第10話 優月のあの部屋の思い出(前編)

【赤石優月視点_あの部屋での生活】



「セックスしないと出られない部屋……」


 ゲームマスターからの一通りの説明を聞き終えると、隣に立つ、私と一緒にこのバカげた部屋に閉じ込められた男子が、うわ言のように呟いた。


 え~と、たしか同じクラスの豊島くんだったかしら?


 クラスに特に仲の良い男子なんていないから、苗字くらいしか覚えてない。


「あの、赤石さん」


「な……なに?」


 私は、警戒して豊島君から距離を取る。


「あ、ゴメン。こんな状況だから怖いよね。こうやって話すのは初めてだから、まずは挨拶をと思ってね。豊島一心だ。よろしく」


 私があからさまに距離をあけたのに、不快感を表に出さずに、豊島君が挨拶をする。


「赤石優月……」


 とりあえず最低限の挨拶をボソッと私は返す。


「まずは、この部屋での生活基盤を整える必要があるね。一緒に色々把握しよう。手伝ってくれるかい?」


「う、うん」


「じゃあまずは、さっきゲームマスターが言っていた、この注文タブレットを使ってみようか。話によると、何でも注文できるみたいだけど」


 そう言って、豊島君はタブレットを操作しだす。


「まずは食料に飲料水、着替えだよね。わ! 家具なんかも注文できるんだ。この部屋、真っ白で何もなくて殺風景すぎるから注文しちゃおう。これ本当に全部タダなんだよね?」


 まだ私は頭の中が混乱しているのに、豊島君はすぐにこの状況に順応しようと動き出していた。


 その様子を、私はボーッと眺めていた。


「うお! 家具と家電を注文したら、即、完成品が部屋に設置された!」


「あ~、でも間取り的にテーブルとテレビはこっちがいいな……って、え!? タブレット上の部屋の間取り図の画面で家具のアイコン動かしたら、即位置が反映された! すげぇ! 模様替えや家具を動かしてお掃除する時、超便利!」


 いや、今はただ、この超常的な部屋のシステムへ興味が行っているだけだ。


「わ! ダメもとで巨大L字ソファを注文したら、部屋自体が良い感じに拡充した! 何でもありか、この部屋は! え、ってことは夢の大きいお風呂や、アイランドキッチンも設置できちゃうの⁉ やった!」


 何だか、随分所帯じみた点に喜びを見出す男の子ね豊島君は。


 でも、これからだ……これからが私の身が危ないんだ……。


 興奮しながらタブレットを操作して、次々と家具や家電を配置する豊島君を尻目に、私はギュッと自分の身体を抱きしめた。


 今は一見すると、豊島君は無邪気で、害意は無さそうに見える。


 けれど、問題はこの先、衣食住が安定した時だ。


この訳の分からない部屋での生活に慣れや飽きが来た時に、この男は必ず、私を襲いに来る。


 私は、自分で言うのは何だけれど、男子からは結構モテる方だ。



 親しくもない男に告白されても、こちらとしては断る一択なので、今まで誰とも付き合ったことはないが。


 告白を断る時は、いつも辛い。

 相手が顔をゆがめて俯いたり、中には逆恨みして罵倒してくる人もいる。


 だから、私は自分に向けられる好意や欲という物には、ことさら敏感になってしまった。


 早めに、貴方にその芽は無いよと伝えることが、結果的にお互いにとって払うコストが最小になるのだ。


 それによって、普段から冷たい印象を周囲からは持たれているが、その方がマシだ。


「あ、つい興奮しちゃってた。赤石さんも色々注文してみたら?」


「そうね」


 私は手元にある、もう1台のタブレットでパパパッと色々な注文をした。


「おお。なんだか秘密基地みたいだね」


 私は、本棚やワードローブといった背の高い家具でワンルーム程度の間取りのエリアを囲い、個室のようなものを作り上げた。


「豊島君。最初にハッキリ言っておきます。この部屋では、お互い干渉しないようにしましょう」


「え? でもリビングみたいな共用スペースも作ったんだけど。ご飯とか一緒に食べたりとか」


「不要です。注文すれば宅食が目の前にデリバリーされますから」


 そう言って、私は自分のエリアに引っ込んだ。




◇◇◇◆◇◇◇




「飽きた……」


 セックスしないと出られない部屋に入れられてから1週間が過ぎたが、すでに私はこの監禁生活が辛くなっていた。


 最初は、色んなものがタブレットのタッチ一つで手に入っていいなと思った。

 だが、これが微妙にかゆい所に手が届かない仕様なのだ。


「マンガも小説も動画も飽きた……」


 特に深刻なのがエンタメ系。


 何故か、これらの分野に関しては無尽蔵ではなく、既に自身が現実世界で読んでいる、ないしは視聴したことがある物しか閲覧することが出来なくなっていた。


「そろそろお昼ごはんの時間だけど……食事にも、もう飽きたわね」


 頼めるのは、メニューが数種類の限定された宅食お弁当のみ。


 野菜たっぷりの煮物など、栄養面は問題なさそうなお弁当だが、毎回だとさすがに飽きが来ていて食欲も湧かない。


「かといって、ミニキッチンは何故か注文できなくて、設置できるのは大き目な世帯用のシステムキッチンだけ」


 食材や調味料は買えるのだが、調理するためのキッチンは、大き目のものしか設置できず、私の囲ったエリアには置けない。


「そして、何よりもこれね……」


 私は、棚とワードローブに囲まれた上部を見て、苦々しい顔をする。


「こんな高さじゃ、豊島君がその気になれば、乗り越えられちゃうじゃない」


 一先ず視界を遮り、豊島君と接触しないようにすることは出来ている。


 だが、それも結局は豊島君の胸先三寸だ。


 家具の高さはせいぜいが210cm程度。

 脚立などを用いれば、高校生男子なら簡単に乗り越えられてしまう。


 家具を重ねてみようと試みてみたが、エラーになって配置出来なかった。


 小さなカラーボックスをブロックのように積み上げてみても、一定の高さより上にはエラーで積み上がらない。


「ゲームマスターは、是が非でも私たちのセックスが見たいのね……」


 この部屋の中で閉じこもろうとすること自体は一応できるが、不便や不満を感じるように制限を設けている。


 この部屋でのルールなんて所詮は運営側の気分次第で、プレイヤーの私に異議を唱える機会なんて与えられていない。


「部屋を拡充しようとしても、なぜか出来ないし……」


 最初に豊島君がやっていた時には大きな浴場やキッチンが出来ていたのに、私には何故か出来ない。


 これは、引きこもる意図がある場合は、最低限生きられる範囲しか認めないという、ゲームマスターの方針なのだろう。


「生活は最低限度……おまけに防犯は不完全な部屋だから、夜もろくに眠れない……」


 極めつけはこれだ。



(シュワシュワ)



 この衣が油を吸う音と棚ごしに漂ってくる匂い……。


(クゥッ……)


 先ほどは食欲がないと言っていたのに、胃袋は正直だ。


「お~い赤石さん。ちゃんと生きてる? あと、ご飯でアジフライとカキフライ作ったんだけど、一緒に食べない?」


 棚の向こう側から、豊島君から声がかかる。


「何度も言ってるでしょ。私に構わないで」

「あ、良かった。今日もちゃんと生きてた。たまにはパリッとしたものが食べたいんじゃないかと思ったんだけど。じゃあ、気が向いたら来てね」


 こうして、豊島君は毎日必ず食事への誘い兼、生存確認を行ってくる。


 最初は呼びかけを無視していたんだけど、返答が無いと何度も声掛けをしてくるから、最近は諦めて返事をするようにしている。


「解ってるんだから。そうやって、料理で懐柔しようとしてるんだって……」


 正直、宅食のお弁当は妙にリアルな出来栄えで、全てがグンニャリしている。

 煮物はグンニャリ、揚げ物もしっとり。


「揚げたてのアジフライなんて、サクサクしてて美味しいんだろうな……」


 先ほど、料理ごときで釣られないなんて言っておきながら、つい欲望が口をつく。


「ダメダメ。そうやって、油断させるのが相手の魂胆なんだから」


 私の事を護れるのは、私だけなんだから。


 気を緩めては駄目よ優月。


 そう言い聞かせて、私はお腹の虫が鳴るのを無視しながらシングルベッドに寝転んだ。

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