第41話 特濃の匂わせ
「ほ~い。プリントは行き渡ったか? 夏休みに入る前の注意事項について説明すっぞ」
足柄先生がプリントを手に、面倒くさそうに頭を掻きながら説明を始める。
が、夏休み前最終日の登校日とあって、クラス内は浮ついた雰囲気で、私語が目立つ。
「おら。ちゃんと聞けよお前ら。高校は義務教育じゃねぇんだから、夏休みにはしゃぎ過ぎてやらかしたバカは、そのまま退学処分でサヨナラだからな」
笑いながら怖い事を言う足柄先生の言葉で、冷や水を浴びせかけられた生徒たちが黙る。
「よーし、無事にお通夜の空気になったな。夏休み中は、危ない場所や、危ない地元の先輩とかの集まりにノコノコ参加しない事。『ねぇ、ちょっと2人で抜けない?』とか誘ってくる奴は男女問わずヤベェ奴だから、ちゃんと断れ!」
「いやに具体的っすね先生」
熱弁をふるう足柄先生に、蓮司がツッコミを入れて茶化す。
「普段周りにいない、ちょっとアウトローな先輩とかが魅力的に映るかもしれないが、その憧れは小説やマンガの世界での妄想だけに留めとけ! マジで!」
基本的には俺たちの事を心配してくれているようだが、どうにも面倒な仕事を増やしてくれるなという想いも駄々洩れな、安定の足柄クォリティの説諭である。
「あ、あと。夏休み明け妊娠カンパは嫌だから、避妊はしっかりしろ。ちゃんと避妊具は使え。いいな! 高校生には高い代物だけど、バイトしてでも買え!」
「この学校は校則でバイト禁止ですよ足柄先生」
あと、なんで足柄先生は避妊具の話については、俺の方をガン見しながら言うんですかね。
「うるせぇ豊島! JK妊娠より、こっそりバイトしてたのが見つかる程度の悪事の方が全然可愛いもんだろが! ちゃんと着けろよ、お前!」
なんで名指しなんだよ。
「いや、俺は使った事ないからよくわからな……」
「おい、男子高校生のカマトトぶりっ子とか需要ないからな」
足柄先生とクラスメイトの俺を見る目が冷たい。
「本当に使った事ないんですってば」
知らない事をきちんと知らないと言うのは恥ずかしい事ではないと、偉い哲学者だか教育者だかが言っていた。
そして、正直に答えることで、何とか俺にこびりついた、女の子をとっかえひっかえしているヤバい奴というイメージを払しょくしたい。
実際、俺は心は童貞のままなんだから、避妊具を実戦で使った経験が無いのは嘘ではない。
「って事は、お前らいつも……」
ここで、足柄先生が顔面を青ざめながら、優月と珠里の方を見やる。
あれ?
これって、俺の否定が全然別の意味で捉えられてないか?
「それは、私たちの口からは……ね、白玉さん」
「う、うん……」
2人共苦笑いし頬を染めながら、足柄先生のすがるような目線から、目を背ける。
いや、違うんだ。
決して俺が避妊具を使わないクソ野郎なのではなく、セックスしないと出られない部屋では、妊娠を100%回避する設定も出来るんだ。いや、俺に実際にした記憶はないんだけど。
けど、そんな事はこの場では言えない。
「ちょっと、頭痛してきたから千百合の所で薬貰って保健室で寝てくる……じゃあ解散。お前ら元気でなー。あと、学校ずる休みした赤石、白玉、豊島は明日からの夏期補習は強制参加な」
「しれっと罰が重い! 俺と優月は1回ずる休みしただけじゃないですか!」
「うっせぇ! お前らは、やっぱ何らかの鎖で縛っておかなきゃ、夏休み中にやりたい放題するだろ! だから強制参加だ! ちゃんと来いよ!」
俺の抗議の声を無視し、こめかみを抑え、現実逃避の呪詛をブツブツ言いながら足柄先生が教室から出ていく。
「先生。僕も特濃の匂わせのせいで吐き気がするので保健室に」
「同意ハーレムに重ねてノーガードとか脳破壊が過ぎる」
「神様、早く俺を二次元の世界に連れて行ってください……」
「そうだ、これは夢なんだ……。僕は今、夢を見ているんだ……。目が覚めた時、僕はまだ12歳。明日からラジオ体操に行って、朝ご飯を食べて、涼しい午前中にスイカを食べながら宿題して……」
「俺にはもうラピスたんしかいない。彼女こそ、この腐敗した汚い世界に生まれ落ちた天界の歌姫」
こうして、開始早々、幾人かの体調不良者を出しつつ、俺たちの夏休みが始まった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ちくしょう、補習だなんてついてない」
「何はともあれ、これで夏休みか」
「暑いからようやくって感じね」
最終日は半日授業なので、時刻は昼前。
太陽が真上にあって暑くて仕方がない。
「日傘あるけど入る? 一心」
「ありがと優月。日傘に入ると本当に暑さが違うね。あ、日傘は俺が持つよ」
身長差的に、俺が持った方が楽なので、自然と優月から日傘を受け取る。
「フフッ、一心と相合い傘~♪」
「優月、近いよ」
「だって、くっつかないと日に焼けちゃうもん
大義名分を武器に、優月は嬉しそうに俺の方に身体を寄せる。
「ム……一心。私も傘持ってるから、そっちが狭苦しいなら、私の方に来いよ」
なぜか対抗して、珠里も日傘を広げる。
フリルが付いた白い傘で、ボーイッシュな珠里には珍しい乙女チックな日傘だ。
「白玉さんも日焼けとか気にするんだ」
「褐色肌だけど、将来お肌のシミになったりしたら嫌だからな」
「いや、これ俺がただ2人の日傘をさしてるだけじゃないか」
両手を万歳するように2本の日傘を持って歩くさまは、さながら下僕である。
「ダハハッ! 流石、平和ハーレムを築く男だな一心。彼女たちをちゃんと平等に扱ってて偉いじゃん」
「だから彼女じゃねぇよ」
おい蓮司。爆笑して写真撮って何に使うつもりだ。
「2人分だから大変だなって……あ、どうやら、これからもっと大変になるみたいだぞ一心」
スマホを眺めていた一心が、ニヤリと笑いながら俺の方を見やる。
「どういうことだ蓮司?」
「すぐ解るさ。お、噂をしていたら……。んじゃ、俺は午後から部活あるから、夏休み楽しんでな一心」
そう言って、蓮司は暑いのに、走って部室のあるグラウンドの方へ行ってしまった。
「なんだ?」
グラウンドの方へ去っていく蓮司を見送っていると、
(キッ)
背後で車が止まる音がした。
「はいタクチケです。領収書ください」
後方から聞きなれた声が聞こえた。
「琥珀姉ぇ!? あれ、まだアイドルオーディション合宿から帰る日じゃないんじゃ?」
「イッ君! ああ、ようやく会えた……」
ビックリして話しかけた俺を認識し、即時駆け出した琥珀姉ぇが、こちらに突撃してくる。
「わっ!」
両手に日傘を持つ俺は、そのまま琥珀姉ぇに抱き着かれる。
「イッ君の匂いだ……ああ、帰って来たんだ私……」
俺の胸の中で涙ぐむ琥珀姉ぇ。
そして、両サイドにはプクーッと頬を膨らませた少女が2人。
し、仕方がないじゃん。
両手が日傘で塞がってたんだし……。
蓮司の野郎。
去り際の意味深な発言は、琥珀姉ぇに俺の居場所を密告してて、もうすぐ修羅場になることを見越して、自分だけ避難しやがったんだな。
と、裏切り者のユダの事は後回しで、何はともあれ琥珀姉ぇをなだめる。
「合宿はそんなに過酷だったの?」
「ダンスの練習はハードで、嘔吐したり血尿が出たりしてたけど、イッ君に会えないしスマホも取り上げられて連絡すらできなかったことに比べれば、全然大したことないよ」
「え……こわ。大丈夫なのそれ?」
身体からの明らかな悲鳴と思しき症状を、はつらつ元気な笑顔でのたまう琥珀姉ぇに畏怖の感情を抱く俺。
アイドルって、やっぱり凡人には無理な世界なんだな。
「お久しぶりです、福原先輩~。予定より早く帰ったって事は、オーディション落ちちゃったんですか? ざんね~ん」
早速、笑顔の優月がデリケートな部分を容赦なくつつく。
「あら、赤石さん。心配してくれて嬉しいわ。でも大丈夫。ちゃんと合格したから」
「え~、おめでとうございます~。じゃあ、今まで以上にお仕事が忙しくなって、学校なんて通ってる暇ないですね~。いっそ、転校とかしたらどうですか~?」
応戦する琥珀姉ぇに優月が、更なる毒を返す。
「こ、こわいよ一心……私、こういう女子同士が笑顔のまま、言葉で殴り合うのホント苦手で……」
ギャルっぽい見た目ながら、こういう女同士の大怪獣決戦が苦手な珠里は、俺の横でカタカタと震える。
「俺もそうだから安心しろ珠里。めっちゃ怖いよな」
「一心もアテに出来ないなら、大丈夫じゃないじゃん!」
そんなん言われても怖いもんは怖いと、空手有段者ながら、この場では弱者でしかない俺と珠里がコソコソと言い合う。
「あら、白玉さん。入学の時以来ね。最近は、一心と仲良くしてくれてるみたいね」
「ひっ……」
ニッコリと笑う琥珀姉ぇに対し、褐色肌でもわかるくらいに顔を青ざめさせる珠里。
そう言えば、珠里は琥珀姉ぇに対してトラウマ持ちだった。
「そうそう。最近は、みんなでツルむことが多くてさ」
適当な事を琥珀姉ぇに言いながら、俺はさりげなく珠里を後ろにかばう。
「一心……ありがと」
背中にいる珠里が潤んだ瞳で、俺を見上げる。
「ふーん……ギャルなのに、か弱いあざとムーブとは、やるわね白玉さん。つくづく、潰しきれなかったのが惜しいわ」
「普段は男友達っぽく振舞って、こういう時には、私も女子なんだよね顔するとか……やっぱり白玉さんは手ごわいわね」
「何の分析? あと、なんで優月もそんな敵視してんのさ」
ねめ付けるような険しい目で背後の珠里を睨む琥珀姉ぇと優月に、注意する。
一応再度確認だが、俺の背後で小さくなっている珠里は、空手の有段者で、組手では全国レベルの選手です。
「はぁ。まぁ、この問題についてはいずれ対処するとして、今日はゲストが来てるんだよイッ君。もっとも、イッ君にとっては、あまり会いたくない人かもだけど」
ため息交じりに琥珀姉ぇがつぶやく。
「ゲスト?」
「ほら、いつまでもタクシーの席に隠れてないで出てきなさい。まったく、さっきまでは尊大なラピス様だったくせに」
そう言って、琥珀姉ぇが背後にいる少女を引っ張り出す。
「瑠璃……」
「ひ……久しぶり……クソ兄貴……」
そう言って、おずおずと琥珀姉ぇの影から出てきたのは、俺の妹の瑠璃だった。
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