第43話 お兄ちゃんの前だと素直になれない
「どうだ瑠璃。美味しいか?」
久しぶりの家族との食事という事で、腕によりをかけて作ったメニューを前に、俺は瑠璃の反応が気になって、すぐに感想を尋ねてしまう。
「ん……普通」
瑠璃の素っ気ない感想に、俺は内心少し落胆する。
「そ、そっか。まぁ、瑠璃は芸能人だから、色々と高級で美味しいお店に行き慣れてるから、俺の作ったただの家庭料理じゃ口に合わないよな」
「そんなこと無いし……ただ、久しぶりに2人きりの食事で緊張して、食事が喉を通らないだけだし……」
「気を使わなくていいよ。残してくれてもいいからな」
「…………」
何とも言えぬ沈黙が食卓に流れる。
(ドタドタドタッ)
沈黙の食卓を切り裂くように、元気な足音が近づいて来る。
「イッ君~ 来たよ~」
「なんで、アンタが夕飯にまで押し入って来るのよ琥珀」
「これ、お母さんが持って行きなさいって。はい、どうぞ」
「ありがと琥珀姉ぇ」
琥珀姉ぇが来てくれて、正直ホッとした。
沈黙が辛かったから。
「イッ君のチャプチェだ。鷹の爪なしの甘い味付けで、私好みで美味しい」
「これは私仕様でクソ兄貴が作ってくれたからよ。勘違いしないで琥珀。っていうか、普通に食べ始めないで。他の女の子2人は遠慮させたくせに」
「そこは幼馴染の特権だから。幼馴染が一緒に夕飯を食べるのは、もはや特別なことではないから」
「まったく……」
瑠璃も琥珀姉ぇに悪態をついているが、内心では俺と同様なはずだ。
一気に食卓が和やかな空気になる。
物心ついた頃から、反りが合わない俺達兄妹の間を、琥珀姉ぇはとりもってくれている。
「はい。琥珀姉ぇの茶碗」
「ありがとイッ君。ほら、瑠璃ちゃんも、明日にはまた事務所の合宿所にトンボ返りなんだから、今のうちにイッ君のご飯を味わっておきなさい」
ワシワシと受け取ったご飯を食べながら、琥珀姉ぇが瑠璃を促す。
「うん……」
「もう明日には行くのか。早いな。さすがは有名人」
「私もオーディションの合格内々定はもらってるけど、オーディションの結果発表の場には居ないといけないみたいだし」
「そっか……2人は凄いな。そうやって、勝負の世界できちんと結果を残して」
「イッ君だって勉強できるし、空手で賞をもらったり、お料理も上手いよ」
「たしかに俺は割と色々出来る方かもだけど、最初だけだ。どれも中途半端なんだよ」
そう言いながら、俺は自嘲気味に笑った。
自分は要領の良いタイプではあると思っている。
コツをつかむのが早く、人より早く結果は出す。
けど、それも最初期だけ。
最終的には研鑽をひたすらに積み上げてきた人や、本当に才能のある人に抜かれる。
「そんな事……」
「瑠璃や琥珀姉ぇ、父さん母さんみたいに、心底一つのことに打ち込むことをしてない。だから俺は……」
(ガシャンッ!)
「もう要らない。クソ兄貴の話を聞いてるとご飯がマズくなる。ご馳走様」
憮然と荒々しく、瑠璃は食卓の席を立ち、自分の部屋へ行ってしまった。
「また、やっちゃったな……」
俺は自己嫌悪で、顔を手で覆いながら天井を仰ぐ。
いつもこうだ。
妹の瑠璃と接すると、その天性の才に対して自分が酷く矮小な存在に見えて、優秀な妹の足を引っ張る情けない兄としての自虐が口をついて出てしまう。
そんな事を聞かされて、妹の瑠璃だって反応に困る事は解っているのに。
ほんと、瑠璃の言う通りクソ兄貴だ。
「イッ君。食卓の片づけは私がやっておくから、イッ君も部屋で休んできな」
「琥珀姉ぇ……」
「大丈夫。ちゃんと瑠璃ちゃんの方は私がフォローしとくから」
「ありがとう、いつもゴメンね」
普段は、モデルのお仕事でしんどい時の琥珀姉ぇを俺がケアするのだが、こういう時には琥珀姉ぇが支えてくれる。
「なんの。瑠璃ちゃんは私の義妹みたいなものなんだから」
義妹? ああ、幼馴染だから実質、妹みたいに瑠璃の事を思ってくれているってことなのかな?
「じゃあ、お言葉に甘えて部屋で休ませてもらうよ」
そう言って、俺は食器を流しに置いてリビングを後にした。
◇◇◇◆◇◇◇
【豊島瑠璃_視点】
「はぁ……なんで私、お兄ちゃんの前だと素直になれないんだろ」
もはや懐かしい、自宅のベッドに身体を投げ出し、私は天井を見上げながら独り言ちた。
「素直にお喋りできないし……こうやって久しぶりに家に帰ったのに、ろくにスキンシップも出来ずにこうして自室に閉じこもって……」
でも、さっきは我慢ならなかったんだ。
お兄ちゃんの事を貶める言葉なんて、例えお兄ちゃん本人からだって聞きたくなかった。
「でも、そうさせちゃってるのは、私のせいなんだよね……」
そう。
私が有名人だから。
みんなの歌姫だから。
だから、お兄ちゃんは苦しんでいる。
「こんな妹なんて、いっそ居ない方が……」
そう思って、両親の海外赴任を機に離れて暮らしてみた。
でも、離れてみても、お兄ちゃんに対する想いはむしろ大きくなるばかり。
けど、今日会ってみて、ますますお兄ちゃんとの心の距離が離れてしまっているように感じた。
さらに大人になって離れて暮らすのが当たり前になっちゃったら、もう本格的に他人と一緒に……。
ってダメだ。一人でいると思考がどんどん後ろ向きになる。
頭を振って、私はスマホを手に取った。
『ラピス様の歌を聞くのが毎日の生きがいです』
『サビの部分に共感しました。大事な人を想う気持ちが一番大事なんだって気付かされました』
『もう何百回再生しているか解りません。この世に生まれてきてくれてありがとうございますラピス様』
『ライブ行けて感動でした』
新曲のミュージックビデオの動画についたコメント欄を私はボーッと眺める。
でも、賞賛の言葉の羅列は、一つも私の気分を晴らしてはくれなかった。
「画面の向こう側やライブの観客席にいる人の心を動かしたり救えるのに、なんで私は一番近くにいる大事な人の心を動かすことが出来ないんだろう?」
ポツリと呟くが、答えは見つけられずに、ただ虚空を見つめる。
「やっと、見つけたですぅ……」
「⁉ 誰!?」
聞きなれない人間の声が耳に届き、私は瞬時に警戒態勢をとる。
誰だ? 私の熱烈なファン? ストーカー?
こういう場合の対処について頭を巡らせながら、私はスマホを手に取り、緊急通報をしようとする。
瞬間、私の目の前の空間全てがグニャリと歪んだ。
迂闊……催眠ガスか⁉
そう思ったのも刹那、私の目の前には真っ白い部屋が広がっていた。
『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』
訳の分からないアナウンス。いや、日本語の意味は解る。でも、そんな物が現実に? さっきの瞬時に別の場所に人を移動させた超常現象は何?
色んな疑問が混乱する頭の中を駆け巡る。
そして、私の傍らに、もう一人の人物が立っていた。
「お兄ちゃん……」
「瑠璃……」
驚き見つめ合う2人。
私の心は、かつて経験したことの無い混乱で、嵐のようにかき乱された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます