第14話 モテる親友を持つと辛いぜ

「お、紳士の豊島一心君が来たぞ」


「何だよそれ……って、この間の昼休みの屋上での話がもう広まってるのか」


 登校して自分の席にカバンを置くと早速、蓮司が話しかけてきた。

一瞬、何のことか分らなかったが、蓮司がニヤニヤしているのですぐに見当がついた。


「そうだ蓮司。お前、琥珀姉ぇに優月との騒ぎの事を垂れ込んでただろ」

「あ、俺ってバレてた?」


「あの後、琥珀姉ぇが家に押しかけてきて大変だったんだぞ」

「すぐ伝えなかったら、俺の身が危ういからな~」


 口をとがらせる俺に、蓮司は飄々と悪びれもせずに答える。

 蓮司も、俺の家によく遊びに来てて、琥珀姉ぇとは顔見知りだ。


 俺の勘では、蓮司は琥珀姉ぇに惚れてるからな。


 口では、怖い先輩だから仕方なく従ってるみたいに言ってるけど、実際は琥珀姉ぇに尻尾を振っている忠犬なんだ。


「まったく」

「で、どうだった? 赤石さんと福原先輩で鉢合わせて修羅場になったか?」


 ワクワク顔で蓮司が俺の顔を覗きこんでくる。

 こいつ、最初からそのつもりで、タイミングはかってやがったな。


「ああ、お望み通りな。けど、色々整理しなきゃいけない事が次々と起こってさ……」

「な~んだ、つまんねぇな。で、結局、一心は赤石さんとは付き合ってんのか?」


 急にぶっこんでくるな、おい。


 そして、周囲からも明らかに音が消える。


 皆、適当にスマホや机の引き出しを漁るふりをしながら、こっちに聞き耳を立てているのが丸わかりだ。


「私と一心は付き合ってないわよ荒北くん」


 その静寂を破ったのは、もう一人の当事者である優月本人だった。


「今はまだ、ね」


「そうなんだ。俺は一心の中学からの友人で蓮司だ。こうやって直接話すのは初めましてかな? 赤石さん」


 相変わらずイケメンで、女の子相手にも物怖じしない蓮司らしく、スマートに優月に挨拶する。


「そうね。でも、荒北君のことは一心の話題によく上がるから、ある程度人なりは知ってるわよ」

「お、そりゃありがたい。何だ、一心。親友の俺のこと、よく話題に出してくれてるんじゃん」


「バシバシ背中を叩くな。いてぇよ蓮司」


 何がそんなに嬉しいんだか。

 優月とお近づきになれたのが、そんなに嬉しかったのか?


「しかし、赤石さんと一心が話してるのなんて見たことないけどな」


「ま、まぁ。学校外でよく話す機会があってな……」


 ここら辺は、お茶を濁すような回答しかできないのがつらい所だし、疑われてしまうポイントとなるわけだが……。


「私の一心への好きが収まらなくなっちゃって、こうして学校でも愛情表現するようになったのよ。それこそ、一つに混じり合いたいと懇願するほどに」


 直後に優月が爆弾を場に投下することで、細事がかき消される。


 開口一番、『俺とはまだ付き合ってない』との宣言に一瞬安堵していたクラスの男子たちは暗転、またもやダークサイドに堕ちる。


「アハハ! 赤い宝玉さんって、面白い人だったんだな!」

「その呼び名、私嫌いなのよね」


 大笑いする蓮司に、優月がしかめっ面で答える。


「オーケーオーケー。なるほどな。けど、一心に目を付けるとはお目が高いな赤石さんは。隠れ優良物件だと、親友の俺が太鼓判を押すぜ」


「そんなセールストークなんて受けなくても、一心の良さなんて知ってる」

「いや、優月」


 ちょっと、恥ずかしいからその辺で……。


「お、言うね~。じゃあ中学生の時に、一心が捨てられてた子猫を自宅に保護して里親探しして、無事に引き取ってくれる人に引き渡すお別れの時に泣いた話とか、赤石さんは知ってる?」


「おい、蓮司」


 お前は何で対抗心燃やしてるんだ⁉


「何そのほっこりエピソード……私の知らない中学時代の一心のエピソードとかズルい……」


 本気で悔しがる優月から、奥歯を噛みしめる音が聞こえる。


「フッフッフ。どうだ参ったか」

「こうなったら、私もあの部屋での一心との、くんずほぐ」


「お前ら、どっちが〇〇君と仲良しかでケンカする小学生か!」


「「あだ!」」


 危うくあの部屋での事を漏らしかけた優月の失態を誤魔化すために、蓮司と優月の脳天に同時にゲンコツを見舞った。




◇◇◇◆◇◇◇




「なんで、福原先輩がこの場にいるの!」


 昼休み。


 屋上に優月の声が響く。


「私はイッ君の保護者がわりですから」

「お昼休みにまで押しかけてくる子離れ出来てない保護者なんて、嫌われますよ」


 すまし顔でレジャーシートに座る琥珀姉ぇに、優月が嫌味で応戦する。


「保護者として見過ごせない言動を聞いたからです。赤石さん、あなた、昨日の昼休みに盛(さか)ったメス猫のように、イッ君にまとわりついていたそうじゃない」


 琥珀姉ぇが、まるで汚物を見るような嫌悪を込めた視線を優月に送る。


「ええ、そうですが何か?」


 泰然とした様子の優月に、てっきり恥じらうものだと思っていた琥珀姉ぇは、少し狼狽える。


「公共の場で、その……せ、性行為を男にねだるなんて不純よ!」


「主語をデカくしないで下さいますか、福原先輩。私をその辺の、男にホイホイ股を開く女と称されるのは、甚だ不愉快です」


「な、何が違うって言うのよ……」


「大違いです。私が身体も心も開くのは、一心だけ。一心だから、Hな行為もしたい。私はその事を一心に伝えているだけです」


 堂々と宣言する優月には一点の迷いもない。


「な……な……」

「福原先輩みたいに勘違いする輩が本当に多いんですよね。今日も、昨日の噂を聞いて、私の事を実は軽い女だと思ったバカな男どもが群がって来ましたが、全て一刀両断しました」


 レスバトルは完全に優月のペースだ。


「一心、赤石さんから愛されてんな」


「うるせぇよ蓮司」


 俺は、優月と琥珀姉ぇのキャットファイトを目の前に、現実逃避気味に弁当を広げる。


「そういや、今朝はパール姫ともひと悶着あったらしいじゃん」

「……蓮司って、俺に盗聴器でも仕掛けてるのか?」


 何コイツ。怖いんだけど。


「周りが、色々と一心のことを俺に聞いてくるから、図らずも一心関連の情報が集まるんだよ。モテる親友を持つと辛いぜ」

「イケメンのお前と役割が逆な気がする」


 まぁ、最近の俺の周りは優月のことで慌ただしいからな。


「そうだ。つい、一心の腕の感触に夢中になってたから流したけど、朝に会った白玉さんって子は一心の何なの?」


 琥珀姉ぇとのレスバトルを中断し、優月がこちらに矛先を向ける。

 な、何で、ちょっと怒ってるの。


「珠里は、俺が小さな頃から通ってる空手道場の師範の娘でさ」


「なにそれ……いわゆる幼馴染って奴じゃない」


「白玉さんは、あくまで幼馴染もどき。幼馴染って言うのは、近所に住んでいて、物心つく頃から当たり前に一緒に居た大切な存在のことだと、幼馴染学会できちんと定義づけられてるんだよ。解った? 赤石さん」


「は、はぁ……」


 先ほどまで優月とのレスバトルで圧倒されていた琥珀姉ぇが、血走った目で食い気味に優月に詰め寄る。


 先ほどまで優勢だった優月が、気おされている。


「珠里とは道場は一緒だけど、学校はずっと別々だったからな」

「当時から、あんな感じのギャルだったのか?」


 興味津々といった感じで、蓮司が俺に質問してくる。


「いや。珠里の銀髪と褐色の肌は、異国生まれのお母さん譲りだよ。よくギャルだって誤解されるけど」

「そうなのか。あれって地毛なんだ」


「高校で同じ学校になったわけだけど、あの態度でさ。最近は学校も休みがちみたいだし」


 子供の頃から道場で一緒に空手の練習をしたり、時にはバカ言い合ったりして仲良かったから、高校でも楽しくツルめると思っていたのに、入学当初はアテが外れてしまったとガッカリした。


「パール姫は、褐色肌に銀髪の特徴的な容姿だから、入学当初から目立ってたもんな。それこそ紅い宝玉の赤石さんみたいに」


「変な異名をつけられるところにはシンパシーを感じるけど、なんであんな一心にあの子はツンツンしてたの?」


「それが、とんと心当たりが無くてな……高校に上がってから、空手の道場にも顔を出さないし」


 珠里に訳を聞こうにも、碌に話を聞いてくれないし。


「入学当初に、イッ君が白玉さんに私を紹介してくれた時には、明るい感じの子だなって印象だったけどね」

「うん……。出来れば、琥珀姉ぇも一緒に仲良くなりたいなって思ったんだけど」


「イッ君の近所に住んでる、正真正銘の幼馴染のお姉さんで、ファッションモデルもしてますって自己紹介したのに」

「う~ん……何でだろう」


 解けない疑問に、難儀する琥珀姉ぇと俺。



「……私、なんとなく白玉さんが一心にそっけなくなったのか、理由がわかった気がする」


 優月が微妙な顔をしながら答える。


「ほ、ほんと!?」


「ああ……俺もだわ。白玉さんカワイソ」

「蓮司もか⁉ 教えてくれ! なんで珠里はあんな風になっちゃったんだ?」


 俺が問いかけると、優月と蓮司が、残念な生き物を見るような表情で俺の方を見やる。



「敵に塩を送ることになるから答えは言わないけど、流石にちょっと同情するわね」

「お前は自分の胸に手を当てて反省しろ」


「何で教えてくれないの⁉」


 その後、しつこく2人から聞き出そうとしたが、2人は頑として見立てを喋らなかった。

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