第32話 小説家志望という名のニート
(カタカタカタタッ。ターンッ!)
キリのいい所まで打ち終わったのだろうか。
エンターキーを響かせるように大げさに打鍵した後、少女が椅子に座ったまま振り返る。
「なんだ愚妹。話は終わったと言ったろ」
小学生から使っているであろう学習机には不釣り合いな、オフィス用の回転椅子に乗った少女が冷たい言葉を投げかける。
あまり手入れされていない、ウェーブがかったロングの白髪に丸メガネを載せた顔は、その体躯の小ささもあって、一見すると優月と姉妹とは思えない。
だが、その燃えるように赤い宝石のような瞳が、彼女が優月と血を分けた姉妹であることを物語っている。
「初めまして。お姉さん」
ゆっくりと身体をこちらに向けた楓さんに、俺はまず挨拶をする。
「んひっ!?」
椅子の上の楓さんが奇声を上げて固まる。
「優月さんのクラスメイトで友人の豊島一心と申します。お邪魔してます」
「あ……ぱ……」
先ほどまでの鷹揚な大物感はどこへやらで、椅子の上に座った楓さんが汗をダラダラたらしながら、変な声を連発する。
「あの、優月。お姉さんはどうしたの?」
「家族以外の人と久しぶりに会ったから、多分、脳がショートしてるんだと思う」
優月の方は慣れたものなのか、楓さんが固まっている間に、サッサと廊下に置いていたホウキとチリとりを使って、部屋の床に散乱したガラス片を掃除しだす。
傍らにはベタに金属バッドが転がっている。
「ちょっと優月」
「大まかにはガラス片を取ったけど、細かいのは掃除機じゃないとダメね。ちょっと取って来る」
そう言って、優月は掃除機を取りに階下へ降りて行ってしまった。
お姉さんと2人きりで、何とも言えぬ沈黙の時間が流れる。
「あの……」
「ぴゃ、ぴゃい!」
話しかけただけなのだが、椅子の上で体育座りしてビクビクオドオドする楓さん。
年上だが、身長が低くて服装がピエン系なのもあり、なんだか俺がいじめているみたいだ。
「楓さんの書いてるそれって、もしかして小説ですか?」
学習机の上に置かれた大きなモニターには、縦書きのテキストが並んでいた。
横書きでなく縦書きとなると、まず浮かんだのが小説だった。
「え? あなた書く人なの?」
「いや、俺は書かないです。俺の父が小説家なので」
父も小説を書く時は縦書き派だったからな。
後ろから眺めていると、怒られたっけ。
「ウソ! プロの小説家!? 本当に!?」
俄然興味が湧いたのか、楓さんが椅子から降りて俺に詰め寄る。
俺を見上げる赤い瞳が、期待に染め上がってキラキラ輝かせている。
「え、ええ。ペンネームはワンモーメントっていう、ラノベ作家なんですけど」
ちなみに、父の本名は豊島
下の名前の一刻を英語にした、本人曰く小説を初めて書いた際に、5秒で考えたペンネームだそうだ。
「うそ! ラブコメで3シリーズもヒット作出してる人気作家さんじゃないか! 私、大ファンなんだよ!」
興奮したように楓さんがまくしたてる。
「はぁ、そうなんですか」
「なんで家族なのに知らないんだ! 『お前ら、なんで俺に惚れたらギャル辞めちゃうんだよ!』とか、アニメにもなったんだぞ!」
う~む。
この、自分の好きな物に対する熱量は、父さんに似ている部分が無きにしも非ずだ。
父さんも、母さんのことが好きすぎて、ミャンマーへの単身赴任について行ったわけだし。
「父はあまり自分の作品のことを話さないんですよ。書いてる本も、家族に読まれたら筆が鈍るって言って、読ませてもらえないし」
「そ、そうなのか、さすがプロの作家だ。創作の世界で活躍するには、身内相手でもストイックである必要があるのだな」
ウンウンと一人で納得している楓さんだが、別に俺も妹の
「なんだか随分と仲良くなってるし……」
「あ、優月」
階下から掃除機を持って2階に再度上がってきた優月が、何だか複雑そうな顔で俺と楓さんの様子を見やる。
「おう、愚妹。お前の彼氏は、なかなか見どころがあるな」
「いえ、ただの友だ「そうでしょ、お姉ちゃん!」」
そこは全力で乗っかるのね優月。
最初の挨拶でクラスメイトだって言ったんだけどな。
人の話を聞かない所は、やはり姉妹だな。
「お姉ちゃんったら、大学受験に失敗してから家の中に引きこもって、こうして小説家の真似事してるのよ」
「真似事ではない! 私は本気で小説家を目指してるんだ!」
「そう言いながら、今まで一作もまともに書き切ったことが無い癖に」
「うっさい! バーカバーカ! 私が今書いている老兵ガンマの冒険は大長編なんだよ、この愚妹! 無駄デカ女!」
呆れ顔で掃除機をかけている優月に、楓さんが小学生男子みたいな悪口を連ねる。
「なんか……思ったより姉妹仲が良いね」
窓ガラスが割れるほどのケンカと、あの部屋での優月の様子からして、家族内の関係はもっと深刻なほどに壊れた状況なのかと思ってたんだけど。
「たしかに、最近は話すようになっただけマシね。しばらくはお互い無視してたし」
「久しぶりに口をきいてきたと思ったら、愚妹の癖にガミガミうるさいったら」
似ていない姉妹は、そう言ってフンッと鼻を同時に鳴らす。
こういう所は、やはり姉妹っぽいと。
「だって……彼氏が出来ても、ニート姉がいるんじゃ、おちおち家にも呼べないじゃない」
「ふーん。やっぱり彼氏の影響なんだ。で、自分が家でイチャイチャするために、姉の私を追い出したい訳ね愚妹は。このムッツリスケベめ」
「わ、私は別にス……スケベじゃないし」
いや、そんな恥じらってモジモジしなくても、君がエッチなのはバレてるから優月。
さすが、姉なだけあって、楓さんも妹の優月のことをよく解っている。
「それで、優月の彼氏さん。お願いがあるんだけど」
「は、はい。あ、いや、俺は別に彼氏じゃないんですけど」
最初の挨拶時には言葉に詰まっていた人とは思えないほど、積極的な楓さんにこちらも気圧されてしまう。
「私は小説家を本気で目指してるの。だから、お父さんに、是非小説についてご指南いただきたいの。この通り! よろしくお願いします!」
手を合わせながら頭を下げる楓さんを前に、俺と優月は当惑したように顔を見合わせた。
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