達した体幹ゆえか、はたまたいざという時の護身術の賜物なのか、組み伏せられて動けない。
「そんな風にチョロいから、お兄ちゃんは、赤石さんや白玉さんにもパクリと食べられちゃうんだよ」
「待て! 俺たちは、血の繋がった兄妹なんだぞ!」
妖しく笑う瑠璃を見上げながら、俺は混乱した頭で瑠璃に考え直すように言う。
「うん知ってる。でも、この部屋から出るためには仕方がないよ。私にはたくさんのファンが待っている。無闇に長い期間、この部屋に閉じ込められてあげる訳にはいかない。そして無事にこの部屋を出るなら、これが一番安全な方法だよ」
「う……」
今、瑠璃が言った『無事に』、『安全に』という言葉には、今観られている神々に、秘密を覚られないようにという意味合いで瑠璃は言っているのだろう。
瑠璃は本当に聡い。
場面上、違和感がないように装いつつ、俺に真意を伝えている。
それに引き換え、この部屋での時間経過は現実世界とリンクしないという事を、上手く神様たちの目を誤魔化して伝える術を俺は見いだせずにいた。
「この部屋って最高。神様なのか何なのかは知らないけど、こうして私にお兄ちゃんと結ばれる場所と、正当な口実を与えてくれてありがとう」
「な、なんで……瑠璃は俺の事なんて嫌いなんじゃ」
「お兄ちゃんって、本当にニブイね。あんなの好き避けに決まってるじゃない。私にだって、実の兄妹がそういう事をしちゃいけないって、最低限の理性が働いていたから、ああして遠ざけてたんだよ」
「理性が働いてたって言いながら、何で脱ぎだす!」
パジャマ姿の上衣を手に掛け、ブラが露わになり、俺は慌てて手で目を隠す。
妹の下着姿なんて、それこそ小学校の低学年以来だ。
そこには、一緒にお風呂に入っていた幼女のものではなく、しっかりとした女の柔肌があった。
「いずれ外さないといけない理性の鎖なんだから。その鎖を引きちぎる建前さえ与えられたら、私はどこまでも行ける」
「思い切りが良すぎる! こんな短時間で!」
優月も珠里もそうだけど、なんで女の子は、覚悟を決めたら猪突猛進で、自分の欲望を実現しようと突っ走るんだ⁉
「ねぇ、お兄ちゃん。これが歌姫ラピスの一糸まとわぬ裸だよ。ファンがいくら願おうが、脂ぎったスポンサーのオヤジが億のお金を積もうが、決して拝むことのできない」
パサリとパジャマと下着が脱ぎ落される音と共に、耳元で瑠璃がささやく。
瑠璃の艶めかしい声と吐息に、不覚にも身体が反応する。
「わっ! お兄ちゃんの元気元気君だ。なんだ、ちゃんと妹の私でも反応するんじゃん。嬉しい」
「か、考え直せ瑠璃。実の兄妹でそんな」
「知ってるお兄ちゃん? 『彼氏がいるのに』、『妻がいるのに』、『大事な親友なのに』、『実の兄妹なのに』。こういった背徳は、最高の興奮材料なんだよ。だから、さっきから私はとっくに興奮の限界なんて超えちゃってるの」
「ちょっと、待っ」
「じゃあ、しちゃうね」
俺の抗議の声は、その後の唇と、全身に被さる柔肌の圧≪の≫し掛かりによってかき消された。
『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります♪』
心なしか、この部屋のいつものアナウンスの声も、ようやく本来の用途に使われることに対してなのか、声が弾んでいるように聞こえた。
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