第6話 セッ部屋がある理由

「え、え!? だ、誰!?」


 起き上がり、突如、俺の部屋に現れた、何もない空間にフワフワと浮かぶ、天女のような羽(は)衣(ごろも)を纏った少女に俺は誰(すい)何(か)する。


「取りあえず、泣きじゃくっている女の子に、するべきことがあると思いますけど?」


「あ、ああ、ごめん。はいタオル」

「どうも……ビムーーッ!!」


 ブツブツ言いながら、天女のような少女はタオルで顔を拭う。


 薄紫色でシルクのような光沢を放つ髪を持つ少女は、見た目は一般的な人間の少女に見えるが、神秘的な衣と、空中に浮かんでいる事から、目の前にいるのに現実味が感じられない。


「それで、君は?」


「申し遅れました。私、アヤメと申します。天上におわします女神様ですぅ」

「女神様……」


「そして、あなたが言う所の、あの部屋のゲームマスターでした」


「ちょっと情報量が多すぎるな……ええと、君はあの部屋のゲームマスターで、神様でもあるの?」


 もう、今日は色々なことが起きすぎて、めまいがする。

 ちょっと、夢だとしても展開を飛ばし過ぎだぞこれ。


「じゃ、じゃあ君が俺と優月をあの部屋に閉じ込めた張本人だって言うの?」

「ええ、そうですぅ」


「何でそんなことしたんだ?」


 思わず言葉に怒気がこもる。


 別にあの部屋で優月に閉じ込められて不快な思いをしたという記憶は俺には無いが、それでも理不尽な目にあったことは間違いないのだ。


「ひ、ひぃ……! わ、私だって……私だって、やりたくてやってたわけじゃ……ひぐぅ……」


 せっかく涙と鼻水を俺のタオルで拭いたのに、すぐさま新たな涙と鼻水が供給されて、アヤメと名乗る自称女神様は顔面を汚くする。


 いや、泣いてなければ女神というだけあって、整ったお顔立ちだとは思うんだけどね。


「どういう理由があったの? セックスしないと出られない部屋に人を閉じ込めるのには、何かやむに已まれぬ事情があるの?」


 泣かれていては話が進まないので、ちょっと声のトーンを落として寄り添うように尋ねる。


「はい……これは、人間どもを法律と倫理から解き放った箱庭に入れたら、どんな浅ましい行動をとるのかを観察して楽しむ、神々の余興ですぅ」


「いや、めっちゃ禄でもねぇな!」


 考えてたパターンで一番くだらない理由だった。


「神も大変なんですよぅ……。私が神々で一番新人だからって、幹事を押し付けられて……」


「まるで会社の忘年会の幹事さんみたいだね」


「観覧する神々の出欠確認に、神々の移動用シャトルバスの手配、リモート観戦する神のための配信部屋の開設、映像だけで音声が聞こえないと苦情を言う神への対応、はたまたゲームマスターとして主役であるあなた達2人の世話まで、そりゃ大変だったんですぅ……」


 サメザメと泣くアヤメ。

 どうやら、神の世界も人間の社会も、上下関係とかはあまり変わらないらしい。


「それで、こうして俺の前に姿を現したって事は、色々とあの部屋のことについて、ゲームマスターとして説明してくれるってことなのか?」


 あの部屋での俺の記憶がほとんど消されていて、優月は記憶が残っているチグハグな状況。


 これについては、何か神々の意図があるのだろうか?

 是非とも知りたいところだ。


「いえ全然その気はないですぅ。私は今、一心君から、ある物を返してもらうために、わざわざこのしみったれた、下界に現界したんですぅ」


「口悪ぅ……って、俺から返してもらう物って? なにせ記憶が無くて、とんと心当たりが無いんだけど。俺って、あの部屋から何か持ち出したの?」





「ゲームマスターの地位です」





「へ?」


「だからぁ~~! あなたに、セックスしないと出られない部屋の管理者権限を奪われたんですよぉ!」


 ダンダンッ! と空中で地団駄を踏みながら、口悪女神のアヤメ様は慟哭する。


「いや、そんな訳の分からない物なんて知らないよ」


「あ~ん? 罪の自覚が無いパターンですかぁ? これだから卑しい人間のオスは」


 クソデカため息を吐きながら、口悪女神のアヤメはオーバーリアクションで呆れの感情を表してくる。


「そんな事言われても、本当に心当たりがないんだけど」

「ちゃんと一心君の脳内に、あの部屋の管理権限が刻み込まれているでしょ」


「ちょっと! それ、俺の脳は大丈夫なの⁉」

「脳に直接刻み込む技術は天界のトレンドなんですよ」


「知るか、天界のトレンドなんて! 俺の頭、突然バーンッ! ってなったりしないよね!? ねぇ!?」


 神様は、人間の事を何だと思ってやがる!


「そんなの、記憶消去のために脳みその中をいじくり回されてるんだから今更ですぅ」


「じゃあ、もう、その管理者権限とやらを、俺の脳内から早く取って行ってくださいよ」


 そんな異物が俺の頭の中にあるなんて、気持ちが悪い。


「それが出来ないから、こうして私が半べそになってるんでしょうがぁ!」


「出来ない!? あんた神様なんでしょ⁉ それくらい、パッとやってくださいよ!」

「うっさい! こんなエラーパターン、事前にもらった引き継ぎ書にも載っていやがらねぇんですよぅ!」


 そう言って、空中にホログラムで浮かび上がった画面をスワイプしながら、アヤメはその美しい薄紫色の綺麗な髪を掻きむしる。


「本当に俺の脳内にそんな物があるの?」


「まだ、信じていないんですねぇ。じゃあ、試しに『ルーム展開』と唱えてください」



「はぁ……ルーム展かぃぃぃぃいいいい!!!?」



 アヤメから言われたワードを唱えると、目の前の自分の部屋の景色が、まるで新幹線が通過したように残像を残して高速で通り過ぎたように流れていき、俺は思わず尻もちをついてしまう。


「あ……この部屋」


「これで解りましたか?」


 だだっ広い、何もない真っ白な空間の中に浮かぶアヤメに、俺はしばし何も言えなかった。

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