第17話 セッ部屋で人助け

「珠里! 手、離すなよ!」

「う、うん……」


 緊急時という事もあり、さっきまで諍い中だった珠里も、大人しく従い俺についてくる。


 火災による影響なのか、照明が落ち、わずかな非常灯の明かりだけを頼りに、俺は珠里の手を引っ張りながら出口を目指した。


 既に、煙がこちらのフロアまで上がって来ていて、視界が白く霞んでいる。

 昼間だというのに、窓が少ないショッピングビルゆえ、いざ照明が落ちるとかなり薄暗い。


 口元を服の袖口で覆い、体勢を低くしながら、小走りで出口を目指す。


「南口は火の手が強いです! 火元から遠い正面口から避難してください!」


 従業員が何度も怒号のように声を張り上げ、客へ指示を出す。


 幸い、俺も珠里も通いなれた武具店のあるショッピングビルだったので、建物のレイアウトは把握できている。


「こっち、こっち!」


 道すがらで、どこへ避難すれば良いのか戸惑っている客も引き連れながら、俺たちは無事に出口に辿り着くことが出来た。




「ふぅっ。いや~、突然のことで生きた心地がしなかった」



 無事に外に出れた安心感と、息を問題なく吸える爽快感に、ひとまず俺は安堵するが、外の緊迫した状況に、すぐに安穏とした気分は吹き飛ぶ。



「近隣署へ、はしご車応援要請!」

「交通整理どうなってる! これじゃあ応援の消防車両が入れねぇぞ!」


「火の回りが早い! 南口からの進入は断念するしかない!」

「南口側の客と従業員を正面に回せ! 早く! 時間がねぇぞ!」


 消防の人たちの緊迫したやり取りと、何よりビルの裏手、火元とされる南口側から朦々と天に吐き出される黒煙が、事態の深刻さを物語っていた。



「煙が濃くなってきた……」



 珠里が、今さっき俺たちが脱出したビルの正面口の方を指さしながらつぶやく。


 これでは、館内は全て視界が悪く、また煙が痛くて、館内に取り残された人たちはろくに目を開けられないだろう。


「これじゃあ、ビルの南側にいた人たちは……」


 避難の時からつないだままだった珠里の手に、力が込められる。


「ただ、俺達にはどうすることも……」


 俺たちは、所詮はただの高校生だ。

 ヒーローのように火の中に飛び込んだところで、ただ救助の邪魔になるだけだ。


 そう、俺たちはただの……。



「あ! そうだ! これなら行けるかも!」



「ビックリした! な、なんだよ一心。急に大声出して」


 急に大声を出した俺に、珠里から苦情が飛んでくる。


「ああ、すまん珠里。ちょっと、ここで待ってて。俺行ってくる」


 そう言って、俺は繋いでいた珠里の手を解いて駆け出す。


「ちょっと一心!」


 後ろから珠里が声をかけてくるが、ビルの中の人たちの命はまさに風前の灯火なのだ。

 1分1秒が惜しい俺は、珠里に何も説明せずに目的の場所へ走った。




「よし、ここなら大丈夫だろ」


 ショッピングビルにほど近い、公園の広場に着いた俺は、周囲の広さを確認する。


 公園にいる人たちの視線は、黒煙を上げるショッピングビルの方を向いていて、こちらを気に掛ける人もいない。


 俺は、素早く空中に、あの部屋の管理ウインドウを開く。



「セックスしないと出られない部屋の新規開設。レイアウトは初期状態、部屋内部での傷病は自動回復」


 俺は、忙しく部屋の設定を終えると、最後の自由設定項目を設定する。


「部屋への召喚対象者は、あのショッピングビルの内部にいる全ての人間。なお人間とは、生命活動を停止している者も含める」


 少し特殊な対象の指定なためか、設定の備考欄に直接タイピングする必要があってもどかしい。



「よし、ルーム展開!!」



 管理者ウインドウの決定ボタンをタップすると、街中の公園だった周囲の景色が歪む。




◇◇◇◆◇◇◇




(ザワザワ……)




 煤で顔を真っ黒にしたサラリーマン、かたわらに居る子供の口元にハンカチをあてていたお母さん、先ほどまで倒れこんでいた人、耐火服を身に着け人を背負った消防官。


 火と煙にまかれる地獄の場所から、急に白い世界に迷い込んだ彼らは、一様に驚きの表情で周囲をキョロキョロと見まわし、徐々にざわめきの声が部屋の中にさざ波のように広がっていく。



「そりゃ、みんな戸惑うよな~」



 彼らの様子を大画面モニターで見ながら、俺は管理人室の椅子の背もたれに身体をあずけて、笑いながら独り言ちる。


 ここは、セックスしないと出られない部屋のゲームマスタールームだ。


 新規の部屋開設時のデフォルト設定では、ゲームマスターは参加者から全く姿は見えず、また、参加者はゲームマスターに干渉できないようになっている。


 そしてゲームマスターは、この安全なゲームマスタールームから、色々と一方的に参加者に指示をしたりするわけだ。


 悪趣味この上ないが、いざ自分がやってみると、神様になったみたいでちょっと気分がいい。


 アヤメの奴も、仕事を上司から押し付けられてとブツクサ行っていたが、内心は気分良かったんだろうな。


「何ここ……私達死んじゃったの⁉」

「ここが天国なのか……」


 そうこうしている間に、部屋にいる人たちが騒ぎ出した。


 確かに先ほどまでビル火災の現場にいたんだもんな。


 まさしくデッドオアアライブの状況だったんだから、ここが死後の世界だと思っても不思議じゃない。


 別にもったいぶって引っ張る事でもないから、とっととゲームマスターとして説明しよう。

 何やかんや、俺もノリノリである。



『あーあー、聞こえますか皆さん』



 マイクをオンにして、セックスしないと出られない部屋に入れられた人たちへ呼びかける。


『ええ~、この部屋は『ここは、セックスしないと出られない部屋です。脱出するには、セックスをする必要があります』』


 状況説明を始めようとしたところで、まるで図ったように、消せない自動音声のアナウンスが被せるように流れてしまう。


「セックスしないと出られない部屋!?」

「え……どういう……」

「いくら何でも人数多すぎじゃあ……」


『あ、今の無し! こっちの手違いで、変な音声が流れちゃいました。ごめんなさい』


 俺は、慌ててすぐに訂正と謝罪を行う。


 この、自動アナウンスの野郎め……。

 話がややこしくなるだろうが!


 おかげで、ゲームマスターとしての威厳が台無しだ


『え~、おっほん。まず、床に寝てしまっている人の意識確認をお願いします。今は回復しているはずですが、かなり重篤な状態だったはずなので』


 俺の指示を受けて、消防官の人や、たまたま現場に居合わせた医療職と思しき人が、床に寝転んでいる方々のバイタルチェックを始める。


『あ、良ければこの辺の道具を使用してください』


 俺の方で、バイタルを測定するための機器や聴診器を注文し、対応してくれている人の側に現出させる。


「「「……⁉」」」


 突然、見慣れた機器が何もない所から現れるという超常的な状況に、言葉を失くしてしまう人たち。


 しまった、要らぬお節介で手が止まっちゃってる。


『早くお願いしますね』


「は、はい……」


 この部屋に転移している事といい、何もない空間から物を現出させたりと、どうやら自分たちが人ならざる者と接していると皆が認識したのか、重苦しい空気が流れる。


「バイタル確認できました。皆、数値は正常で、問題ある方はいません」


『ありがとうございます』


 俺は、対応してくれた人たちに礼を述べた。


 この部屋に飛ばした時に、地面に寝ていた人は、おそらくは火災現場で意識を失くして倒れていた人ということ。


 その多くは、おそらく本来は亡くなってしまっていたであろう人たちだ。


 この部屋の設定である、部屋内部での傷病は自動回復機能は、生命活動を停止した者も対象として含めた。


 この条件の掛け合わせにより、死の運命すら覆したという事になる。


 このセックスしないと出られない部屋の本来用途的には、部屋の内部で刀傷沙汰が起きたり、絶望した参加者に自死されたりといった事態を許さないための設定項目なのだろうが、こんな使い方もできるとは。


 咄嗟に浮かんだアイデアだったが、上手く行った。




 後は。



「あの……ここは、どこで、あなたは何なんですか?」


 避難した人の内の一人が、恐る恐るという様子で手を挙げながら、こちらを誰(すい)何(か)してきた。



『あ、その辺の説明はしません。ごめんなさい。どうせ、ここにいた記憶は失いますから』


「え、どういう意味……」


『ほいっと、緊急脱出と』


 質問に答えず、俺はホログラフウインドウを操作して、彼らを帰還させた。



 帰還場所は、火災の起きたビルの近くの公園広場。


 帰還時の設定は、この部屋にいた記憶の消去と、身体の回復状態の現実世界への承継の項目にチェックをつけて。

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