第18話 満足
「え、ここどこ? さっきまで火と煙の中だったのに……」
「一体何がどうなってるんだ⁉」
「燃えさかるビルの中で要救助者を背負っていたのに、何で公園に……」
「あれ……顔に焼けた瓦礫が落ちてきたのに何の火傷もキズも無い……」
「ガスを吸って意識を失くしたと思ったのに……」
公園の広場では、大いに人々が混乱していた。
俺は、混乱する集団の中にシレッと紛れ込み、セックスしないと出られない部屋に移動した時に、昏倒した状態で運ばれた人の様子を窺う。
その全員が、きちんと意識があり、健康状態も問題なさそうな事を確認すると、俺はホッと胸を撫でおろす。
皆ひどく混乱しているが、つぶやきを聞くに、どうやらあの部屋での記憶は無さそうだ。
彼らは本来、火災現場からあの部屋を経由して今いる公園広場に移動したわけだが、彼らの認識では、経由地であるあの部屋にいた記憶自体が無かったようだ。
記憶操作の設定は的確に、対象となる記憶部分だけを消し飛ばしたようだ。
よし、これで一安心だ。
「あ、そう言えば珠里はどこだ?」
ここで、俺はようやく、放っておいた珠里の事を思い出す。
火災現場であるビルの正面口側の方へ向かうと、白煙が上がっていた正面口からも火と黒煙が噴き上がっており、規制線が敷かれていて近づくことは出来なかった。
辺りの野次馬を見まわすが、珠里はいない。
スマホで電話をかけてみるが繋がらない。
「珠里の奴、もう帰っちゃったのかな……って、優月!?」
「一心、あなたも火事場の野次馬? 示し合わせていた訳でもないのに運命的な出会いね。やっぱり私達、とっても相性がいいのね」
「いや、優月もこの近くで待ち合わせだから、見に来ただけでしょ」
火と黒煙と、鳴り響く緊急通行車両のサイレンで、ここら一帯は大騒動だ。
これだけ凄い火災なら、大体の人はこの場所に引き寄せられる。
「あれ? クンクン……一心、ちょっと煙臭くない?」
「人の服をそんな嗅がないでよ。煙臭いのはしょうがないんだ。俺、あのビルの中から避難してきたから」
「え!? 一心、あの火事の現場にいたの⁉」
どさくさ紛れに、俺に抱き着いて顔を腕にうずめていた優月が、ガバッと顔を上げて驚きを口にする。
「うん。優月との待ち合わせまでに時間があったから、あのビルの中の武具店に」
「そんな……怖かったでしょ一心」
「ありがと優月。でも大丈夫だから」
純粋に心配してくれる優月に、少し面食らうも、優月の心配は杞憂だ。
実は裏で多数の人を救えたことに、俺は大いに自己満足を感じていた。
ビルが全焼してしまう火事で、死者や重篤な火傷を負った人が一人も居なかったのだから。
「なんで一心、嬉しそうなの?」
「ん? いや、人的被害がどうやら無いようで、不幸中の幸いだなと思って」
広場の方から、ゾロゾロと人々が火事の現場に引き寄せられるように集まってきて、色々と騒いでいる。
口々に、自分は怪我をしていないか? 何故自分たちは助かったのかと疑問をぶつける者たちと、興奮する相手に安否確認をする消防の人で、現場指揮所は大混乱だ。
「皆、無事に逃げられたんだ。良かったね」
「ああ。という訳で約束通り、優月おすすめの激辛のお店に行こうか」
「うん。今度は、お口の中が火事だからね。覚悟しといて」
「ハハッ、初心者だからお手柔らかにね」
自分が助けた人たちの人垣を抜け、俺と優月はお店の方へ向かった。
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