俺達のセックスしないと出られない部屋の使い方は間違っている

マイヨ

第1話 ゲームはクリアされました

『ゲームのクリア条件は充たされました。これより……』




◇◇◇◆◇◇◇





(チュンチュン)



「ん、む……」


 鳥のさえずりの音で俺は目を覚ます。

 ぼやけた視界が、脳の覚醒と共に徐々に鮮明になる。


「え、あれ!? ここ、俺の家だ!」


 自分のベッドから俺は飛び起きて、素っ頓狂な声を上げて、自分の部屋の中をキョロキョロと見渡す。


 いや、客観的に俺のセリフだけ聞けば、自分の家の自分の部屋で起きたのだから、何ら変わらない日常だろと思うかもしれないが、今の俺にとっては異常事態だ。


「あれ? 俺、“あの部屋”に閉じ込められてたよな⁉」


 頭の中を、あの部屋で過ごした記憶が駆け巡る。


「夢? いや、でも……」


 寝癖がついた後頭部をボリボリ掻きながら、まだ状況が飲み込めない俺は独り言をつぶやく。


「そうだ、日にち! あれから、どれだけ経って……って、別に問題なく一晩が明けただけか」


 俺はスマホの日にちの表示を見るが、日にちはまさに、寝て起きて朝を迎えただけだ。


 もし、俺たちがあの部屋に拉致されていたのが現実なら、100日以上の時が経過しているはずだ。


 高校生である未成年者の俺がそんなに長期間行方不明になっていたら、間違いなく警察を巻き込んだ大騒ぎになっているはずだ。


 だが、スマホには


『ミャンマーは相変わらず暑いです。同窓会には行けないけど、この国でお母さんは化学プラントを作らなきゃだから』


 という、海外赴任している呑気な母親の某企業CMのうろ覚えパロディメッセージが来ていただけだった。


 俺、豊島 とよしま一心 いっしんは、親がミャンマーに転勤になったので、高校から絶賛一人暮らし中なのだ。


「やっぱり夢なのか……って、この時間はヤバ!」


 ボケッとスマホを眺めていた時刻が、登校のために家を出るべき時刻に近づいてきている事に気付いた俺は慌てて身支度をして家を出た。




『まぁ、そりゃ夢だよな』


 何とか、間に合う電車に飛び乗ってシートに座って一息ついた俺は、頭の中で再度自分の出した結論を反芻した。


 そりゃそうだ。


 セックスしないと出られない部屋にクラスメイトの女子と閉じ込められるなんて、非現実的すぎる。


 まるっきりエロ漫画の世界だもん。

 こんなバカげた夢を、しかも現実の事と混同してたなんて笑えるな。


 日常の喧騒の中に戻り、俺は徐々に冷静さを取り戻し、今朝の自分の奇行を笑う余裕も出てきた。


「しっかし、おかしいな。肝心かなめの部分の記憶が無いぞ」


 そうなのだ。


 夢の記憶を辿ってみても、あの部屋でとある女の子と一緒に生活した記憶はあるのに、肝心かなめな描写がまるで思い出せないのだ。


 もし、エロマンガでこんな朝チュン描写での完結なんてしたら、読者は大いにダークサイドに堕ち、ネットの口コミコメント欄は大炎上するだろう。


「とはいえ、俺も未経験だからエッチな夢を見ても、鮮明には見れないってことなのか? って、自分で言ってて悲しくなってきた」


 ふと、頭に浮かんだ悲しい説に、俺は勝手に打ちのめされる。


 まぁ、これは俺の夢の中の話なんだ。

 誰に迷惑をかけたりした訳ではないのだし、夢の話なんてその内忘れちゃうもんだ。


 そうして自分で自分を慰めていると電車が目的の駅に着いたので、俺はカバンを引っ掴んで改札へ急いだ。




◇◇◇◆◇◇◇




「ふぅギリギリセーフ」

「お、一心。今日は遅刻ギリギリじゃん」


「おう、おはよう蓮司。いや、ちょっと朝バタバタしちゃってな」


 カバンを机に置きながら、友人の荒北 あらきた蓮司 れんじに適当に挨拶しながら、席に着く。


走ってきたため上がった息を整えながら、俺はふと視線を感じて、そちらの方へ顔を向ける。



「ジーーッ」



 そんな、擬音が聞こえてきそうなほどに、俺の方をガン見してくる女子と視線が合う。

 その視線の主を見て、俺は思わずすぐに目線を外して、顔を背けてしまう。


 別に俺が女性恐怖症という訳ではない。


 けど、今の俺には彼女を、赤石 あかいし優月 ゆづきを直視することは、とてもでないが出来なかった。


 なにせ、優月こそが、あの部屋、セックスしないと出られない部屋で一緒に過ごした相手なのだから。


 あ、いや。

あくまで俺の夢の中での体感の話ね。


「あれ? 何か、赤石さん、お前のこと睨んでね?」

「ゆづ……いや、赤石さんは、きっとコンタクトレンズでも忘れたんだろ」


 蓮司に尋ねられて、思わず下の名前で呼びそうになってしまったのを、俺は適当なことを言って誤魔化す。


 夢の中では、優月と下の名前呼びだったのが口をついて出そうになったのだ。

 現実の無意識まで侵食するとか、本当によっぽどな夢だな。


 夢の中でかなり長期間を過ごしたという感覚がそうさせるのだろうか?


 そんな疑問を頭の中で巡らせていると、始業のチャイムが鳴った。


 そこでチラリと、赤石さんの方へ視線を移すが、彼女は予鈴が鳴ってなお、俺の方を食い入るように見つめ続けていた。

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