第23話 このウザイ語尾には聞き覚えがあるわ
「うわっ!」
「あ、この子ひょっとして……」
突如、空を飛ぶアヤメが現れて、珠里は当然のことのように驚き、優月は、すぐに見当がついたようだ。
「アヤメ。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねぇですぅ! 一心君! あんた、何してくれてるんですか!」
「え? 俺は別にあの部屋で悪い事なんて何も」
アヤメは俺に用事があって、しみったれたこの下界に降りて来たって事だ。
となると当然、用事と言うのは、あの部屋に関連する事だろう。
「自覚がねぇ悪意ほどたちの悪いもんはねぇですぅ。共犯関係でなければ、とっくに粛清してたですぅ」
興奮で口調が前回以上に荒いアヤメだが、割とマジで、なんで怒っているのかが解らない。
俺は別に、あの部屋の力を悪用して、みだらな行為なんてしていない。
「ちょっと落ち着いてよアヤメ。何でそんな怒ってるの?」
「ビル火災での救助活動! なにを、あんな目立つことをしやがったんですか!」
「ああ、あれね。いいアイデアだったでしょ? セックスしないと出られない部屋にあんな使い道があるなんて」
「良くねぇですぅ! あんな神隠しだってモロバレなことを、あんな大人数に白昼堂々やりやがってですぅ!」
「大丈夫だよ。あの部屋に居た人たちの記憶はちゃんと消してるから」
「そこを心配してるんじゃねぇですぅ! 天界にいる同僚にバレちまうから言ってるんですぅ!」
「あ~、ごめん。そっちの視点では全然考えてなかったよ」
ポリポリ頭をかきながら俺は素直に謝った。
まぁ、あの時は緊急事態だったから、そこまで考えてはいられなかった。
「もうやだ……これだから下賤で矮小な人間って奴はですぅ……」
怒ったりションボリしたり忙しい女神さまだ。
「一心。この子が、前に言ってたゲームマスターで女神様の?」
「そうそう。優月には前にチラッと話してたよね。アヤメだよ」
「たしかに、このウザイ語尾には聞き覚えがあるわ」
優月には、俺が管理者権限を得てあの部屋に招待した時に、アヤメの存在は話していたんだよな。
「ゲームマスターで女神? ちょっとよく解らないんだけど」
対して、珠里の方は困惑が隠しきれない様子だ。
さっきの経緯説明の時にも、アヤメの存在は説明を省いてたもんな。
「あ、そうだ。ちょうど、アヤメに聞きたかったことがあったんだ」
「なんですぅ?」
空中でダンゴ虫のように丸まっているアヤメに問いかけると、気だるげにアヤメは顔だけをこちらに向ける。
「この子、珠里って言うんだけど、俺と以前にセックスしないと出られない部屋に居たらしいんだ」
「はぁ? そんな訳が……いや、でもウソは言ってねぇですね」
珠里の方を見て、瞬時に真実か否かを見抜いたのか、アヤメがダンゴ虫状態から復帰して少し真剣な顔つきになる。
どうやら、言っても女神様なので、人間が真実を話しているか否かは瞬時に分かるようだ。
「アヤメは珠里のこと知らないの?」
「知らねぇですぅ。で、珠里とかいうの。あの部屋での記憶があるんですか?」
「あ、ああ。そうだぜ」
突然水を向けられてビックリしながらも、珠里が肯定する。
「完全に?」
「おう」
「……ちょっと待つですぅ、ちょっくら調べます」
そう言って、ウインドウを次々と空間に開いて情報を開いて行くアヤメだが、とあるウインドウを開いたところで固まる。
「何か分かったの? アヤメ」
「……今の私の照会権限で参照できるオールドデータは前回の分だけなのですが、確かに前回のセックスしないと出られない部屋の参加者は一心君と珠里になってますぅ」
「なんで俺だけ2回も呼ばれてるの!? 勝手に常連にされちゃ困るよ! ってことは2回も記憶を消されてるの俺!? それって大丈夫なのアヤメ?」
「前回の催しの主任は……」
ウインドウをスクロールしながら、アヤメがブツブツと言って、俺の問いかけを無視する。
「ねぇアヤメ。聞いてるの?」
「ピーピー鳴くな、ちょっと黙ってろですぅ」
「お、おう……」
殺気立って血走った眼を向けるアヤメの迫力に、俺は思わず引っ込んでしまう。
「あの野郎……優しい先輩みたいな顔して、人に地雷案件パスしやがって……心を許した私がバカだったですぅ」
怒りのためか、文字通り波うつアヤメの薄紫色の髪。
空中に浮かんでいるからなのか、比喩表現じゃなく、怒りで震える振動により本当に髪が波打っている。
「あの……アヤメ?」
「私はちょっくら前任者を〆に行くですぅ。向こうでゴタゴタを片付けるまで大人しくしてるですよ。いいですね?」
「お、おう」
アヤメの剣幕に、俺の方も頷くことしか出来ないでいると、アヤメは消えてしまった。
◇◇◇◆◇◇◇
【アヤメ視点in天界】
「どういう事なんですかねぇカヤノ先輩」
下界から戻った早々、私は教育係のカヤノ先輩に詰め寄る。
「お、アヤメ。体調は元に戻ったのか?」
「そんな事はどうでもいいですぅ。それよりこの件に関して、担当だったカヤノ先輩に聞きてぇんですぅ!」
私は、開いたホログラムウインドウを少々乱暴に、カヤノ先輩の方へ投げてよこす。
「ああ、この件か。どったの?」
「前回のセックスしないと出られない部屋の余興は、カヤノ先輩が担当だったんですよねぇ? なんで、参加者の記憶が消えてねぇんですか!」
「え!? いや、知らねぇぞ。私はちゃんと記憶消去したぞ」
「本当ですか?」
私は猜疑のこもった目で、カヤノ先輩の表情を注意深く観察する。
自分のミスを隠蔽して、私に地雷案件を寄越したのではないか? との懸念が私の中には大きかった。
「本当だって。わざわざ、そんな危ない事する訳ねぇだろ」
う~ん……カヤノ先輩の本気で驚いた表情的にウソを言っているようには見えねぇですぅ。
女神同士だと、ウソかどうかを見破る神眼と、擬態の能力が打ち消し合って、機能しないんですよねぇ。
「となると、私の時にも片方の参加者の記憶が消えてなかったのは、システムのバグってことですか」
「だな。仕方ないからインシデントの第一報を上に上げるか。ちっ、面倒くせぇな」
カヤノ先輩が頭をかきながら、移動しようとする。
ここで、私はある重大な事に気付く。
「ちょっと待つですぅカヤノ先輩!」
ヤバい。
このままインシデント報告をしたら、芋づる式にセックスしないと出られない部屋の管理権限を人間ごときに奪われていることまで、バレてしまうですぅ。
地上で引き起こしたビル火災での神隠しもそれが原因で、そして、私がそれを直ぐには報告しなかったことも。
「なんだよアヤメ」
「この件。要は、対象者の記憶だけ再度、ちゃんと消しておけばいいのですぅ。私にはまだ、あの部屋の管理権限が付与されたままですから、そんなの容易ですぅ」
私は汗をかきかき、カヤノ先輩を懐柔しにかかる。
「そりゃそうだが、内部規則的には」
ここで、教育係としての矜持からか、カヤノ先輩が渋る。
「こんなつまらない仕事で、評価を下げるのは納得いかねぇですぅ。それに、日頃お世話になっているカヤノ先輩を巻き込む形になってしまうのは、私としても心苦しいのですぅ」
「そうか? 悪いな」
実際は、自分の保身100パーセントな動機ですが、こうするのが最善ですぅ。
これでこの件は表面上は終わり。
カヤノ先輩に恩も売れて、一石二鳥ですぅ。
「じゃあ、この件に関してはこっちで上手い事、処理しておきますんで」
「おう。じゃあ、よろしくなアヤメ。今度、酒おごるな」
「は~い、是非~」
心なしか軽やかになったカヤノ先輩の後ろ姿を私はにこやかに見送る。
ふう……危なかったですぅ。
つい感情的になってカヤノ先輩を問い詰めてしまいましたが、上手くリカバリーできたですぅ。
カヤノ先輩としても、自分の担当の時からのミスに後輩の私を巻き込んだという負い目もあるから、私にあまり強く出れず、割とあっさりと折れてくれて良かったですぅ。
「あ、そう言えば、何でカヤノ先輩の時にも男性の参加者が、一心君だったのかカヤノ先輩に聞きそびれたですぅ」
直近のセックスしないと出られない部屋の催しは私が幹事ですが、参加者は事前に決められていたんですよね。
一心君は記憶が消えていたので問題はなかったですが、なんででしょう?
「まぁ、いいか。さっき一心君に釘も指しておいたし、これで一安心ですぅ」
とりあえず地雷案件を華麗に隠蔽することに成功した、仕事の出来る女神である私は、足取り軽く宿舎へ向かった。
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