第34話 じゃあ行ってらっしゃい
「はぁ~、気が重いな」
「大丈夫? 一心」
「ああ、大丈夫だ。はぁ……」
心配そうに優月が横から覗き込んでくるのに返事をしつつ、またため息が重なる。
「ため息ばっかついてると、幸せが逃げるぜ」
カカカッと笑いながら、珠里が背中をバシバシ叩いてくる。
「いてーよ珠里」
「それにしても、私まで優月っちの家に行っていいの?」
放課後に楓さんに、父さんからの講評を伝えるということで、また優月の家へ訪問することになった。
その際に、珠里にはこちらから一緒に行かないかと持ち掛けた。
なぜなら、珠里には明確な役割があるから。
「いいか、作戦はこうだ珠里。対象である優月の姉の楓さんが飛び道具や凶器攻撃をしてきた場合は、俺が盾になって迎撃する。弾薬が果てた頃に突撃すると見せかけて、俺の背中の影に隠れたお前が、楓さんを組み伏せて制圧し」
「ちょ、ちょ! ちょい待って! 優月っちの家に遊びに行くだけだよね? なんで、そんな作戦会議が必要なの⁉」
単に友達の家に遊びに行く位の心持だった珠里は、俺が突然、人を捕縛する際の作戦会議を始めて、目を白黒させる。
「やっぱり男の俺が女の、しかもあんな小柄な人を組み伏せるのは憚られる。だから制圧要員として珠里が呼ばれた訳だ」
「結局、私は肉弾戦要員かよ! やっぱり私の事を女として見ていやがらねぇんだな一心は!」
大層ご機嫌斜めな珠里は、腕を組んでプイッと顔を横に向けて、不満をあらわにする。
「頼むよ珠里。こんな事、珠里にしか頼めないからさ」
「私からもお願い白玉さん。一心とチューしててもいいから」
「それは本当か⁉」
「おい優月!? なんでお前が、俺を交渉材料として差し出すのさ!?」
人の唇をなんだと思ってやがる!
あと、珠里も前のめりになってんじゃねぇよ。正直者か。
「しょうがないでしょ。どうせ、白玉さんは止めてもしちゃうでしょ。それに……」
「それに?」
言葉を切って優月がモジモジする。
「何か、この間の一心と白玉さんのキスシーンを見てから、その……あのシーンを思い返すと、凄く興奮することに気付いて……だから、次にキスする時には、また見学させて欲しいっていうか……」
指をツンツンしながら、上目遣いで可愛くお願いしてくる優月だが、お願いの内容は中々にレベルが高かった。
「優月。それって……」
「一心、ダメだ。優月っちは、もう壊れてしまったんだ。もう、元に戻ることはない」
脳破壊されて、変な性癖がついてしまったのでは? と言いかける俺の肩に手を置き、珠里が諦めろと首を振る。
「そんな……」
「私と一心が壊したんだ。だから、せめて優月っちの願い位叶えてやろうぜ」
「おう……って、お前はキスしたいだけだろ」
「バレたか」
2人共、欲望に忠実過ぎる。
だが、バカみたいな会話のおかげで緊張もほぐれた。
「よし。じゃあ、行こうか」
そう言って、俺は楓さんに引導を渡しに、赤石家の門をくぐった。
◇◇◇◆◇◇◇
「以上が、楓さんの小説を読んだ父からの講評です」
父さんから送られてきた講評が書かれた文書ファイルを印刷してきたものを、俺はそっくりそのまま伝えた。
その講評内容は、はっきり言ってしまえば酷評だ。
『小説の体は一応なしているが、それだけと言える』
『物語を届けたい対象が見えない。自分のために書いている独りよがりさを感じる』
『キャラに体重が載っていない。テキストから情景が想像できない』
父さんも本当に容赦ねぇな。
「そうか……もちろん、絶賛が返って来るとは思っていなかったが、ここまでか……」
講評を聞き入った後に、たっぷりと沈黙した後、かすれた声で楓さんが口を開く。
「特にここがきついな……『人生経験を積んで、貴方だけが書ける物語を目指してください』」
それは、講評の最後を締めくくる言葉だった。
「人生経験、人生経験……なんで、みんなそう言うんだろうな」
火山の噴火というのはすぐには起きない。
「普通の人生なんて歩みたくないから、私は作家の道を選んだのに」
外からの見た目からは大きな変化はなく、しかし内部ではマグマが煮えたぎる。
「学校……? 就職……? 恋愛……? そんな事に時間を空費するくらいなら、本やマンガや映画を観た方がいいのに」
やがて、外見からも蒸気や圧を感じるようになる。
「私は作家にならなきゃいけないのに……」
そして、噴火直前に大地が揺れるように身体がワナワナと震えだす。
「なんで、どいつもこいつも無理だって笑うんだぁああああ‼」
「行くぞ珠里! 制圧!」
「合点、承知!」
楓さんがマウスを掴んだと同時に、俺は作戦行動を開始。
こちらにぶん投げられてくるマウスや本を下段払いや掛け受けで払い落す。
いってぇ!
けど、講評を読み上げている間に、さりげなく優月が、窓際に立てかけられたバット等の危ない物を楓さんから遠ざけたファインプレーにより、何とかなった。
「放せぇ~~!」
流石は幼少から一緒に稽古していただけあり、絶妙なタイミングでブラインドになっていた俺の背後から飛び出した珠里が、楓さんを後ろ手にして制圧する。
「小っちゃいけど力つよいなお姉さん!」
「小っちゃい言うなクソギャル!」
「私は別にギャルじゃねぇぜ」
「ちくしょう! オタクに優しいギャルも、私のことをバカにするいい歳こいたオッサンラノベ作家もみんな死んじまえ!」
後ろ手に組み伏せられて珠里にまたがられ、体重差で動けない楓さんは、なおも悪態をつく元気はあるようだ。
「ちょっとお姉ちゃん……私の未来の旦那様のお義父様を侮辱するのは、流石にライン越えてるわよ……」
「なによ……愚妹」
突如、剣呑なオーラを発する妹に、楓さんはビクッと身体を震わせ、ようやく大人しくなる。
「お姉ちゃんは、妹の私の伝手でプロの作家さんに自作品を見てもらうって幸運に恵まれたの。それが、厳しいことを言われたからって、時間を割いて自作を読んで講評してくれた人を罵倒するなんて、作家以前の話じゃなく人格の問題よ」
地面に這いつくばる姉に、優月は冷めきった顔で否定の言を浴びせかける。
「わ、私は……」
「受験の時もそう。周りが勉強を頑張り出して、成績が上がらなくなった事に嫌気がさして逃げ出して」
「優月。その辺で止めてあげて」
「なんで止めるの一心」
肩をたたいた俺に、優月が殺気立った顔を向ける。
「俺には解るからさ。楓さんの気持ちが」
「一心……?」
怪訝な顔をする優月を尻目に、俺はしゃがみ込んで床に組み伏せられた楓さんと目線を合わせる。
「な……何よ、七光りのボンボン」
気圧されつつも、楓さんは悪態をつくのを止めない。
いいね。
この気の強さなら、彼女ならひょっとしてと思える。
さっきまで、この手を使うか悩んでいたが、今の楓さんを見て俺は決断した。
「楓さん。夢をかなえるために悪魔と取引する覚悟はあります?」
俺は胡散臭い笑みを口元にたたえながら、楓さんに覚悟を問うた。
「ええ。作家になる夢をかなえるためなら私は何だってやるわ」
何の躊躇もなく応諾の言葉を返した楓さんに、俺はニンマリする。
「わかりました。じゃあ行ってらっしゃい」
そう言うと、俺は心の中でルーム展開と唱えた。
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