第33話 察しのいいラブコメ作家の父
「あ、父さん。ちゃんと音声と映像きてる?」
「おう、バッチリだ一心。どうした? お前からWeb通話なんて珍しいな」
パソコンモニターの向こう側で、黒く日焼けした父、一刻が笑いかけてくる。
「ちょっと頼みごとがあってね。母さんは?」
「ハナちゃんは、この時間にはまだ仕事から帰ってこないな。日本との時差は2時間くらいだから、こっちじゃまだ18時だし」
「そっちでもハナちゃん呼びかよ……いい加減おばさんなんだから、キッツイだろ」
「いくら息子と言えど、俺の女を侮辱するのは許さんぞ!」
面倒くせぇ親父殿である。
まぁ、両親の仲が悪いよりはいいのかもしれないが、思春期の子供の前ではもう少しベタベタするのは控えてもらいたいものである。
「はいはい。それで父さん。頼みって言うのは、俺の友人のお姉さんが小説家志望らしくてさ」
「うえ……頼み事ってそういう系か。もっとこう、違う方面のおねだりを期待してたのに」
画面の向こう側で、父さんが露骨に嫌そうな顔をする。
「期待ってなんだよ?」
「てっきり、女の子とデートするから、小遣いの増額の打診かと」
「そんなんじゃないよ。まぁ、その小説家志望の人ってのは、俺の女友達のニートなちびっ子お姉さんなんだけど」
「お、何それ。ちょっとキャラとして面白そうじゃないか。詳しく聞かせろ一心」
ラブコメのラノベ作家なだけあって、こういう人間観察的な話題なら食いつくと思って、あえて興味を引きそうなワードを散りばめて正解だ。
俄然、父さんも俺の話を聞く気になったようなので、俺は優月の姉が小説家志望で父さんからアドバイスをもらえないかと頼まれているという話をした。
「で、これが預かってきた原稿なんだけど」
そう言って、俺は画面共有で楓さんから預かった、小説のファイルを開いて見せた。
「どれどれ……。あ~、完全にこじらせちゃってるパターンか。面倒くさいな」
「そうなの?」
父さんは、ほんの数ページ目を通しただけで、ため息をついた。
「俺も一応、プロの作家としてそこそこ長いキャリアだから、この手の相談はよく受ける。これは自分が書きたいから書いた小説だな」
「ん? 書きたい小説を書くのは良い事なんじゃないの?」
「この小説には読者の視点が抜け落ちてる。続きを知ってる作者なら楽しめるが、そうでない読者にはひたすら我慢と忍耐が必要だな」
「……そうなんだ」
辛らつだが、的を得ている父さんの指摘に俺はそれ以上言葉が出なかった。
エンタメの世界というのは華やかな部分だけが目に映るが、実際は当の本人たちは、血のにじむような努力や研鑽を積んでいる。
それは、小説家である父さんやモデルの琥珀姉ぇ、そして妹の瑠璃を隣で見てきたからよく知っている。
そして、自分にはそんな才能なんてない事も、痛いほどよく解っている。
「あと、これ無駄に冒頭からして壮大だな。こんなの、俺でもクライマックスまで畳める気がしないぞ。これ書いてる子は、小説を一本書き上げた経験無いだろ」
「そこまで解るんだね」
普段はちゃらんぽらんで、小説が売れなかった時は専業主夫をしてた時代もある父さんだけど、やはりプロなんだなという所に改めて感嘆する。
しかし、これをどう楓さんに伝えたものか。
「どうする? その女友達のお姉さんの目を覚まさせてやるのが目的なら、俺が直接講評でケチョンケチョンに泣かせてやってもいいけど」
「いや……俺の方から伝えるよ」
「そうか?」
「うん。俺にも楓さんの気持ちがわかるから」
俺を気遣って、敢えて嫌われ役を買って出ようとする父さんの申し出を俺は断った。
自分が何者にもなれないんじゃないかという恐怖という物を、俺はよく知っている。
俺より長く生きて、その分、俺より長く苦しんだはずの楓さんのことを思うと、他人ごとには思えなかったから。
これは俺が人任せにする訳には行けない気がしたんだ。
「そうか。無理はするなよ」
「うん、ありがと父さん。まぁ、俺が伝えても、結局は父さんの小説のファンが一人減っちゃうだろうから、そこはゴメンね」
「ありゃ、俺の本を買ってくれてる子なのか。そりゃ印税が減って残念だ。生活費をちゃんと入れないと、ハナちゃんに日本に帰れって言われちまうのに」
おどけたように父さんが笑う。
「ミャンマーはどうなの?」
「いいぞミャンマーは。年間通して陽気な気候だし、女の子たちも可愛い。今度、ミャンマーの留学生を題材にして一本書きたいと思って、ヒマが出来たら、街中で女の子たちを眺めてる」
「また変質者が居るって通報されるなよ父さん」
「うるせ。けど、一心はなんだか変わったな」
「そ、そう?」
「ああ。なんか男として一皮むけたというか」
「ま、まぁ……俺も高校生になって、一人暮らししてるからじゃない?」
その点は、色んな意味でつつかれるのは俺にとって都合が悪いので、当たり障りのない答えを返す。
画面の向こうで、父さんはニヤニヤしているから、何だか見透かされてる気もするけど。
「彼女でも出来たか?」
「出来たとしても、小説のネタにされそうだから、父さんにはそういう話はしないよ」
「小説書きの身内はネタにされるのが運命だ。そこは諦めろ」
「いや、書くんかい!」
清々しいまでの開き直りだ。
やっぱり才能がある人間って言う奴は、どこか人としての大事なネジが飛んでいて、その事に自分で気付いていない。
「ま、折角、ラノベの主人公みたいに高校生で一人暮らしってシチュエーションを与えてやったんだ。ちゃんとラブコメしろよ」
「いや、日本に残れって言った母さんに泣いてすがって、父さんがミャンマーまでついて行っただけだろ」
それに、俺のラブコメの舞台は残念ながらセックスしないと出られない部屋が舞台なので、あまりこの家は活用されておらず、宝の持ち腐れだ。
「おっと。そろそろ夕飯の準備の時間だ。そっちの夕飯は今日は何だったんだ?」
「今日は一人だったから適当に残り物処分デイ。あと、明日のお弁当用に、しし唐の佃煮を仕込んだ。新作なんだ」
「ふ~ん。たしか、瑠璃も琥珀ちゃんも、辛い物苦手だったよな。なんだ、何やかんや言って、よろしくやってる女の子がいるのか」
「う……しまった」
優月用のお弁当おかずのために、最近は辛いメニューが増えていて、新しいメニューについては普段から、料理の師でもある父さんと情報共有してるから、ついポロッと言っちまった。
「ハハハ! 次は辛い物好きの女子とのラブコメ話聞かせろよ。送られた小説については、後できちんと読んで講評送るから。それじゃあな」
反論の間もなく、Web通話は切電された。
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