第40話 最後のドア
俺は、第五のドアに入り、遠くに見える光に近づいていった。中には女性が1人立っている。
もうわかっている。これは佐藤さんたわ。
佐藤さんも薄物を着た女神の格好をしている。
綺麗だな。俺は思った。他の女性と比べるのではなく、佐藤さん一人を見て、素敵だと思ったのだ。
佐藤さんは微笑んだ。
「では、いきましょう。」
佐藤さんはそう言って、俺の手を引いて歩いていく。
着いたところは、佐藤さんの部屋のリビングだった。
佐藤さんは、ラフな格好に着替えていた。いつの間にか俺もポロシャツ姿だ。
佐藤さんが、ワインとチーズを持ってくる。俺たちは乾杯し、チーズをつまみながら雑談する。
会話のテンポの良さがとても心地良い。
俺の知らないことをよく知っている。佐藤さんは、やっぱり素晴らしい女性だと思う。
こんな人が、まだ独身なんて、信じられない。
日本の男性は、何をやっていたのだと怒りたくなった。
しかし、よく考えてみると、俺だって誰にも声をかけることなく、彼女いない歴=年齢になってしまっている。
こういうのを、天に唾する、というようのだ。
こんな目くそ鼻くそを笑うような話、したくは無いな。
俺は、無難な、最近のお笑い芸人の記事についての話などをした。
ワインを開ける。
佐藤さんが本格的にテイスティングをしてくれた。
俺たちは、軽くグラスを合わせ、ワインを飲む。
「ずいぶん手慣れたテイスティングをされていましたが、味の違いとかはお分かりなんですか?」
俺がちょっと意地悪かもしれない質問をする。
「はい、ある程度は。」
佐藤さんは答える。
「一応、ワインエキスパートの資格を持っているんです。」
「それはすごいですね。」
俺は驚いて答える。
ワイエキスパートとは、実務経験のないソムリエのようなものだ。要するに、飲み手としてのワインのプロだ。
「私、味とか匂いには敏感なんですよ。
で、それが高じてしまうと、男性についている女性の匂いとか、ついていなくても、例えばキスマークがあると、どうしても反応してしまうんです。」
佐藤さんは説明してくれる。
「先日は本当にすみませんでした。いたずらだって言われて、理屈ではわかったんですけれども、精神的にショックが大きくて、あんなことになってしまいました。
田中さんみたいに、魅力的な人を、他の女の人が放っておくはずもないのに。」
俺は驚いて否定する。
「何おっしゃってるんですか、もしそれだったら僕なんかとっくに結婚できていますよ。
最近、なぜか突然モテ期らしいものが来たようなんですが、実際のところは、ただのヘタレの独身男です。」
「ふふふ。そういうことにしておきましょう。
それに、たとえキスマークが本物だったとしても、ほんとにいいと思ったら、奪って自分のものにする位の気力がないと、独身からは脱出できないかもって、後から実感しています。」
「それこそ、何をおっしゃいますやら。」
俺は笑う
そろそろ潮時だな。
俺は姿勢を正し、佐藤さんの目をまっすぐ見て言う。
「佐藤さん、改めて申し上げます。僕と、お付き合いしてください。あなたといるのはとても楽しい。それに勉強にもなります。
これからは、あなた一筋で過ごしたいと思います。まぁ、もともとモテる人間ではなかったんですがね。」
爽香さんが真剣な顔で聞いてくる。
「もしお付き合いするとしたら、将来的にはどうなんでしょうか。何かお考えになっていらっしゃいますか?」
あー、言い方が悪かった。
付き合うことで佐藤さんを不安にさせてはいけない。将来まできちんと考えていると言わなければ。
俺は言い直す。
「言い方が悪かったです。僕と、結婚を前提にお付き合いしてください。あとこれから一生一緒に歩いていきたいと思っています。」
佐藤さんは言う。」
「この前のことでもわかるように、私、めんどくさい女ですよ。いいんですか?」
こういう時は、たぶん試されている。
答えを間違えてはいけない。
「大丈夫ですよ。そんなところも、佐藤さんの魅力ですよ。
本気で嫌われない限り、ちゃんと受け止めますよ。」
佐藤さんはまだ言う。
「結婚しても、子供はできないかもしれませんよ?」
「そんなことわからないじゃないですか。それに、子供のいない夫婦だって、世の中にはたくさんいます。大事なのは、お互いを大切にして、寄り添っていくことだと思っています。」
俺は佐藤さんをじっと見つめる。
「あなたを幸せにするみたいな不遜な事は言いませんが、二人で幸せになれるように頑張っていきたいと思っています。」
佐藤さんは言う。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします。
一緒に歩いてくださいね。あと、寄り道しても、ちゃんと帰ってきてくださいね。」
俺は言う。
「もともと僕はモテない人間ですし、佐藤さん、いや彼方さん。あなただけを愛します。
よろしくお願いします。」
そう言う彼方さんの目に、涙が光る。
俺たちは、そのまま抱き合ってキスをした。もう、他の女性の事は考えない。彼方さん一筋だ。
俺は、彼方さんをお姫様抱っこし、ベッドルームへ向かう。
彼方さんは、トレーナーとデニムと言うラフな格好だった。
彼方さんをベッドに置き、俺は先にポロシャツを脱ぐ。残ったキスマークの上には、サロンパスが貼ってあった。
それを見た佐藤さんが笑う。
「一郎さん、それおじさんみたいですよ。
でも、お気遣いありがとうございます。」
匂いに敏感な佐藤さんに、不快な思いをさせてしまったかな。でも、キスマークは隠したほうがいいと思っていた。
俺がズボンと靴下を脱ぎ、パンツ一枚になった時、彼方さんも、上下の下着だけになっていた。
自分で脱いでくれたのかな。それとも、これは夢だから、都合よくこうなったのかな。
などとしょうもないことを一瞬考えるが、もうこれは行くしかない。
俺は彼方さんにキスをして、彼女の下着に手をかける。
そして、不器用ながら、時間をかけ、何とか一つになった。
至福の時間が訪れる。
驚いたことに、彼方さんも初めてだった。
「お互い初めて同士、これから、ゆっくり仲良くしていきましょうね。」
彼方さんは、恥ずかしそうに微笑んで、目を閉じた。俺は、彼方さんにもう一度キスをし、彼女の横で安心して目を閉じた。
彼女と結ばれることが、俺の運命だったんだろう。これがベストだと俺は思う。彼方さんと、一緒に幸せになろう。
彼方さんが引っ越して来なかったら、あるいはあの時、彼女が怪我をしなかったら、こうなる事はなかったかもしれない。
人生って不思議だな。こんな偶然の積み重ねで、将来が分岐していく。
あの映画の「スライディング・ドア」のように、あの時に、俺が彼女の手当てをしないで、無視して通り過ぎて行ったら、こんなことにはならなかったはずだ。
まぁ、俺は自分で言うのもなんだが、お人好しだ。
きっと、俺ならいつでも手当てはするんだろうな。
そう考えると、彼方さんが、引っ越してきたこと。それこそが運命だったんだな。
俺は、横でまどろむ彼方さんに、もう一度キスをした。
最高の童貞卒業だ。
彼方さんも、幸せな処女卒業と思ってくれていたらいいな。
株式会社童貞には就職できなかったけれど、童貞卒業して幸せになれるんだから、何の文句もない。
白平さんには、謝りに行かないとな。
いや、そんな事は今はどうでもいい。彼方さんのことだけを今は考えよう。
そう思いながら、俺も眠りについた。
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