第34話.佐藤さんとの会食(2)
佐藤さんと食事している途中で、ほかの女性のことをちらっと考えてしまい、それが佐藤さんにバレてしまった。
いかん。これでは、例の話を切り出せない。
仕方がないので、話題を変える。
「以前は女性誌にいらっしゃったんですね。
僕は女性誌を読まないので、どんなことが書いてあるのかよく知らないんです。やっぱりファッションとかが多いんですか?」
「そうですね。女性誌って一言で言うんですけれども、それぞれターゲットがあるんです。」
「ターゲットですか?
大学生と、社会人に分けるとかですか?」
俺は聞く。
「それもない事は無いんですが、大体の年齢層、それからライフスタイルで分けています。」
「ライフスタイル?
どういうことですか?」
佐藤さんは真剣な顔で説明してくれる。
「女性の場合、結婚しているかしてないか、また子供がいるかいないか、いるなら年齢はどれくらいかで、興味の対象が全く変わってしまうんです。」
「なるほど、それはそうかもしれませんね。男性の場合はそれほど年齢での違いはないかもしれませんね。」
「ファッション1つとっても、高校生のときには可愛い、大学生になれば、ちょっと大人っぽく、社会人になれば、年相応なものをという感じにまずはなります。
それから、結婚してるかしてないかで、ファッションは根本的に変わるんですよ。」
いまいち意味がわからない。
「そういうものなんですか?」
「ええ。女性のファッションって、男性に見せるものと、女性に見せるものがあるんです。」
全く意味がわからない
佐藤さんは説明してくれる。
「独身時代は、男性ウケするファッションをどうするかというのが基本になります。
結婚してからは、他の女性にどう見られるかと言う方を意識するんです。」
「ほえ?」
変な声が出てしまった。
「言い方は悪いんですけど、女性の間では、マウントの取り合いなんです。」
「うわー、そうなんですか。」
「ええ。それから子育て世代になってくると、経済力の問題もありますし、女性が、自分のファッションにおいて気にするポイントが変わってきます。例えば、子供を抱いても大丈夫なようなものとか。」
「え?どういうことですか?」
「例えば、五万円のモヘアのセーターを、乳幼児がいる主婦に勧めても、基本的には受けません。
それを着て子供を抱いて、子供が引っ張ったりよだれをつけたら、一発でアウトです。
だから、基本的には、乳幼児のいる女性をターゲットにする場合には、子供と遊ぶのにも使えるようなファッションを提案するんです。
30代でも、独身と、既婚、子無しと、子育て組では、訴求ポイントが全く異なるんですよ。」
「なるほど、そうなんですね。」
なんか、変なことを言ったらまずいような気がするので、その一言にとどめる。
「私が前にいた女性誌は、独身で、ある程度可処分所得がある層をターゲットにしていました。
ネット通販のECサイトとタイアップして、特集を組んで、商品をプロモートするんです。
前にも言いましたけど、出版不況が進んでいる中で、雑誌にしても、生き残るためには、いろいろな戦略をとっているんですよ。
最近はちょっと流行らなくなりましたけど、例えば、付録として、バッグをつけていたようなものもあります。」
「え?バッグですか?」
「そうなんです。雑誌の厚みは1センチ位なのに、バッグの厚みは4センチとか5センチもあります。
なので、これは取り次ぎさんとかにはすごく不評なんですが、実際に売れるのであれば、出版社のほうも、なりふり構っていられません。鍋付きの本もありましたよ。」
俺の全く知らない世界だ。
ECサイトのシステムの運営位だったら、俺にもしゃべれる事はあると思うけど、大体女性雑誌って、本屋で並んでいても、俺が手にこれ取る事は無いからな。
「そんなファッション雑誌から、月刊角丸に移られたんですね。最初は戸惑ったんじゃないですか?」
俺は聞く。
「そうですね。結構硬派な雑誌でもあるので、ターゲット層も違いますし、記事のためにインタビューする相手も全く違います。
日々勉強ですね。特に、政治とか経済とか、基礎知識をつけておかないと、記事を書いたりインタビューしたりできませんから、なかなか大変なんです。」
「なるほど、佐藤さんはすごいですね。」
俺は感心する。
「何をおっしゃっているんですか?田中さんだって、先日、あんなに本を買い込んでいらっしゃったじゃないですか。休日でも勉強されているんですよね。」
「まあ、あれは趣味みたいなもんですから。」
俺は苦笑する。
「もともとプログラミングが好きで、この世界に入ったんです。
大学院まで違うことを勉強していたんですが、そこには限界を感じたのと、その過程で使っているコンピューターのプログラミングが面白くなったと言うこともあって、この世界に入りました。
仕事は面白いんですが、技術が日進月歩なので、新しいことも勉強してないと、すぐに使い物にならなくなってしまうんです。
それこそ、今までは、何百行何千行のプログラムを書いて、何とかやっていた処理が、10行で終わるような技術革新があるんです。
それに、今やAIの時代です。本当に単純なプログラミングは、AIがやるようにこれからなっていくんだと思っています。AIに勝てるわけは無いので、AIがカバーしにくい分野を模索していくことになるんでしょうね。」
ちょっと熱く語りすぎたかな。
「そうなんですか。お互いなかなか大変な仕事ですね。」
佐藤さんは微笑む。うん、そろそろいいだろう。
「こうやって過ごしてきたので、結局今も独身です。正直なところ、女性と付き合った事はありません。
この前の晩、僕はもう内心ドキドキで、本当に何とかなるんだろうかと言うのは、ずっと疑問に思いながらも、行くしかないと思いました。
それで、胸のキスマークの件なんですけども、あれはいたずらでつけられたんです。」
佐藤さんは黙っている。
「信じてもらえないかもしれないんですが、僕は酔っ払って意識不明になり、今勧誘されている会社の人に、その会社の施設に運び込まれたんです。
その時に、いたずらで、キスマークをつけられたんです。なんだか、いたずらグッズで、吸盤か何かで、キスマークをつけるのがあるそうです。それでつけられました。僕は全く覚えていないのです。」
「そうなんですね。それをつけたのは男の方ですか?」佐藤さんが聞いてくる。
俺は一瞬黙り込む。
「…男性です。多分。。」
この間(ま)で、多分ばれてしまっただろうな。
「本当に、何があったか全く覚えていないんです。
ただ、正直に言わせてください。
俺は、この年で、実はまだ童貞です。
女性経験は全くありません。」
俺は胸を張った。
(何を言っているんだ。俺は)と自分で自分に突っ込むが、とりあえず、他の女性を抱いた後、佐藤さんに手を出そうとしたのでないことを伝えるためには、これが一番良いだろうと思った。
俺が嘘をついたらわかってしまうと言うことであれば、本当のことを言っているのもわかってくれるだろう。
佐藤さんは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、そのうち笑い出した。
「田中さんって、面白い人ですね。
そんな言い方しなくてもいいのに。」
「はぁ。」
俺は頭を掻いた。
「でも、取り繕って信じていただけなくて、それで終わるよりは、正直なことを言って、その結果を見るしかないと思ったんです。そうしないと、自分で納得できないですから。
まぁ、お酒の勢いもあるんですけども。」
惣誉の冷酒も何杯おかわりしたかわからない位、飲んでいた。
俺は続ける。
「実は、最近、なぜか、女性からアプローチされています。そんな経験は今まで全くなかったので、自分でも戸惑っています。
ただ、その人たちの思いに応えるかどうかを決める前に、佐藤さんの誤解だけは解いておきたい。そう思ったんです。
その人たちは、キスマークとは関係ない人たちです。」
俺は、真剣に正直なことを言った。
これが俺の誠意だ。
佐藤さんはしばらく考え込んでいたが、そのうちに、俺の目をまっすぐ見て言う。
「田中さんが誠実なのは、改めてよくわかりました。言わなくていいことまで言ってしまうと言う欠点を差し引いてもですが。」
これって褒められてるのかなあ?
「改めて、私からお願いします。私と、お付き合いしてください。
この年齢ですから、贅沢は言いませんが、通常の男女のお付き合いをさせてもらえればなと思います。」
誤解は解けたが、それ以上に、逆に向こうからお付き合いを求められてしまった。
俺は答える。
「ありがとうございます。今ここでお返事はできませんが、じっくり考えた上で、お返事させてください。」
「あら、この前は、体目当てだったんですか?」
佐藤さんは笑いながら聞く
どうしよう。どう答えたらいいんだろうか。変に答えたら、軽蔑されそうだし。
佐藤さんは、俺の表情を読んだのだろう。
「冗談ですよ。お付き合いすると言うのは、私からお願いしていることです。これから、2人で、一緒の時間を過ごしていきたいと思っています。よろしくお願いします。」
佐藤さんはそう言って頭を下げる。
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