第5話 お~いゲームマスター

「ヴェェェェン!」


「もう、琥珀姉ぇ泣き止んでよ」


 優月が家を出た後、間もなく再起動した琥珀姉ぇはずっとこんな調子だ。


「ほら、一緒にみんなでお庭で花火した時の写真。イッ君かわいい」

「うんうん、そうだね。琥珀姉ぇも小さくて可愛いよ」


「こっちは幼稚園の時のお誕生日会だ。折り紙の花輪かざり、2人で頑張っていっぱい作ったね」

「そうだね、頑張ったね」


 幼児退行したような琥珀姉ぇが、アルバムのページをめくり俺に思い出語りをしながら、隣でアルバムを覗く俺がうんうんと頷く。


 何か辛いことがあった時などに、琥珀姉ぇはこうして昔のアルバムを引っ張り出してきて、俺との思い出に浸る。最近ではすっかり定番の行動だ。


 モデルさんの仕事は色々と人間関係も大変そうだし、こんなのでも琥珀姉ぇのメンタルヘルスに役立っているのならばと、俺の方も黙って協力しているのだ。


「こっちも、こっちの写真にもイッ君がいる」

「そうだね。物心ついた頃から一緒のお隣さんだもんね」


「そんなイッ君が汚された……ヴィェェェエェェエエン!」

「あ、あれ!? お~、よしよし」


 おかしいな。

 普段は、これで落ち着いてくるのに、何故か今回は効き目が弱いぞ。


「イッ君、あの女と付き合ってるの?」


「あ、いやその……何て言えばいいのか」


 俺と優月の関係を述べるのは、ちょっと現実世界では具体的に言えない。


 現実世界でも付き合っていると言うのは正確ではないし、かといって記憶には無いが、どうやら事を成しているらしい関係の優月と、何でもない関係と表するのも何か違う。


 ましてや、セックスしないと出られない部屋で一緒に過ごした間柄ですなんてことも言えるわけがない。



「まぁ、色々とフワフワした関係……かな?」



 故に、こんな曖昧な返答しかできない。


「何その、付き合いだす5秒前みたいなの……っていうか、なに? 付き合ってないけど、身体の関係はありますみたいな爛(ただ)れた関係じゃないでしょうね? イッ君」


 幼児退行から帰還した琥珀姉ぇが、一転して追及モードに入る。

 そして、存外鋭いな。


「いや、そんな事はないよ?」

「なんで、そこで自信なさげなの⁉ きっぱり否定してよイッ君!」


「う、うーん……」


「は! ひょっとして、さっきの泥棒ネコに寝込みを襲われて、責任を取れって迫られてるの?」


「え!?」


「そう……そういう事だったのね。じゃあ、話は簡単ね。あの赤石とかいう犯罪者を警察に通報すれば、イッ君の前から消えて」


 急に答えを得たとばかりに、晴れやかな顔になった琥珀ねぇが明るく物騒な事を言い出す。


「ちょ! ストップ、ストップ琥珀姉ぇ! そのスマホの緊急通話ボタンから指を離して!」


「大丈夫よイッ君。私がずっと側にいるから。傷ついたイッ君は私が一生護るから」


 なんでこう、優月と言い、女の人って覚悟さえ決まったら躊躇なく過激な行動に移れるの⁉

 もっと、物事を深く考えようよ!


「別に俺、傷ついてなんてないから」

「さっきだってイッ君、あの女にソファに押し倒されてたじゃない!」


「だから、あれは物の弾みで」


 その後、ギャンギャン言う琥珀姉ぇを何とか宥めすかすのに、たっぷり数時間を要した。




◇◇◇◆◇◇◇




「はぁ……疲れた」


 何とか琥珀姉ぇを家に送り届けて、家事を済ませたらもう夜になっていた。


「あ、優月からメッセージが来てる」


 内容は、『今日はお邪魔虫がいたから、今度は場所を変えてゆっくりお話しましょ。具体的には、2人きりになれる、店員があまり見回りにこないカラオケ店とか』


 下心丸出しな優月の提案に、既読無視を決め込んで俺はスマホをその辺に放り投げる。


「けど、あの部屋についての話は、もっと優月と話をすり合わせておくべきだよな」


 今後のこともある。


 すでに、現実世界の俺と優月の関係については、多くの人が勘ぐる事態になっている。


 そういう意味でも、今後の対応方針については優月と話を詰める必要がある。


 そう思い直した俺は、先ほど放り出したスマホで、


『じゃあ、お昼休みに屋上で話そうか』

と、誘われたカラオケ店の件は無視した返信をする。


 メッセージを送って、スマホごと身体をベッドに放り出す。


「しかし、あの部屋については解らないことが多すぎるよな……」


 一人になって、ようやく落ち着いてあの部屋について考えを巡らせる時間を得て、俺はつい独り言を呟く。


 優月と記憶が有る程度共有されていることからも、あの部屋での同棲生活はやはり実際にあったのだと考える方が、色々と整合性がつく。


 この点は、非科学的ながら、その存在は認めてしまった方が先に進む。


 ただ、俺の記憶が不鮮明だったりといった差別化がなされていたりと、不可解な点も多い。



「お~いゲームマスター。レクチャーしてくれよ~」



 俺は、半ばやけくそ八つ当たり気味に、ベッドの天井に向かって独り言ちた。


 無論、あの部屋ではない現実世界において、俺はゲームマスターからの返答は期待していなかった。





「やっと……やっど見づげだ……」




「ほんぎゅらっぱぁぁぁぁぁ!? ぶへっ! イテ!」



 故に、いきなりベッドに横たわる俺と目が合う形で浮遊する少女が現れ、ビックリし過ぎた俺が奇声を発しながら、ベッドから転がり落ちてしまうのは仕方がない事だと言えるだろう。


 その少女は、何もない空中にふわりと浮きつつ、涙と鼻水でぐしょぐしょの小汚い顔を晒していた。

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