第22話 これだから人間のオスは

【天界にいるアヤメ視点】


「そう言えばこの間、セックスしないと出られない部屋の管理権限を任せた一心君はどうしてますかねぇ」


 本来業務に忙殺されていましたが、ようやく仕事に一区切りがついた新人女神様である私、アヤメちゃんは、とりあえず静観することにした案件を思い出し、下界を眺めてみることにしました。


 あ。


 あくまで、私は事態の推移を見守るという施策を取ったまでで、決してミスや地雷案件を隠蔽している訳じゃないですからね?


 ここの認識は大事ですから。念のため再確認ですぅ。


「まぁ、浅ましい人間のオスがやる事なんて、みんな一緒ですぅ」


 そう言いながら、私はニチャリと意地の悪い笑顔を浮かべる。

 人間の、それも思春期のオスがこの力を得たら、やる事なんて一つですぅ。


 最初は、周囲にいる好意を抱いている人物を片っ端から連れ込む。

 その次は、芸能人やアイドルなどの有名人を相手にって所でしょうかね。


 ハマりにハマって、もう一生、あの部屋から出ないなんて思ってる頃でしょうか。


「さて、一心君はお部屋で何してるのかな~ っと」


 私はセックスしないと出られない部屋の管理者権限の内、お情けのように私の手元に残された照会権限を使って、あの部屋での記録を読み解いていく。


「序盤は、自分好みの空間や設備を構築して楽しんでるだけですかぁ。まぁ、男の人って、こういう建築系のゲームとか好きですからねぇ。で、その後は……優月ちゃんを部屋に招いたら、逆に一心君の方が襲われそうになって……アハハッ! っていうか、セックスしとらんのかい!」


 中々、興味深い行動ですぅ。

 仕事の合間の慰みにはちょうどいいですねぇ。


「で、その後は……え!? 一気に100人以上の人数を部屋に召喚!?」


 序盤は恐る恐るだったくせに、一気にアクセル踏みすぎですぅ!

 ほんと、男の子は極端な生き物ですねぇ。


「で、そのまま現実世界に戻して……ん? ビル火災の現場から救出!? まさか、そのためにこの部屋の召喚能力を使った?」


 って事は……。



 ヤバい!



 私は慌てて、自分の仕事用端末を立ち上げて、下界の情報へアクセスする。




『現代に起きた神隠し!』


『火災現場に取り残された100名あまりが瞬間移動した怪異!』


『現場周辺の防犯カメラは何故か全てが記録なし』


『妖怪の仕業!? ビル火災集団転移の謎に迫る!』




 色々な報道媒体に踊る、今回の案件に関する記事の煽り文句を見て、私は自分の身体がカッ! と熱くなり、ダラダラと汗が噴き出してくるのが解った。


「あ……あのガキンチョ……とんでもねぇことを、しでかしてくれやがったですぅ……」


 こ、こんな目立つことしたら……。



「おーい、アヤメ~」


「おひょっ!? にゃんですぅ!? 今日もお美しいですねぇ、カヤノ先輩」


 突然背後から声を掛けられたので、ビックリして変な声が出てしまったですぅ。


「いや、何かアンタが一人で怒ってるからトラブルかと思ってよ。大丈夫か?」

「だ、だ、大丈夫ですよぉカヤノ先輩。ご心配なくですぅ」


 私はダラダラと汗をかきながら答える。


 カヤノ先輩は、栗色のショートの髪に、エメラルドグリーンの羽衣をまとったハキハキと喋るボーイッシュ美人な女神さまで、私の直属の先輩にして、新人女神である私の指導係なのですぅ。


「そうか? 解らない事は、ちゃんと相談するんだぞ」

「は、はいですぅ……」


 実は、セックスしないと出られない部屋の権限が人間の手に渡っていて戻せないなんて、言えねぇですぅ。


 あんなくだらない余興業務ごときのために、私の評価が下がるなんて、あってはならないのですぅ。


「そういえば聞いたか? 魂の管理部署の奴らが、出入の帳簿の数字が合わないって不思議がってるみたいなんだよな」


「ぶっふぉ!」


「おい、大丈夫かアヤメ? さっきから、お前変だぞ」


「だ……大丈夫ですぅ」


「それにしては汗が凄いぞ」


「これは、あれです。人間から女神になった時の初期副作用なんですぅ。まだ私、新人だから症状が時たま出ちゃうんですよぅ」


 汗が滝のように流れるのと、奇声を発したのを誤魔化すために私は仮病を装った。


「ああ、あれな。私も最初の頃キツかったわ。ほら、残った仕事は私が巻き取っておくから、お前は休んどけ」


「そ、そんな……カヤノ先輩に仕事を被せるなんて悪いですぅ」


「いいから。こういうのも先輩の役目だからよ」


 姉御肌のカヤノ先輩は、そう言って慣れた手つきで、自分の端末へ私のタスクを移していく。


「ありがとうございますぅ……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて本日は早退させていただきますですぅ」


「おう。しっかり休むんだぞ」


 カヤノ先輩の優しさにつけ込むようで罪悪感を感じますが、何よりも早く、しでかした一心君への対処が最優先ですぅ。


 私は女神宿舎へ帰る振りをして、一目散に下界へとすっ飛んでいった。




◇◇◇◆◇◇◇




「ふ~ん……どうやら、白玉さんがあの部屋に居たって言う事は事実みたいね」

「部屋の特徴も一致するしな」


 ようやく冷静に話ができる状態になって、俺からの今までの経緯説明と、お互いの情報のすり合わせが、高架下の3人で行われた。


「受け入れるの早いな珠里は」

「むしろ、ホッとしたかな。あの部屋が現実にちゃんとあったんだって。私は、ずっとあの部屋での出来事を、自分の妄想なのかなって疑ってたからさ」


 珠里の時には、俺の記憶は完全に無かった。

だから、現実世界の俺は、まるで何もなかったかのように振舞っているように珠里には見えた訳で。


 そうすると、冷静に考えたら色々と非現実的すぎるシチュエーションな訳だから、まず自分の記憶違いを疑うのが自然だよな。


「それで、ここが重要なんだけど、白玉さん。貴方はいつ、一心とセックスしたの⁉」

「そこ、こだわるね優月っちは」


 必死な優月に両肩をつかまれブンブン揺らされている珠里が、苦笑する。


「当たり前でしょ! どっちが一心の童貞を貰ったのか、ここではっきりさせないと!」

「ええと……私は、高校に入学して、割とすぐ位の頃だったかな」


「うぐはっ! くそ……予想はしてたけど、マジでキツイ……私は、つい数日前だから」


 優月が恥ずかしそうに答える珠里の返答に膝をつく。


「あ、でもあの部屋に入れられてから、結構日数は経ってたから。その……私たち、キスだけで満足しちゃってて、中々次のステップに進めなくてな……」


「そ、そうよね! そもそも、あの部屋は時間の概念があって無いようなものだから、現実の時間を基準にするのが間違いなんだわ! 重要なのは、あの部屋で何日後にセックスしたかよ!」


 恥ずかしそうに付け足した珠里の言葉に、優月は俄然、生気を取り戻す。


「そうなの? 何か、算数の時計問題としては、間違っている気がするんだけど」

「一心は黙ってて!」


 俺の割と真っ当な指摘は、優月の力技により封殺される。



「それで、白玉さんの時は、セックスするまでどれ位かかったの?」


「正確なカウントじゃないかもだけど、多分、私たちは1年くらいかかったかな」

「え、結構長いな」


「そうだよ。まぁ、私と一心だからね。おとこ女の私とじゃ中々そういう気分にならなかったんだよ」


 タハハッと珠里が笑う。


「いや、多分だけど、結構当時の俺は我慢してたんじゃないかな」

「え、そうなのか?」


「記憶が無いから確かじゃないけど、さっき、珠里とキスしてたら、その……色々と高まっちゃってたから……さ。俺も男だし」


「あ……そっか」


 珠里はチラリと俺の下半身の方へ視線を向けると、慌てて赤らめた顔を背けた。

 恥ずかしそうにする珠里に、俺の方も何だか恥ずかしくなって、俯いてしまう。



「さっきから、ちょいちょい良い雰囲気になるな~!」



 気付いたら、珠里との2人の世界に入っていた所を、優月がインターセプトする。


「っていうか、セックスするのにかかった期間は1年間だったの白玉さん⁉」


「う、うん。結構、ゆっくりで」

「めちゃくちゃ早いじゃない! 私なんて、3年近くかかったのに!」


「え、俺ってそんなに優月とあの部屋にいたの?」


 何だ? 優月の時は、俺って相当奥手だったのか?


「チクショウ……これじゃあ、完全に私の負けじゃない……じゃあ、やっぱり一心の童貞は白玉さんが……」


 多分、そうやって俺の童貞に必死になってたのが、優月が大願成就に日数がかかった理由だと思う。


「あ~、そうなんだ……じゃあ、私が責任取らなきゃなのかな?」


 なんで、ちょっと嬉しそうな顔して、こっちを見てくるんだ珠里は。

 女の子の初めてじゃないんだから、そういう責任とか無いわ。


「いや、俺は記憶無いんだからノーカンだよノーカン。俺は珠里の時も、優月の時のも記憶に無いんだから」


「そ、そうだったわ! 一心は、現実世界では実質童貞! なら、今度こそは!」


 落ち込んだり復活したりを繰り返して騒がしいな優月は。


「優月は、ちょっと色々と素直すぎかな」

「だから、優月っちは3年もかかったんだろうな~」


「それを言わないでよ!」


 優月の声が高架下にこだまする。


 なんだか不思議だ。

 ついこの間までは、この3人でつるむ事なんて考えもしてなかった。


 セックスしないと出られない部屋というあり得ない共通体験が、不思議とそうさせているのかもしれないと、俺はふと思った。




「何かいいな、こういうの」




「いいわけねぇですぅ!」




 何やかんや綺麗な感じで着地しそうな空気を、女神さまがぶっ壊しにやって来た。

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