第3話 よし。じゃあ、今すぐセックスして確認しましょう

「一心。今日は一緒に帰りましょ」

「お、おう。そうだな」


「普段はお部屋でマッタリばっかりだったから、一緒に下校なんて新鮮ね」

「まぁ、あの時はそれしか出来なかったし。っていうか、ちょっと声のボリューム落とそうか、優月」


「は~い」


 放課後。

 早速、声をかけてきた優月に俺は小声で注意する。


 なお、昼休みの学食での俺と優月の一件は、瞬く間に校内を駆け巡っていた。


「え、あの2人いつの間に……え?」

「赤石さん、豊島君とはまた意外な所に行ったわね」

「赤い宝玉の方がベタ惚れって感じじゃね?」

「赤石さんクールな印象なのに、好きな男の前ではあんなデレ甘なんだ」

「ウソだ……嘘だ……僕の方が先に……」

「え、でも豊島君ってたしか1学年上の先輩と……」


 その結果、クラスメイトも遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソしている。


「す、すまん蓮司。ちょっと今日は用事があって」


「はいはい。今度、話聞かせろよな」


 俺の腕に、自分の腕をしっかり絡めている優月を見て苦笑いしながら、いつも一緒に下校する蓮司は、先に教室を後にしていった。


「とりあえず、落ち着いて話が出来る場所へ行こうか」


「私、一心の家に行きたい」

「いきなり俺の家!?」


 ちょっと、初手から飛ばし過ぎなのでは!?


(ミシミシッ!)


 周囲の男子から、全力で拳を固める音が聞こえる。


「私達の間柄では今更でしょ」

「いや、こっちでは、まともに会話したのは今日が初めてだよ」


 少なくとも、周囲からはそういう風に映っているはずだ。


「ふふっ。私たち、もうあんな事やこんな事もしちゃってるって言ったら、みんなどんな顔するかしら」


 優月が恥ずかしそうに口元を制服の袖口で抑えながら、いたずらっぽく笑う。


「よし、俺の家だね。行こう、すぐ行こう!」


 これ以上、優月から爆弾発言が飛び出す前に学校外へ出なくては。


 それに、これからする話は荒唐無稽すぎるから、その辺のファミレスやカフェで話すというのも周囲の耳目が気になるし。


 そう思い直した俺は、自宅へ優月を引っ張っていった。




「ここが一心の家か~。男の一人暮らしなのに、相変わらず綺麗にしてるね」


 リビングで手を広げて、クルクルっと制服のスカートをなびかせながら、優月がターンをして見せる。


「まぁ、掃除は好きだから」


「知ってる。あ、この掃除用のモップ、あの部屋にあったのと一緒だ」


 リビングの隅にあったモップを見つけて、優月が笑う。



「ねぇ、そろそろ本題について話したいんだけど」

「本題? ご両親への結婚の挨拶について?」


「違います」


 優月がいたずらっぽく笑いながら茶化してくるのを、俺は真面目な顔で返す。


「ご両親はミャンマーにいるのよね。長期休暇で日本に帰省された時に、ちゃんと挨拶しなきゃ」


 真顔できちんと否定したのに、優月は全然俺の話を聞いてくれない。


 しかし、あまり無闇に周りに話さないようにしていた、両親の海外赴任や俺の一人暮らしについても、優月は当然のことのように把握している。


 その点が、あの部屋の存在の実在性を物語っている。


「あの部屋って、やっぱり現実だと思う?」


「あれが現実でなければ、この胸の高鳴りと、一心のことを好きだって思う気持ちの説明がつかない!」


「堂々と言うなぁ……」


 ストレートに好意をぶつけられて、こっちが恥ずかしくて照れる。


 優月って、クール系かと思ってたけど、打ち解ければ面白い事も言うし、存外話しやすい元気系なんだな。


「そのままの私の方が好きだって言ってくれたのは一心だよ」

「え、そう……だっけ?」


 はて? そんなキザなこと言ったかな俺?


「え……覚えてないの? じゃあ、風邪を引いた私を看病してくれた時とか」

「うん……?」


 これ、イベントとしてデカそうだけど、記憶にないぞ。


「じゃ、じゃあ、ベッドで見つめ合って『優月の目はルビーの宝石みたいに綺麗だ……もう、俺だけの宝物だから誰にも渡さないよ』って言ったのも?」


「とんと心当たりが……っていうか、あの部屋での俺、キザ過ぎじゃない!?」


 え、俺、そんな歯の浮くようなセリフ言ってたの?

 俺、バキバキ童貞なのだが!?


「ちょっと、あの部屋についての記憶を整理しましょう」


 焦ったように、その後、それぞれのあの部屋での生活や起こったことについて、情報共有がなされた。





 その結果。


「つまり総合すると、私はあの部屋での出来事をほとんど全て憶えている」


「対して俺は、優月とあの部屋で一緒に暮らしていた記憶が断片的にはあるけれど、優月と好き合っていた具体的なエピソードは何も思い出せないと」


「ウソ……私の柔肌に一心が指先で優しく触れてくれた、あの感触まで忘れちゃったっていうの?」


 ショックだという様子で、優月が頭を抑えてふらつく。


「優月が辛い物好きなのと、掃除はモフモフのハンディモップ以外は好きじゃないとか、入浴剤は曜日ごとに決められたローテーションがあるとかは覚えてるんだけど……」


「なんで、そういうどうでもいい所は覚えてるのよ! そういう細かい所まで知っててくれるのは嬉しいけれど!」

「そんな事言われても……」


 優月は俺が忘れていてショックという様子だったが、俺は俺で、優月から聞いた話がショッキングで、残念ながら今の彼女のフォローは出来なかった。


「あのさ……それよりも、本当なの? その……俺達って最後に……」


 俺がモジモジと、言いにくそうにしていると。


「ええ。私たちはあの部屋でセックスしたわよ」

「女子高生がそんなハッキリとその単語を口にしちゃいけません!」


 優月は意外とサバサバした所もあるんだったな。

 これも、長くあの部屋で過ごしてきたからこそ見せてくれる、優月という少女の等身大の姿ということなのだろうか。


「だからあの部屋から出れたんでしょうに」

「けど、なんでその記憶が俺にないんだろう?」


「さぁ? そもそも、あの部屋は明らかに超常的な力が働いていたのだから、記憶を何者かにいじくられているとしても不思議じゃないんじゃない」


「え、こわ……。って、そうなると逆に、優月の記憶も怪しいって事じゃない? 本当は俺たちはセッ……クスなんてしてなかったのかもしれない」


 セックスしたと豪語する優月に対し、なんだか恥ずかしくてセックスと言えない俺。


「なるほど、一理あるわね。たしかに、その説を完璧に否定することは出来ない」


 俺は、その場の思い付きを口にしただけだが、意外なことに優月は口元に手を添えて熟慮に沈む。

 

「だろ?」


これで俺たちの間には何も無かったって方向へ、議論の結論が着地するかもしれないと、俺はにわかに期待した。




「よし。じゃあ、今すぐセックスして確認しましょう」

「なんでそうなるのっ!?」




 話が俺の想っていたのと明後日の方向へ向いてしまった。


「そもそも、私は気に食わないのよ」

「な、なにが? って、優月近い、顔が近い!」


 俺の抗議に構わず、にじり寄って来る優月に追い詰められるような形で、俺はソファの隅に追い詰められる。


「私はもう、いい子ちゃんぶるのを辞めたの。これからは、自分に正直に生きる。貴方のおかげで気付けたことよ」


「だから、それが幻想かもしれないって話じゃない!」


「そんなの、一発やってみた後に解る話でしょ」

「変に思い切りが良すぎるよ!」


 女の子なんだから、軽々とそういう行為をするなんて口にしないで欲しい!


「経験無しと1回の経験の差は大きいのよ」

「いや、だから俺、あの部屋でその手の行為の記憶が無いんだから、心は童貞なんだって!」


「童貞……」

「ほら、不慣れな奴だと優月のこと傷つけちゃうかもだし。だから」


「2回も貴方の心の童貞を貰えるなんて、私ったらとんだ幸せ者ね。あのゲームマスターに感謝しなくちゃ」


「きゃ~~~!」


 妖しく舌なめずりしながら、ハァハァと荒い優月の吐息を顔に感じるところまで来て、俺が半ば観念したところ。



「い~~~っくぅ~~~~ん!」



 ドタドタと玄関からリビングへ繋がる廊下を走る音と俺の名を叫ぶように呼ぶ声が近づいてきたかと思うと、バーン! と、リビングの扉が少々乱暴に開かれた。


「お姉ちゃん! 不純異性交遊なんて認めな……」


優月に押し倒されてソファ上で身動きできない不純異性交遊丸出しな状態で、大声の主である、幼馴染の福原 ふくはら琥珀こはく と目が合う。


そのあまりにもショッキングな状態に、琥珀ぇが固まってしまう。


俺の方も、どうこの状況を説明したもんかと固まる。




「ちょっと、とりあえず一回しちゃうから、外出ててくれます?」




シーンと静まり返った空間に、この期に及んで想いを遂げようとする優月の動じない一言により、場は大変な修羅場と化した。

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