第31話 姉と妹
「うう、一心に泣き顔見られた……」
「大丈夫だよ。この部屋の自動回復機能で、泣いて目が腫れぼったくなったりしてないよ。他にキズは負ってないか?」
現実世界で負った傷は、この部屋では瞬時に回復する仕様になっている。
ガラスが割れるほどのトラブルがあったので、ガラスの破片で切り傷を負っていないか心配だった。
「大丈夫……。って、そうじゃなくて! ああ、もう…… 現実世界に戻って来た時は、もう一心の前で泣かないって思ってたのになぁ」
泣き笑いのような表情を浮かべた優月が、力なく答える。
「なにがあったの?」
「ちょっと、お姉ちゃんとモメちゃって」
「窓ガラスが割れた時に響いた怒号は、お姉ちゃんのだったのか」
「お恥ずかしながら……ね。姉の
目を伏せて、ポツリポツリと優月が姉の楓さんの事を語り出した。
「そっか……それは家族として心配だな。俺にも、離れて暮らす妹がいるんだけど、やっぱり家族の事は心配だよね」
「一心の妹さんは、福原先輩以上の有名人じゃない」
「ん? ああ、そうか……。あの部屋に居た時に優月には妹の
そう言って、俺は目を伏せた。
妹との関係があまり上手くいっていないという意味では、俺も優月と似たようなものだった。
「うちのお姉ちゃんも凄く勉強が出来て、自慢の姉だった。けど、最近のお姉ちゃんには正直ついて行けなくて……週末もそれでお姉ちゃんと衝突して夜遅くまで言い合いして、それで朝起きれずに学校サボっちゃったんだ」
「そうだったんだ」
「ゴメンね、学童保育所のお披露目会にも参加できなくて」
この部屋に居る割には、さっきから優月はしおらしい。
儚げな雰囲気を纏わせ、光沢のある黒髪と、その黒さに負けない赤い輝きを示す宝玉のような瞳。
思わずドキッとして、赤面した顔を見られないように優月から目をそらしてしまう。
「じゅ、珠里たちには適当に誤魔化しておくよ。それで、これからの事なんだけど、俺もお姉さんに会って話をしてみようと思う」
「え、そんな。でも……」
「俺は恥ずかしながら、優月の抱えていた悩みをたった今知った。でも、この部屋に居た頃の俺は、優月からお姉さんについての悩みを聞いていたんだろ?」
「う、うん……」
「今の俺に記憶はないけど、きっとその時の俺は現実世界に戻ったら、優月の力になるって言ったんじゃないのか?」
「そ、そうだけど」
「やっぱり俺だな。俺ならそう言うもん」
記憶が無いとはいえ、なにせ俺なんだ。
こういう話になった時に、自分がどういう言葉を相手に掛けるのか、手に取るように解る。
「でも、今の一心は」
「この部屋に居た頃の俺が優月に約束したんだろ? じゃあ、ちゃんと約束は果たさないと」
「いっし~~ん!」
優月が、俺の胸の中に飛び込んでくる。
「やっぱり私の好きになった人だ……こんないい人いない。私はもう絶対、一心のことしか考えられない」
泣き笑いしながら、優月が涙で濡れた瞳で俺の顔を見上げる。
「大げさだな、優月は。って、どさくさ紛れに、シャツの隙間から手を突っ込まないで!」
優月はすぐこれなんだから。
まったくもう……。
「あーん、もうちょっと~」
物欲しげな顔をしながら、優月が離れる。
いつものエッチな優月に戻ったのは、少し安心したけれど。
これなら大丈夫だろう。
「じゃあ、向こうに戻すよ。戻ったら、すぐに玄関を開けて俺を迎え入れて」
「うん。お願いします一心」
しっかりと覚悟を決めた優月がうなづいたので、俺は優月を一瞬の時間経過なく、向こうの世界に戻した。
◇◇◇◆◇◇◇
「さっきぶり、一心。上がって」
「うん」
優月の家の2階からガラスの破片が庭にパラパラと落ち切ったところで、優月が玄関のドアを開けた。
俺は、優月の招き入れに応じて、家に上がらせてもらった。
玄関から上がった先にあるリビングには、ネット通販の空き箱や、畳まれずに山となっている洗濯物などが散乱していた。
「一心が家に来るって分かってたら、ちゃんと掃除したのにな。恥ずかしい……」
優月が顔を赤らめつつ、小走りで俺の手を引っ張って2階への階段を上がる。
「ここがお姉ちゃんの部屋」
2階の階段横の部屋に『楓』のネームプレートがかけられている。
「お姉ちゃん、開けるね」
優月が部屋の扉を開ける。
そう言えば、お姉さんの情報を詳しく聞いてなかった。
話すのはしんどいだろうからと、あまり優月にもつっこんで聞かなかったし。
さきほど、窓ガラスが割れるほどのケンカを演じたのだ。
ひょっとして屈強なタイプなのか?
いざお姉さんが暴れた時に、俺で制圧できるのか……。
俺は空手をやってると言っても、どちらかというと組手より型の演武が得意なタイプだから。
急に不安になって来たが、優月の手前、その不安を表に出す訳にもいかず。
そうこうしている間に、お姉さんの部屋の扉が開く。
(カタカタカタタッ)
割れた窓ガラスが床に散乱し、吹き込む風でカーテンが大きくたなびくのも構わず、一人の少女が一心不乱に、パソコンのキーボードを叩いていた。
「え……お姉さん?」
「初見だと驚くわよね。あんなだけど、れっきとした私のお姉ちゃんなの」
優月が、肩をすくめて俺の疑問符のついた言葉に応える。
俺と優月が部屋に入ったのを一向に気に介さずに、小学校の入学祝いに買ってもらったであろう学習机でパソコンのキーボードを叩く楓さんは、どう見ても女子小学生にしか見えなかった。
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