第42話 妹は歌姫

「うそ……あれ、ラピス様?」

「ラピスって、あの歌姫ラピス!? ミュージックビデオが最速10億回再生突破した、あの!?」

「ヤベェ、本物!?」

「なんで、この学校に!?」

「一応、うちの高校に籍があるって噂、本当だったんだ」

「写真撮ってもらえないかなぁ」

「プライベートかな。声かける? どうする?」


 校門前にタクシーが横付けされて、宝玉シリーズの優月や珠里、琥珀姉ぇが集まっているという、学校の生徒達の耳目を集める状況ではあった。


 今は下校時刻のピークで人も多い。

 このままでは、すぐに身動きできないほどに、人が集まってきてしまうのは目に見えていた。


「瑠璃。とりあえず、この場から移動しよう」


 どうして、マネージャーさんやお付きの人たちも連れずに来てるんだと混乱しつつも、まずは瑠璃の身の安全をと思い立った俺は移動を提案する。


「うん。運転手さん、すいません。一度精算してもらいましたが、もう一度、移動をお願いします」


 そう言って、瑠璃が再度タクシーに乗り込むのに合わせて、俺も後部座席に乗り込む。


「じゃあ、悪いみんな。後で連絡す……って、なんで皆当たり前の顔して乗り込んできてるの⁉」


 タクシーのドアが閉まりがてら、優月たちに謝りつつ走り去ろうとしたら、皆が迅速に乗り込んできていた。


「行くのはどうせイッ君の家でしょ? 私の家も近所なんだから、ついでに送って行って」


 琥珀姉ぇが当然とばかりに乗り込む。


「この状態で残されると、私たちが周りから質問攻めにされちゃうでしょ」

「う……」


 ニッコリ笑いながら乗り込んで来た優月のご指摘も、たしかにその通りだ。


「幸い、三列シートのミニバンタイプのタクシーだから全員乗れるぜ。いいじゃねぇか、どうせ運賃は何人乗ろうが変わらないだろ」


「いや、珠里は自宅の方向が全然違うだろ」

「いいじゃん。除け者扱いは無しだぜ。私だけ、まだ一心の家に行ったことねぇし」


 やや強引な理屈で、珠里も乗り込んでシートベルトをしめる。


「わかったよ」


 俺は諦めて、そのまま運転手さんに、とりあえず出してくれとお願いする。


 タクシーのドアが閉まる瞬間、またもや男子生徒が血涙を流しながらこっちを見つめてくるのは、軽くホラーだった。




◇◇◇◆◇◇◇




「で、クソ兄貴。琥珀はともかく、この人たちは誰?」


 我が家に辿り着いて、リビングで皆の分のお茶を出したところで、タクシーの車中でずっと押し黙っていた瑠璃が口を開く。


「ん? ああ、紹介がまだだったな。彼女たちは」


「初めまして瑠璃さん。一心とはクラスメイトで赤石優月といいます。瑠璃さんの事は、一心からよく聞いてますよ」

「白玉珠里だ。一心とは、空手の道場で一緒の馴染みなんだぜ」


 お、意外と普通の自己紹介。


 妹の瑠璃相手に、セックスしないと出られない部屋の縁でとか言わないかと、ヒヤヒヤしていた。


「……イッ君。赤石さんや白玉さんにも、瑠璃ちゃんが歌姫ラピスだって教えてるの?」

「そう……なるね」


「本当に信のおける人しか瑠璃ちゃんの事は教えないって、イッ君言ってたのに」


 なぜかショックを受けている琥珀姉ぇに、俺は曖昧な返事をする。

 曖昧な返事になってしまうのは、正確には俺に瑠璃の事を優月や珠里に話した記憶が無いからだ。


ただ、優月や珠里は俺の妹が歌姫ラピスである事については既知であるように振舞っているので、セックスしないと出られない部屋に居た時に、俺が瑠璃の事を2人に話したのだろう。


「クソ兄貴……可愛い女の子相手だからって、私の事を触れ回ってるの……」

「いや、そうじゃないんだ瑠璃。ええと……」


 ジトッとした目を向ける瑠璃に、俺はアセアセと弁明しようとするが、どう説明したもんかと悩む。


「一心は、私が姉の事を悩んでいる時に、妹の貴方の事を話してくれたの」

「私だって付き合い長いけど、妹の瑠璃ちゃんのことを聞いたのは、割と最近だぜ」


 ここで、上手く優月と珠里が、詳細はボカしつつ俺のフォローをしてくれる。


「私は幼少の時から瑠璃ちゃんの事を知ってたよ! なぜなら幼馴染のお姉さんだから!」

「ただ家が近所だっただけでしょ。それにしても、貴方達がね。ふーん……」


 琥珀姉ぇの幼馴染マウントを華麗に無視して、瑠璃が優月と珠里を頭からつま先まで、じっとりと眺める。


「こら、瑠璃。俺の友人をそんな値踏みするような目で見るな」

「クソ兄貴は黙ってて」


 たしなめるが、瑠璃は横目で俺をチラッと見ただけで、すぐに視線を元に戻してしまう。


「大丈夫よ一心。瑠璃ちゃんは、お兄ちゃんが私に盗られるんじゃないかと心配なのよ」

「は、はぁ!? い、意味解らないんですけど」


 優月の言葉に、珍しく瑠璃がうろたえた表情を見せる。


「いや、それは違うと思うぞ優月。瑠璃は妹って言っても、年子で同じ学年だし」

「そ、そうだよ」


「最近は離れて暮らすのもあって、ほとんど話したりしないし」

「う、うん……」


「メッセを送っても碌に返信してこないし」

「そ、それは、どう返信していいか解んなくて、悩み過ぎて返信できないだけで……(ブツブツ)」


「父さん母さんがミャンマーに海外赴任が決まったら、さっさと事務所の合宿所に出て行っちゃったし」

「それは、お兄ちゃんと2人暮らしなんて、緊張しすぎて気が休まらないからで……(ブツブツブツ)」


「だから、瑠璃は俺の事なんて兄だなんて認めてな」

「い、言い過ぎだし! そんな!」


 何故か涙ぐみながら、瑠璃がキッ! と俺を睨みつける。


「ああ、そうか。あまり、家族の内情をあまり他の人につまびらかに知られたくはないよな。瑠璃は有名アイドルなのに配慮が足りなかった。ダメ兄貴で本当にすまない」


 優月や珠里は、そんな周りにベラベラ話す奴じゃないって事は解ってるけど、瑠璃にとっては今日初めて会った人たちだもんな。


「そうじゃなくて……ああ、もういい!」


 プイッと瑠璃は頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。


 いつも俺達兄妹の会話は、俺が瑠璃を怒らせて終わってしまう。

 やはり、似ていない兄妹であるが故だろうか。


「一心が朴念仁なのは分かってたけど、ここまでとはね」

「な。男女の機微に疎い私でも、今のやり取りで、妹ちゃんの内心を察するぜ」


「福原先輩、幼少期から一心と瑠璃ちゃんはこんな感じの関係なんですか?」

「そうだよ。イッ君は瑠璃ちゃんの気持ちに気付いてないし、瑠璃ちゃんはブラコンをこじらせて、ツンデレ妹症候群を併発したの」


「家族関係って複雑だなー」


 何やら、優月たちが生暖かい視線を俺達兄妹に送っているが、俺の方は瑠璃の御機嫌取りに忙しいので、内容までは聞き取れない。


「瑠璃は本当に頑張ってるもんな。この間のドームでのソロコンサートも大成功だったし」


「え……観てくれたの」


「当り前だろ。家族が頑張ってるのを応援するのは。まぁ、これといった才能のない俺には、それくらいしか出来ないけど」


「お兄ちゃ…………って、家族が観てるとパフォーマンスが鈍るから観るなって

いつも言ってるでしょ!」


「そうだった。ご、ごめん」


 本当、いつも俺は瑠璃を怒らせてばかりだ。

 兄妹でもここまでウマが合わないのは、珍しいんじゃないだろうか。


「見事なツンデレだぜ」

「今度、あの部屋でツンデレごっこしたら、一心に刺さって私を押し倒してくれないかしら? 今度やってみよ」


「色々悪化してるね。まぁ、将来の小姑には教えてやらないけど」


 またもや、珠里たちから俺達兄妹に生暖かい視線と、何やら批評が投げかけられるが、真っ赤な顔でポカポカ殴って来る瑠璃の相手に手いっぱいな俺には、3人の批評の内容は解らなかった。

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