第21話 修羅場

「はぁ……学校、サボっちゃったな」


 あの部屋から戻ってきて、俺と珠里は元の高架下の広場で、何をするでもなく座り込んで話をしていた。


「一心は学校サボるのは初めてなのか?」

「ああ。高校からグレちゃった珠里と違ってな」


「私も別に、学校サボって悪い遊びをしてたわけじゃねぇぞ。保健室で千百合ちゃんに一心のことを愚痴ったり」

「あ~、何か保健室の常連さんだったみたいだもんな」


「後はこの高架下みたいな人目のつかない場所で、ひたすら正拳突きしてた」

「なんでそんな奇行を!?」


 銀髪褐色肌のギャルっぽい見た目の女子高生が、制服姿でひたすら正拳突きしてるとか、想像したらシュールすぎる光景だ。


「だって、学校いたら一心とのチュッチュ生活を思い出してモンモンとしちゃうし……煩悩を振り払うために、無心で正拳突きしてた」


「発散のさせ方が中学生男子のそれじゃん」


「だ、だって! あんなに幸せなチュッチュ生活が終わっちゃって、一切チュッチュできなくなっちゃったんだぞ!? この生活が終わって欲しくなさ過ぎて、セックスは止めようって約束してたのに、結局、チュッチュが盛り上がりすぎて、そのままの勢いでしちゃったし……」


 股の間でモジモジと手遊びしながら、恥ずかしそうに珠里が俯く。


「ちょい待ち。え!? キスはともかく、やっぱりエッチってしてるの⁉ 俺達」


「そりゃ、あの部屋はセックスしないと出られない部屋何だから当然だろ」


「そっかぁ……」


 やっぱりそうなんだ……。


 けど、俺って優月ともその……してるみたいだし。

 っていうか、俺って何度もセックスしないと出られない部屋に呼ばれてたの?


ん? そうなると時系列的には……。


 疑問点が多すぎる。

 また、あの残念女神様のアヤメを問いたださないと。


「え、私じゃ不満だったか?」


 俺が考え込んでしまった横で、珠里が不安そうな眼差しでこちらを見てくる。


 あの部屋での出来事を共有して、ようやく元の気安い関係に戻ったというのに、こういう所は乙女な反応で、正直ドキッとさせられる。


「そんな訳ないじゃん。ただ何分、俺の方に記憶が無いからな」


「じゃ……じゃあ、その……もう一回するか?」


 恥ずかしそうに、俯いて俺の顔の方は見ずに、珠里が提案してくる。


「ダメ。だって珠里、無理してるだろ?」

「タハハッ……さすが一心。記憶は失っててもバレてたか。そうだな……今の私にはまだ、あの行為の良さは正直よく解らねぇぜ」


 珠里が苦笑して、俺の言葉に同意する。


 とりあえず、優月みたいに珠里が妙に性的な行為に積極的でなくて良かったと、俺は内心胸をなで下ろしていた。


「じゃあ、これからも元のように」


「それは無理だ」


 素早く間合いを詰めた珠里の唇が、俺の唇に触れる……寸前で間に指を指し込みブロックする。


「おい、珠里。こっちでは」

「一心と居ると、私はキスしたくて仕方が無い。だから、元の関係に戻るのは無理だぜ。ハムッ」


 俺の抗議の声は、珠里の口づけにより物理的にかき消される。

 珠里は空手の組手の名選手だ。


 相手の呼吸を読んで隙をつくのは、まさしく天賦の才。


 ゆえに、俺のブロックは今回は失敗した。


「うむ……」


 再び、口内を珠里の舌が別の生き物のように這いずり回る。

 心なしか現実世界でのキスの方が、生々しい気がする。


 大した抵抗もせずに受け入れてしまっているのは、やはりあの部屋での経験を俺の身体は覚えているせいなのだろうか?


 そんな事を考えつつも、またもや意識が溶け合う快楽に身をゆだねてしま……。






「…………なにしてるの? 一心」





 俺たちの背後からかけられた、冷気を帯びた言葉が俺たちの意識を現実に引き戻す。





「優月!?」



 声を掛けられて我に返った俺と珠里は慌てて、身体を離す。


 だが、遅きに失したようで。


「今……キスしてたよね……」



 完全に優月に、さきほどの様を見られていたようだ。


 走り回って、俺たちを探していたせいなのだろうか。


 綺麗なセミロングの黒髪は乱れ、スカートからブラウスの裾がはみ出ているのも構わず、優月は焦点が合わないように、その紅玉のような目をギョロギョロと動かしながらこちらににじり寄ってくる。


「優月、ちゃんと説明するから落ち着こう。な?」


「やっぱり一心って、福原先輩だけじゃなく赤石さんとも……大丈夫だぜ一心。私は付き合ってなんて言わない。ただ、キス友として、毎日キスだけしてくれたらいいからさ」


「お前は、このタイミングで事態が余計にややこしくなるような事を言うな!」


 しおらしい日陰の女みたいに振舞われると、完全に俺が鬼畜な男じゃねぇか!


 っていうか、シレッと毎日キスとか、要求はそこそこ負担でけぇよ。


「まさか白玉さんとはね……一心への態度から油断してた……なに? 表では嫌い合ってる振りをしてたのに、裏ではラブラブチュッチュしてたって訳? 私ったら、まんまと騙されて、とんだ道化ね」


 怖い怖い怖い。

 美人が怒っていると、何でこんなド迫力なんだ⁉


「優月。順を追って説明するから一回落ち着いて」


「大丈夫、私は落ち着いているわ、一心。あなたと白玉さんの濃厚なキスシーンを目撃した時にね、頭の中で何かがプチッと弾けた音がして、不思議なほどに心は平坦よ」


「それ、大丈夫じゃないのでは!?」


 俺の心配をよそに、優月はゆらりと珠里の方へ顔を向ける。

 その口元には、なぜか笑みが貼りついている。


「白玉さん。私と一心はね、すでにセックスしてるの」


「優月!?」


 脳破壊攻撃を受けてなりふり構わなくなった優月は、珠里に爆弾発言を投げつける。


「え?」


「だから、一心のことは諦め」

「……私も一心とはエッチしてるし」



「……は? …………はぁ!?」




 自分の暴露により、相手が引くと思いきや、想いもかけぬ第二波の脳破壊カウンター攻撃を受けた影響だろうか。


 優月が語彙力を喪失する。

 その隙に、珠里が追い打ちをかます。


「妄想か夢じゃないかと思われるだろうけど、私と一心は不思議な部屋に閉じ込められてたんだ。そこで、その……一心とは、心が通い合って、いっぱいチュッチュし合う幸せな生活をしてて、私はそれで満足だったんだけど、最期は……って、これ以上は恥ずかしいから言えねぇ!」


 エッチな事は基本キス止まりな珠里は、恥ずかしそうに話を打ち切る。


「な……は? 部屋!? って事は、あなたもセックスしないと出られない部屋に!?」


「も? え、どういう事? 赤石さんもあの部屋に!?」


「え、じゃあ、あれ? 一心の童貞は……あれ?」


優月が、フラフラと頭を抱えてその場にうずくまる。


「優月大丈夫か?」


「大丈夫じゃないわ一心……。私は一心の童貞を貰っているという、確固たるアイデンティティまでをも破壊されたのよ……まるで、世界の全てが足元から崩壊してしまったかのよう……とても立ってなんていられないわ」


 いや、俺の童貞ごときをそんな精神的土台に使わないでくれよ。


 正直、男の童貞をもらったかどうかなんて、そこまで価値を見出す事じゃねぇぞ。


「一心は私の時にも初めてだったぜ。お互い知識なんて無かったから、最初の内は抱き合ってるだけで幸せだったし満足してたけど、徐々に徐々に、お互いの身体を許すラインが……」


「なんで、白玉さんの時はジレジレ純愛系な感じで致してるのよ一心!? 私の時なんて、何度も拝み倒して、やっとだったのに!」


「いや、知らんって! 記憶ないんだから! っていうか俺に一から説明をさせろって!」


 混沌とした場で俺は声を張り上げるが、このカオスな場は中々収まる気配を見せなかった。

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