第30話 優月の秘密
「蓮司。これ」
「ん? なんだこの紙袋?」
学童保育所のお披露目会が終わった翌朝。
始業前の教室で、俺は蓮司にお菓子の入った紙袋を渡す。
「この間、空手道場のリフォームを手伝ってくれたお礼だ」
「おー、ありがと。別に気遣わなくて良かったのに。あの日は、白玉さんのお母さんに、夕飯を腹いっぱいご馳走になったしさ」
お菓子はヘルミさんから預かって来たものだ。
お披露目会には用事があって来れなかった蓮司の分を、お菓子の賞味期限も近いしという事で預かっていたのだ。
「ヘルミさんも師範も、蓮司に助かったって伝えといてくれって」
「ああ。廃材運搬より、魔女の一撃を喰らった、白玉さんのお父さんの介抱が大変だったもんな」
思い出し笑いをしながら、蓮司が菓子折りを通学カバンの中にしまい込む。
「で、道場は無事にキレイになったのか?」
「おう、今度寄る機会があったら見に来てくれ」
「おっす! 一心!」
「ごふっ! いきなり背中叩くなよ珠里」
通常の女の子の叩き方じゃなくて、珠里の場合は掌底の技みたいなもんだから、一瞬呼吸が出来なくなる。
「悪い悪い」
まったく。
俺以外の男子にやったら、そのままうずくまっちまうんだからな。
「珠里も随分早いじゃないか」
「早朝補習があったからな」
そう言って、珠里が俺の机の上に座る
「珠里……パンツ見えそうだぞ」
「一心なら別に見ていいんだぜ?」
ニンマリ笑いながら、珠里が机上で片膝を上げる。それに連動する形でスカートの裾が、健康的な小麦色の太ももから滑り落ち、肌の露出面積を増やす。
「ア……アホ。早くしまえ」
「私の事、おとこ女だって言ってるくせに照れてやんの」
キャッキャと笑いつつ、俺の反応に満足したのか、珠里が足を引っ込める。
「道場のリフォームの時にも思ったけど、白玉さんとも急激に仲良くなったよな一心は」
「っていうか、これが本来の距離感かな。ガキの時から、道場でどつき合いしてた仲だし」
「そうそう。キスとか普通にしてたし」
(ブチチッ!!)
珠里の爆弾発言に、千切れちゃいけない血管か神経が傷つく音が教室内のそこかしこから聞こえた。
「ああ、幼稚園児の時とかか。ありがちだな」
珠里が笑いながら言っているのもあり、蓮司は微笑ましい子供の頃の思い出みたいに勘違いしている。
違うんだ蓮司……。
キスって言っても、そういう、ほのぼのとした甘酸っぱい感じの奴じゃないんだ。
珠里も、俺にだけ見えるように、口腔内を艶めかしく見せつけてくるな!
「そ、そういえば優月は学校も休みっぽいな」
キスの件は掘り下げられると面倒なので、俺はサッと話題を変える。
「優月っちも、道場のリフォーム作業手伝ってくれたから、お礼のお菓子渡したかったんだけどな」
珠里も困った顔で、今日渡すはずだった菓子折りの紙袋を見やる。
「リフォームお披露目会にも、用事があるとかで来なかったしな。しゃーない、帰りに優月の家に届けてくるよ」
「私も優月っちの家行きたい!」
「珠里はまだ放課後に補習あるだろ」
「ぶ~~っ。いいじゃん、どうせ勉強は問題ないんだし、今日はブッチしてイテッ!」
「随分、余裕じゃねぇか白玉。あ~ん?」
「あ、足柄先生。おはようございます」
「先生、暴力反対~」
出欠ボードで頭をはたかれた珠里が、頭を抑えながら担任の足柄先生に抗議する。
「今日は数学の森先生の補習だろ。お前が出席しなかったら、担任の私が森先生に怒られんだろが」
「そこは教育者らしく、勉強は自分のためなんだぞとかウソでも言えないんですか?」
「童貞が女に抱いてる幻想を教師に求めるな。おら、朝のホームルーム開始すんぞ」
朝一番からの夢も希望もありゃしない足柄先生の言葉に、みな大人しく席に戻っていった。
◇◇◇◆◇◇◇
「優月の家へはたしか、あの角を曲がったらすぐだったよな」
放課後。
担任の足柄先生から、
「赤石が休みだから、見舞いに行くならお前に預ける。だが、くれぐれも妊娠カンパになる事態は避けろよ」
と、欠席した優月へのプリントを預かった俺は、ついでに補習で遅くなる珠里から預かった菓子折り袋を手に、優月の家へ向かった。
珠里の補習が終わってから一緒に行っても良かったのだが、前回家まで優月を送った時に、なんとなく家についてはネガティブな印象だった優月のことを考えて、俺一人で来た。
「ここだ」
インターホンを押して、優月の親が応対に出てきた時の冒頭の挨拶を頭の中でシミュレーションをする。
とりあえず、「優月さんのクラスメイトの豊島です」という自己紹介でいいよな?
けど、別にご近所さんでもないのに、ただのクラスメイトの、しかも男子がプリントを届けに来るのは不自然か?
優月との関係性を聞かれたらどうしよう?
そういえば、優月は俺の事について家族に話しているんだろうか?
そんなことで頭がいっぱいになるが。
「あれ? 留守なのかな?」
インターホンが鳴った音は聞こえたのだが、反応が無い。
優月の欠席理由は体調不良とのことだったので、家に居るはずだが。
もう一度インターホンを押すが、やはり反応はない。
「優月が一人で留守番して寝てるのかな? となると、あまりしつこくするのは体調不良の優月に悪いか」
スマホで優月へ連絡をとも思ったが、寝ているなら起こしちゃうのもな。
どうしたものかと逡巡していると。
「うるさい! うるさい! うるさい!! 誰も私の心の中なんて解んないくせに!」
「やめて! お姉ちゃん!」
(カチャーーン!)
怒号といさめるような優月の悲鳴のような声と共に、優月の家の2階の窓が割れ、パラパラとガラスの破片が下の庭に落ちてきた。
「ルーム展開! 対象、赤石井優月!」
俺は咄嗟に、優月をあの部屋に呼び出した。
◇◇◇◆◇◇◇
『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには~』
「大丈夫か優月!?」
突如、家の中から、あの部屋へ移動した優月は、放心状態で立っている。
俺は優月の両肩をつかんで呼びかける。
「一心……あれ?」
まだ事態が飲み込めないのか、優月は小さな子供のように呆けた顔をして俺の方を、ボーッと見やる。
「ここは、いつものあの部屋だ。危ない状況なのかと思って、咄嗟に緊急避難でこの部屋に呼び出した」
「なんで、あのタイミングで……」
「優月へのプリントとかを届けに、ちょうど優月の家の前に来てたんだよ。そしたら、窓ガラスが割れて」
「い、嫌ぁぁあぁぁああああ!!」
そう叫ぶや否や、優月はその場にうずくまってしまう。
「優月!? どうしたの!」
「いや……一心に見られた……一番見せたくなかった人なのに!」
嗚咽を混じらせながら優月が、床を拳で叩く。
「落ち着いて優月」
「うぐっぐずっ……嫌われちゃう……これじゃ、一心に嫌われちゃう……」
しゃっくり上げる優月には、俺の声が届いていないようで、うわ言のように独り言を呟いている。
「嫌わないよ優月! 大丈夫、大丈夫だから……」
涙と鼻水でグショグショになるのも構わず、俺は優月に胸を貸し続けた。
『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』
相変わらずのアナウンスだが、泣きじゃくる優月の泣き声以外に響かない部屋の静寂を和らげてくれたので、俺は初めてこのアナウンスに感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます