第35話 五つのドア



佐藤さんに付き合ってほしいと言われた。

このままオッケーし、ちゃおうかなぁ。



そう言う気持ちになりかけたが、酔った勢いで判断した場合には、よく後悔する。


仕切り直して、一旦正気になってからじっくり考えて、結論を出そう。



「ありがとうございます。今は酒が入っているので、改めてじっくり考えて結論を出させてください。」


俺はこう答えるしかなかった。


食事を終えたら、店の外にタクシーが待っていた。


「田中さん、今日はこれでお帰り下さい。」


あれ、佐藤さんは?


「私は、これからちょっと行くところがあります。ですから、お先にお帰り下さい。こちらのタクシー券もお使いください。」


「え?そんなものまでもらっていいのかな。今日の食事もおごってもらったのに。」


佐藤さんは微笑む。

「気にしないでください。経費はいくらでも使えますから。」


「そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきます。」


俺はそう言ってマンションに帰る。


ここの入り口で、佐藤さんに会ったら、それはさすがにドッペルゲンガーか何かだろう。などと馬鹿なことを思いつつ、部屋に戻る。


明日から4連休だ。いろんな事はゆっくり考えよう。


これからどうするかを考えるには、リセットするしかないな。そのためには、佐藤さんと飲んだ酒をどうにかする必要がある。


スーツを脱ぎながら、そんなことを考えた。


佐藤さんのお酒の影響を減らすには、方法が二つあるな。

1つはこのまま寝てしまって、酒を抜く方法。


もう一つは、違う酒をもっとたくさん飲んで、佐藤さんの酒を中和する方法だ。


中和の意味が違うって?細かい事はいいんだよ。


俺は、取っておきのヘネシーのコニャックを出してきた。


俺の人生を決めるんだ。

高い酒の力を借りるのも良いだろう。


俺は、ショットグラスにコニャックを注いだ。


「佐藤さんに乾杯!」と言って1杯飲む。


全身に酒が沁み渡る。

いい感じに回ったが、佐藤さんとの酒はまだ残っている。


次だ。

「爽香さんに乾杯!」

そう言って、もう1杯飲む。


全身に良質の酒がめぐる。この感じがたまらない。

その次だ。


「和香に乾杯!」

と言って、もう1杯飲む。


この3人から卒業相手を選べばいいんだよな。と思ったら、頭の中にみさきの顔が浮かんできた。ついでに胸も。


俺はもう1杯ショットグラスにコニャックを入れる。


「みさきに乾杯!」

と言って、もう1杯飲む。

いい感じに仕上がってきた。


もうある程度酔いが回ってきて、何がなんだかわからなくなってきた。


だが、もっと飲みたい。


俺はショットグラスに酒を注いで、なぜかこう言った。


「海野に乾杯!」


俺は何を言っているんだ。自分でもわからなくなっている。


ショットグラスにもう1杯入れた。

「株式会社童貞に乾杯!」



そう言って、一気に中身を飲み干した。


その瞬間、俺は、部屋のソファーに倒れ込んでいた。





俺は1人、真っ暗闇の中にいた。…ここはどこだろう?


あたりを見回そうとしても、何も見えない。


真っ暗闇の中、俺は1人考える。これから俺はどうしたらいいんだろう。誰を選べばどういうなるんだろう。どの仕事を選べばいいんだろう。


思わず口に出していた。

「俺がどうしたらいいか、教えてください。」




すると、突然目の前に光が現れた。


まぶしくて、最初は、よくわからなかったが、目が慣れてくると、中にどうやら3人の影があるらしいことに気がついた。


その中から、黒いローブをかぶった1人が、俺の目の前にやってきた。


「あなたは…」


俺は気づいた。これは以前出くわした、奇蹟の占い師だ。




「こら、田中…!」


え?こんな人だったっけ?


「…もとい。田中さん。」


言い直すのか。。井伊直弼の墓は豪徳寺だ。いや関係ない。


奇蹟の占い師は言う。

「田中さん。向こうに、ドアが5つあります。どのドアを選ぶかで、あなたの人生が決まります。一応、何度かのやり直しは可能です。し、決めてしまったら、そこで試合終了です。


ただ、決めずに次へ行った時、戻る事はできません。あなたの幸せは、結局あなた自身がその場で選ぶしかないんです。


でも、これは、考え方を変えれば、マルチエンディングの田中版人生ゲームです。


人生の可能性を楽しんでくださいね。見ている私たちも、楽しんでいますから。」


彼女が指差す方向にドアが5つあった。

それぞれ番号が1から5まで振ってある。


やり直せるならそれでいいか。そう思い、俺はこの際だから、全部見ちゃおうかなと思った。…いやそれはまずいか。最後のドアが強制選択になる。


まぁ、後戻りできないと言うことはあるので、自分でこれがいいと思ったら、それに決めてしまうだろうけれども。これは、言ってみれば、一皿しか取れない回転寿司。



俺はそう思い、わかりやすいように、まず1番のドアに手をかけた。



多分、それぞれが人生の選択肢を指しているのだろう。マルチエンディングの人生ゲームだと言うようなことを言っていたし。


ドアを開けると、遠くのほうに、かすかに人影が見える。

俺は、ドアの中に足を踏み入れた。



遠くに見える人影に対して近づいていく。



誰が待っているのだろう。

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