第36話 第一のドア
俺は第一のドアに入り、歩いて行く。
遠くに見える人影に対して近づいていく。
そこにいたのは、海野だった。
今日の海野は、彫刻の女神が着ているような薄物をまとって立っていた。性格、いや淫乱という性癖さえ知らなければ、まるでどこかの女神のようだった。
俺は驚いた。海野が、こんなに魅力的だとは思わなかったのだ。
いろいろな男たちが誘惑に抗えないのも、今ならわかる。
こんな女を抱いてみたい。男なら、誰でも、そう思うのではないか。
いろいろなしがらみとか、倫理観とかで、踏みとどまる人が大部分だろうが、そういうものがなかったら、多くの男が飛びつくんではないだろうか。
腐る一歩手前の熟れきった果実だ。
そして俺も今更ながら思う。こいつとやって卒業するのも、実は悪くないかもな。こいつなら、一度やったところで後腐れは無いだろうし。
まぁ、俺のテクニックでは満足させられないかもしれないが、どうせ1回だけなら、それはそれでいいだろうな。俺の経験値になってくれ。
論理が破綻しているような気もするが、男なら仕方ない。
そう思い、海野に近づいていく。
薄物をまとった海野は俺に気づいた。
「あら田中さん、この前、中断されちゃった事の続きをしたいのかしら?」
そう言ってくる海野は、とても色気があり、そのまま吸い込まれそうだった。まるで、食虫植物のようだ。
この香りで、近づいてきた人間は、食われてしまうんではないだろうか。
俺も、その色香に惑わされ、フラフラと海野に近づいていった。
「田中さん、私とやりたいのね。」
海野が俺に聞いてくる。
俺は、無意識にうなずいていた。こいつでの童貞卒業も悪くは無いだろう。俺の経験値になってくれ。
その時には、なぜかそう考えてしまった。
突然、海野の衣服が変わった。
なんと白いウェディングドレスだ。
どこからともなく、メンデルスゾーンの結婚行進曲が流れてくる。
海野は勝ち誇ったように言う。
「田中さん、残念でした。私、真実の愛に目覚めたので、結婚するんです。
だからもう他の男の人と寝るつもりはありません。もう彼一筋です。彼に夢中なんです。」
海野の後ろから、タキシードを着た小柄な男が現れた。
「君は…」
俺は驚いた。そこに立っていたのは、営業の、司正勝くんだったのだ。
海野のことをおばさんと呼び、海野が対抗して、イカ臭いクソ童貞とか言い返した相手だ。
司くんは俺に言った。
「最初はいろいろ言われましたが、俺には、こういう年上で、いろいろ導いてくれる相手が合っていると言うことに気が付きました。彼女の今までの寄り道は、僕に巡り会うためのものだったんです。
僕は、童貞を卒業させてくれた彼女と結婚します。やりまくります。」
最後にちょっと変なことを言っていたような気がするが、それはさておき、とても意外なカップルだ。
ただ、海野が売約済みになってしまった事は仕方ないな。
しかし、いつでもやれると思っていた海野から振られたような感じがして、何だかちょっともやもやする。
俺はそのまま先へ進んだ。
すると、株式会社童貞の白平が待っていた。
「田中さん、いらっしゃい。童貞のままでしたね。こちらが、株式会社童貞の雇用契約書です。入社されますか?」
俺は「はい」と答える。
すかさず白平が契約書を差し出す。俺は、何故か手元に持っていた実印を雇用契約書に押した。
白平は言う。
「入社おめでとうございます。最初は部長、しかるべき手続きを経て、取締役に就任いただきます。」
そういえば、契約書は読まずに捺印したな。まあいいや。
「これからよろしくお願いします。」
俺は頭を下げる。
白平は笑顔で答える。
「ありがとうございました。これであなたは、株式会社童貞の一員になりました。童貞のメンバーを率いて、うまく仕事で導いてあげてください。」
「頑張ります。」俺は答える。
白平の表情が、なぜか厳しく変わる。
「さて、田中さんに、ここで残念なお知らせがあります。
田中さんは、とても貴重な大魔道師の童貞なので、脱童貞プロジェクトには参加できません。」
何を言っているんだ?俺は驚いた。
株式会社童貞に入社すれば、給料だけの問題ではなくて、俺のために、卒業DDTプロジェクトを組んでくれるんじゃなかったのか?
白平は言う。
「雇用契約書にも、プロジェクトは適用されないと言うことと、童貞喪失してはいけないと言うことが明記されていますよ。違約金、損害賠償として20億円が設定されています。」
「騙したな!」俺は怒る。
「読まなかったあなたが悪いんです。それに、仕事をしたらちゃんと給料はいままでの倍近いですよ。世間的には高待遇です。」
「そんな…」俺は脱力して地面にへたりこんだ。
白平は無慈悲に言う。
「これから、株式会社童貞のために、一生童貞のままで、しっかり働いてください。」
俺は力なく聞く。
「ちなみに、海野を選ばずに、なりふり構わず、そのまま最初から株式会社童貞に入社していたらどうでしたか?」一応俺が確認する。
白平は無表情で答える。
「同じことです。あなたに、再びプロジェクトが組まれる事はありません。」
「再び」と言ったか?よくわからないが、いずれにしても、俺にプロジェクトが組まれる事は無いのだろう。
株式会社童貞の俺への勧誘は、固定童貞を作ることだったのか!
俺は絶望しながら、ふらふらと歩いて行く。
そこから先の人生が、早回しで目の前に現れた。俺はそのまま株式会社童貞で、役員として、若い童貞たちを指導し、叱咤激励し、仕事をこなし、頑張った連中をDDTプロジェクトに送り出す。
若者は、嬉しそうに、株式会社HDT,非童貞のほうに移籍していく。
そして俺は70歳の最終定年を迎えた。俺は童貞のまま、枯れ果てた、新古品のまま動作期間が切れてしまい、そのまま使い物にならなくなってしまった。
結局、一生童貞だった。何と言う悲しい人生だろう。
ふと顔を上げる。すると、先ほどと違う人がやってきた。ローブをかぶっているので、男か女かわからないが、何やらダンディーな感じだった。
その人間は、俺の前に、1枚の色紙を差し出した。
そこには、「生涯童貞」の4文字が書かれていた。
その人物は言う。
「田中ちゃん、残念だったわね~。早く、誰かとやっちゃえばよかったのよっ!
( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン 」
ローブの下の顔が見えた。ダンディーだが、男か女か、結局わからなかった。
そして、奇蹟の占い師がやってきた。ローブの下は妙齢の美女だった気がする。
占い師が言う。
「田中さん、この人生を選びますか?」
「そんなわけねーだろ!」
俺は怒鳴る。
「次行こう。次。」
「ですよね~」
占い師はそう言ってうなずく。
そして、何やら呪文を唱える。
俺の前に、2から5までのドアが現れた。
俺は2番のドアに手をかけ、足を踏み入れる。
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