第2話 夢じゃなかった!

「一心が学食なんて珍しいな。普段はお弁当なのに」


「ちょっと今日は、朝バタバタしててさ」


 昼休み。

 俺と蓮司は、連れ立って学食に来ていた。


 普段の昼食は教室で、俺が自家製弁当、蓮司が購買で買ったパンというのが俺たちの定番だったのだが、俺が今日は弁当を持ってきていないと言うと、蓮司が折角なら学食に行こうと提案してきたのだ。


「お前、なんか悩みでもあるのか? 今日は心ここにあらずって感じだぞ」


 蓮司が心配そうな顔で俺のことを覗き込む。

 相変わらず、心までイケメンな奴だ。


「別に大丈夫だよ。ちょっと今日は寝不足でさ」


 実際、長大な夢を見ていたので、寝た気がしなくて眠いのだ。

 だが、本当のところは親友の蓮司にも言えない。


 夢で、セックスしないと出られない部屋で長い時を過ごしたという、長大な夢を見ていて遅刻しかけたなどと言ったら、こいつは何言ってるんだ? とガチで心配されるのがオチだ。


「ならいいけどよ。そう言えば、赤石さんが朝から一心のことガン見してたけど、あれは何だったんだ?」


「さ、さぁ?」


 実際のところ、俺にも何故なのか解らない。


「告白して玉砕した野郎共は数知れず。わが校の『赤い宝玉』こと、クール美人の赤石さんと見つめ合ってて、随分と一心は余裕だな」


「いや、別に見つめ合ってないよ。あと、その赤い宝玉って男子が裏で呼んでるの、本人は嫌がってたよ」


 彼女が赤い宝玉と呼ばれているのは、苗字の赤石からと、彼女が珍しい赤い瞳を持つことが由来している。


「ん? まるで赤石さんから直接聞いたみたいな口ぶりだな」


「え!? あ、いや、その……」


 しまった!


 俺は元々、赤石さんとは同じクラスであるという以外は、これといった接点もなく、会話もしたことがない。現実世界では。


 今の、赤い宝玉というあだ名云々についての話も、夢の中での赤石さんがそうボヤいていたというだけだ。


 これじゃ、俺が勝手な妄想を垂れ流しているヤバい奴状態だ。


「なんだ一心、すみに置けねぇな! 何があったか親友の俺に話してみろよ」

「ぐぇ、苦しい。食事中にチョークスリーパーかけんな蓮司」


 どう取り繕おうかと思ったが、蓮司は別の方向へ勘違いしてくらたようなのでバレてはいないようだ。


「どこまでいったんだお前ら? もう手は握ったんか? あん?」


 っていうか、蓮司もイケメンの癖に案外ピュアだな。

何人もの女の子から告白されてきたのに、俺の知る限りでは、全て断っている。


 もったいない奴だ。


 ってか、マジで首入ってるって! タップタップ!



「隣、失礼していい?」



 俺と蓮司がはしゃいでいる横に、食事のトレーを持った女の子が話しかけてきた。


 声をかけてきた主を見て、プロレスごっこ中の俺と蓮司は思わず動きをピタッと止める。

 今話題にしていた赤石優月、その本人だったからだ。


「あ、うん。どう……ぞ……」


「ありがと」


 俺が返事を言い切る前に短い礼の言葉と共に、ストンと赤石さんが俺の席の隣に座った。


 なんでだ⁉

 学食の中を見渡す限り、別にここしか席が空いていないという訳でもないようなのだが。


「じゃあ、俺は食い終わっちゃったから先に教室行くわ」


 パパッとハンバーグ定食の残りをかきこんだ蓮司が、トレーを持って席を立つ。


「おい、蓮司」


「後で話聞かせろよな」


 そう俺に耳打ちすると、蓮司はトレーの返却口へ向かって行ってしまった。

 蓮司はどうやら、俺と赤石さんとの間のことを誤解して、気を利かせたつもりらしい。


 後で、ちゃんと誤解を解くために説明しないといけないなと思うが、こんなんどう説明すりゃいいんだ?


 困ったと思いつつ、隣に座った赤石さんの方をチラリと見る。


 赤石さんは、別に俺に話しかけるでもなく、昼食のかき揚げ蕎麦をお上品にすすっていた。


『夢と全く同じ所作で食べるな……』


 俺はしばし、赤石さんの優雅な所作に見とれてしまう。


 時折、セミロングの綺麗な黒髪が蕎麦の丼に入らないようにたくし上げる様まで、夢で見たままだ。


 しかし、こんな細かい所まで夢とリンクするなんて、今回の夢は本当に凄いな。

 あの部屋の生活でも、蕎麦は何度か作ったな。


 あ、そうだ。


蕎麦と言えば、


「一心。そこの七味唐辛子を取ってくれる?」


「あいよ。でも、これ優月の好きな本格七味唐辛子じゃない……」


 と、卓上の七味唐辛子の小瓶を手に取って渡そうとしたところで、ハッ! と気付く。


 セックスしないと出られない部屋では、食材や調味料などの各種生活用品は、何でも思うがままに、備え付けのタブレットで注文すれば即時手に入るという感じだった。


 そして、優月は学校では隠していたが、実は大の辛党で、七味唐辛子には一家言があるのだ。


「私の場合は、これ。でしょ?」


 そう言って、優月は制服の上着のポケットから、あの部屋での生活ではすっかり見慣れた、パッケージの本格七味唐辛子の小瓶を取り出した。


 店に置いてある七味ではパンチが弱いから、お気に入りのマイ七味を持ち歩いているんだと、あの部屋で優月が話していたことが思い出される。


「あ……何度も注文してたのと一緒だ」


 驚きからつい口から出た俺の呟きに、優月の顔がみるみるほころんだ物に変わる。


「今、確信できた……やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ!」

「わぶっ!?」


 そう言うと、隣の席にいる優月が俺の首に腕を絡めて抱き着いてきた。


「ちょっ! 優月!?」


 ビックリして立ち上がっても、そのまま優月は俺の身体にしがみ付いてくる。



「私の大事な人……もう、絶対離さないんだから」



 熱に浮かされ、うわ言のように俺の胸の中で呟く優月には、騒然とする周りの生徒たちの喧騒なんて聞こえていないかのようだった。


俺の顔を見上げる潤んだ紅い瞳は、このあだ名が嫌いな優月本人には悪いけど、やっぱり宝石のように綺麗だった。

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