第7話 この部屋のルールは貴方ですよぉ

「……くそ! この部屋の中でも、やっぱりこちらの操作を受け付けやがらねぇですぅ」


 白いだだっ広い部屋の中で俺が茫然としている中、アヤメはまた例のホログラム操作ウインドウ画面を空中に走らせるが、どうやら思った挙動は出来ていないようだ。


「これで解ったでしょ一心君。貴方がこの部屋の管理者になった事を」


 肩を落としてホログラムウインドウ画面を全て閉じ、ため息まじりにアヤメが俺に、現状把握したか確認する。


「え、ええ……この部屋の存在が実在したことに、まず驚きですが」


「さて、ここからが本題ですぅ。今、我々はかなりまずい状況ですぅ。一心君は今、人間風情であるにも関わらず、神様の権能を使えてしまっています」


「神様のって言っても、かなりしょうもない能力だよね」

「仕方ないでしょ、所詮は宴会の出し物用なんですから」


「だったら、別に俺が持ってても問題ないんじゃ」


「神側が意図せずに、人間に権能が渡っているのが問題なんですぅ。過去には、催眠アプリや時間停止ストップウォッチといった、神々の能力を封入したアイテムを下界に落としたりする試みもあったんですが」


「あれも神様の仕業なんですか⁉」


 神様にも色々な仕事があるんだな~。


「けど、あれらは事前に決裁を受けた上でのこと。今回は、事前に上司たるゴッドオブゴッドから決裁を受けていないのに、神の権能を人間に分け与えてしまっているという、非常にマズい状態なんですぅ。バレたら、私は始末書と減給ですぅ」


「ほ~ん、大変っすね」


 別にやらかしたのは俺じゃないしと、俺は心の中で完全に他人事だとばかりに鼻をほじくる。


「この事をゴッドオブゴッドが知ったら、一心君は初めからこの世にいなかった扱いで、存在が完全デリートされますぅ」


「やべぇ、俺に関係大ありじゃん!」


 内心で鼻ほじってる場合じゃなかった!



「という訳で、今、私と一心君は同じ船に乗っている訳ですぅ。状況、解りましたぁ?」


「くそっ……俺は、ただ巻き込まれただけなのに……」


 知らぬ間に、とんだ泥舟に乗せられたものだ。


神様たちの見世物にされて、脳をいじくられて、イレギュラーな物を脳に埋め込まれて、あげくバレたら消されるかもとか、理不尽にもほどがある。


「たしかに、これでは一心君にとってあまりに旨味のない話ですねぇ。なので、飴を与えますぅ」


「飴?」


「ええ。先ほど言った通り、一心君にはこの、セックスしないと出られない部屋の管理者権限があると言いましたね? なので、この部屋は、貴方の好きに使っても良いですよ」


「……この部屋を?」


「フフフッ。目の色が変わりましたねぇ。そう、このセックスしないと出られない部屋のルールは貴方ですよぉ、一心君」


 クスッと笑いながら、意味深にアヤメがつぶやく。


「俺が……」


「距離や次元を無視して、誰でもこの部屋に呼べるし、この部屋にいた記憶は自由に消去できたり、この部屋にいる間の時間の経過すら止められるなど、設定はあなたの自由。つまり、この部屋の中では、一心君は神となれるのです」


 大げさに腕を広げて芝居じみた演出を交えて、アヤメが俺を誘う。


「さっきは、神様の力を人間が勝手に使うのは御法度だって言ってたじゃないですか」


「秘密を神の私と共有する以上、そのための利益は渡しますよ。その方が、秘密を守る際に、貴方も必死になるでしょう?」


 確かに、義務や恐怖だけで人を従えさせ続けるのには限界がある。

 それなら、自由にこの部屋を俺に使わせようって事か。


 ん? っていうか……。


「そもそも、俺にこの部屋の管理者権限があって、アヤメに手出しが出来ない以上、別にアヤメに許可されなくても、この部屋は俺の自由にできるのでは?」


「ぎ、ギクゥッ! そ、そこは流してくれていいじゃないですかぁ。雰囲気って大事でしょぉ?」


 この人は、色々と調子に乗りやすくて残念だなぁ。

 だから、このセックスしないと出られない部屋の管理者権限を奪われて……。


 ん、セックスしないと出られない部屋?


「あ!」


「どうしました一心君?」


「ここって、セックスしないと出られない部屋なんですよね? ここに今、俺とアヤメがいるっていうのは、どうなるんですか?」







「…………あ」


「あ…………」





 何とも気まずい沈黙が場を支配する。


 見ると、アヤメの肩が小刻みに震えている。

 という事は、マジで俺達、この後……。


「な~んちゃって! 残念でしたぁ。神様なので、私は独力で部屋の出入りだけは出来ますぅ。さっきのルーム展開でも私は、別に一心君に指名されてなくても、この部屋にいたでしょう?」


 均衡を破り、アヤメが種明かしとばかりに、ひょうきんに舌をベロベロ~と見せつけつつ説明する。


「そ、そうなんですね」


「ねぇ、一瞬、これから神様の私とセックスするんだ……って顔してましたね? してたでしょぉ一心君? 神様とそうエッチな事しようとするなんて、いけないんだぁ」


「う……うるさいですね」


 からかうように俺の顔を浮遊しながら覗き込んでくるアヤメから、俺は顔を背ける。


「照れてる~。カワイイ」


「解ったんで、元の世界に戻りましょう」


「はいはい。これから一心君は忙しいですもんね、ムフフ……。じゃあ、折角なのでチュートリアルですぅ。『入退室』というキーワードを思い浮かべてください」


「はい……うわっ! ホログラム画面が出てきた」


「これがこの部屋での基本動作ですぅ。やりたいことを思い浮かべれば、それを設定する項目のウインドウが出てきますぅ」


「今、部屋にいる人の名前が出てるから、選択して退室を選択すればいいいのかな……って、うお!」


 入室者一覧から、自分とアヤメを選んで退室を選択すると、ルーム展開をした時と同じように、景色が目まぐるしいスピードで駆け抜けていき、気付いたら元の自分の部屋に立っていた。




「夢……じゃあ、ないんだな」


「ええ。現実ですよぉ」


「っていうか、セックスしないと出られない部屋なのにセックスしなくても出れるんですね。これ、詐欺なのでは?」


「そこら辺の不条理をぶっ壊すことが出来るのが、管理者権限なのですよ。はぁ……初めての下界への現界なので疲れました。私はもう寝ます」


 そう言って、アヤメはベッドに横になる。


「え、ここで寝るの?」

「スヤスヤ……」


「いや、寝てないで、用が済んだなら戻ってくださいよ」


 嘘くさい寝息を立てて俺のベッドで寝る女神さまの身体を掛け布団ごしに揺する。


「うるさいですねぇ。ちょっとは神のことを敬ってください。寝床くらい譲ったらどうですぅ?」


「そういう意味じゃなくて、アヤメがいると、また色々ややこしいことに……」


「スースー」


 くそ。

 アヤメの奴、今度は本格的に寝息を立てだしたぞ。


 これじゃあ、もうすぐ琥珀姉ぇが俺の部屋に入って来て、ベッドで寝てるアヤメを見つけて、また盛大に勘違いされるパターンじゃん。


 一体どうすれば……。



(ドタドタドタッ)



「イッ君! 今夜はええと……あの泥棒ネコが襲いに来ないか警戒するために、私がイッ君と一緒に寝るから!」


「わぁ⁉ 琥珀姉ぇ! これはその……」


 噂をすれば何とやらで、突然の登場の琥珀姉ぇのフットワークの軽さに驚かされつつ、俺は慌てて弁明する。


「イッ君。子供はもう寝る時間だよ。眠れないっていうなら、今日は特別に私が添い寝してあげてもいいんだから……」


「この子は、そういうんじゃなくて、その……」


「さっきから、何のこと言ってるの? イッ君」


「へ? って、あれ!?」


 さっきまで俺のベッドに寝ていた、アヤメは忽然と姿を消していた。


 掛け布団は先ほどまで人が寝ていた痕跡すらなく、綺麗にベッドメイキングまでされていて、試しに布団の中に手を差し入れたが、先ほどまでアヤメが寝ていたのに、温もりも何も感じられなかった。


 あの一瞬でアヤメは姿を消して、自身がこの場にいた痕跡すら瞬時に消して見せたという事か。


「お~い、イッ君?」


 不思議そうにする琥珀姉ぇを横に、俺は今更ながら、神様というものの存在を自覚し震えるのであった。

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