第30話. 和香との本音トーク



和香が言う。


「田中君、こう思ったでしょ?

『どうせ結婚するなら,その前に一度やらせてくれよ』って!


何か言う事はないの?」


和香は、黙っている俺に対して微笑みながら言う。


俺があの時思ったことを口に出してしまったのか?あまりに下品だな。ごめん。今更ながら申し訳なかったな。」


俺は、とりあえず謝った。昔の話ではあるが。


「いいえ、田中君は、何も言ってないわよ。」


「え?じゃあなぜわかったの?」


「あなたの考えてことは、とっても読みやすいの。顔に書いてあるっていうのがこういうことを言うのねって言う典型ね。」


そう言って、和香は笑う。


「え?そうなの?」

もしかして、佐藤さんとキスをしていた時にも、美咲のことを考えているって顔に書いてあったのか?


「田中くん、どうしたの?」和香は笑う。


「せっかく私と話してるのに、別の女の人のことを考えてたのね。しかも、多分複数ね。」


そこまでわかるのか。


、そこまでわかるのよ。


和香は笑った。


「だからね、田中君は私を好きでいてくれたことも全部わかってたわ。

私はね、このヘタレ!!と思いながら、あなたが告白してくれるのを待っていたのよ。」


そうだったのか。


「でも、あなたは何もしてくれない。きっと、告白して、断られたら会えなくなってしまう。それぐらいだったらこのままでいいよとか、そんなこと思ってたんでしょう。」


おっしゃる通りです。俺は別に口に出さなかったが、きっとこの顔で、全部伝わっているだろう。


「私は、じれったくて待ちきれなくなったのよ。大卒で就職した私は、結構ずっとモテてたの。いろんな社内の先輩とか同僚からアプローチされたわ。


あなたが大学院を出て、就職したら変わると思った。でも変わらなかったわね。


20代後半になって、さすがに私も、そろそろ結婚しないとなと思ったのよ。そんな時に、先輩が、すごい真剣なアプローチしてきたので、受けてしまったの。


彼は言葉を口にしてくれた。女は愛されてこそよ。私はその頃本当にそう思っていたの。


あの人の愛が、一過性のものだなんてことを全く知らないでね。」


俺は何と言っていいかわからなかった。


「釣った魚に餌はやらないってよく言ったもんよね。特に、子供ができてから、私は全く顧みられなくなったの。


やっぱり、若くて可愛い女の子を落とすのが、ああいうタイプの男の本能なのね。きっと。


だから結局、離婚して実家に戻ったの。出戻り娘で体裁も悪いし、肩身の狭い思いをしていたら、叔父さんから家業を手伝ってくれって誘われたのよ。」


「そうだったんだね。」


俺は、前に見た映画「スライディングドア」のことを思い出した。地下鉄のドアが閉まるときに、地下鉄に乗るか乗らないかで、人生が全く違ってしまう話だ。


あの映画だったら、地下鉄に入っていたら。俺の人生で言えば、一歩踏み出して、和香に告白していたら、全く違った人生なんだろうな。


でも、二人の人生は分岐してしまった


囲碁を打つ友人から、一局の碁と言う言い方を聞いたことがある。将棋も似たような言い方をするらしい。


囲碁でも将棋でも、一手違うだけで全くそれぞれの展開が違ってしまう。


ただ、そこに正解があるわけではない。どちらでも、勝負が続いていく。


だから、こっちへ行っても、そっちへ打っても、勝負として成立するので、それを一局の碁と言うのだ。あっちへ行っても、こっちへ行っても、それは良い試合になると。


和香は言う。

「ねえ、やり直さない?」


え?え?やり直しってどういうことかな?結婚して子供もいるし、やり直しの意味がよくわからない。


「わかってくれないのね。やり直すって言う言い方が悪かったかしら。これから、2人の物語を始めない?」


俺は、とってもドキドキしてしまう。

それって、付き合うって言うことだよな。


和香であれば、今度こそ卒業できる!今夜卒業できるかもしれない。


これは真剣なのか、それとも冗談なのか、どっちなんだろう?


昨日のことがあるので、土壇場でやっぱり拒否されたらどうしようとか、アクシデントがあったらどうしようとかしょうもないことを考えてしまう。


それに、ここで、和香に拒否されたら、本当に立ち直れなさそうだな。




「あらあら。他の女と、何かあったの?」


和香はまた笑う。

本当に俺の思うことが全部顔に出てしまっているんだろうな。


「しょうもないことを考えないように、私からはっきり言ってあげる。


今夜、抱かせてあげるわよ。」



俺は驚いた、まさか、そんなことをストレートに言われると思わなかったからだ。


「いや、違うわね。」


和香がまた言う。


「田中くん、私は抱いてください。

コブ付きの四十女で申し訳ないけど、昔の反省も含めて、あるいは、謝罪の印にね。」


和香は、俺をじっと見つめる。

本気で言っていることが俺にもわかった。


これは、今度こそ受けるべきなんだろうか?据え膳食わぬは男の恥。幸い、すぐそばには、ラブホテルもある。


男田中、今度こそ本当の男になります。彼女も望んでいるんだし、どこに躊躇する要素があるのか? いや、ない。(反語的表現)


俺は、心を決めて、立ち上がった。







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