第29話 和香の図星
最悪の夢見だった。
眠ると、大きなキスマークのお化けが追いかけてくる。
本能的な恐怖を感じ、俺は逃げる。
だが、向こうにひと飲みにされそうになる。
俺は恐怖で動けなくなる。そして、飲み込まれてしまったところで、目が覚める。
同じ夢を、三回続けて見てしまった。
そして、その後の夢は、キスマークのお化けが、変化して、地雷女の海野の顔になり、俺をがぶりと飲みこんだ
「うわー、」俺は、悲鳴をあげた。
そして、自分の出した悲鳴で、我に返った。
大声だったので、佐藤さんに聞かれたかもしれない。
もう朝だ。外で鳥がチュンチュン鳴いている。
いや、これはさすがに朝チンとは言わんだろう。
俺は最悪の気分のまま、ノロノロと起きてシャワーを浴びる。
いいワインだったから、二日酔いでないのが唯一の救いだ。
髪の毛を乾かし、髭を剃って、そのまま会社に出かけた。
ゴールデンウィークの合間の平日ということで、通勤電車は空いている。しかも普段よりちょっと早めに出たのだから、なおさらだ。
俺は、会社のそばのコンビニで、パンとコーヒーを買い、会社に入った。
オフィスに人はまばらだ。俺は、自分の席でパンとコーヒーの朝食を取りながら、今後のことを考える。
やはり、佐藤さんには、一度ちゃんと話をしなければダメだな。
まぁ、それはそれとして、まずは仕事はやらないとな。
俺は、「さわやか業務システム」を稼働させ、現在の進行プロジェクトの進捗をチェックする。
連休前に終わらせたプロジェクトは、一応、検収が残っているが、問題は何もないはずだ。
他のプロジェクトの進捗もチェックするが、特に目立った遅れや問題は見当たらないようだ。優秀な部下を持つと楽だな。
後は、今日出社してきたり、リモートワークしているメンバーが、4月の勤怠の申請をしてきているので、それを確認して承認する。
後は、連休明け以降の、大本営発表のための資料作りか。
まぁそれは、数字が上がってきてからでないと意味がないので、とりあえずたたき台だけ作っておいて、最終的に数字が出てきてから、場合によっては中身を書き換えよう。今のうちに作れるところは作ってしまおう。
そんなことを考えているうちに、昼飯の時間が近づいてきた。
営業の司君がやってきた。
「部長、何か進展はありますか?」
例の、カワダッシュ、つまり和香の会社のシステム発注のことだ。
和香とは2人で食事をしたが、仕事の話と言うよりは、俺に引き抜きの勧誘する話だった。そんな話をしたなんて事はこいつには言えない。
なので、こう答える。
「いや、まだ何も聞いていないよ。先方も、ゴールデンウィークは、イベントが目白押しだろうから、完全にゴールデンウィークが終わってからでないと、ちゃんとした決断ができないんじゃないかな?」
半分空想ではあるが、多分当たっているとは思う。
「そうですか。」と司君は言った。
「ところで、あのおばさんは今日は来てるんですか?」
「いや、ああいう奴が、ゴールデンウィークの半ばに来るわけないだろ。ちゃっかり10連休にしてるし、どっか遊びに行ってるだろ。
「男と遊んでるんですかねあのおばさん?」
司くんが言うので、
「どうだろうな。今は、特定の一人と付き合っているわけでは無いようだがね。」
と、俺は答える。二人以上の男がいるのだから、特定の男と付き合っているのではなく、不特定多数とやってるんではないだろうか。
まぁ、そんな事は口に出すつもりはない。触らぬ神に祟りなしだ。
「部長、何かカワダッシュさんからコンタクトがあれば、教えてくださいね。」
司くんがそう言って、俺はうなずく。司くんが帰ろうとするので、俺は呼び止める。
「司くん、昼飯開いてるかい?」
「今からコンビニへ買いに行こうとしていたところです。」
彼が言う。
「よかったら、定食屋に行かないか?多分連休でも開いているよ。」俺は答え
「え?でも高いですよね。」 司くんはTVショッピングか。
「僕の昼飯の予算は500円なもので。」
俺は言う。
「今日はおごってあげるよ。まぁ定食限定だけどね(笑)
「それなら、行きます。」司君は、手のひらを返してオッケーする。
俺たちは、会社の近所の定食屋に入った。隣の店はゴールデンウィークで閉まっていたが、この店はやっている。毎年連休の合間にもやっている店ということで、俺は記憶しているのだ。
俺は焼き鮭定食、司くんは豚肉生姜焼き定食を頼んだ。
誘ったはいいが、話題がないことに俺は気がついた。さすがに、最近どうとは言いづらい。
司くんから会話が振られた。
「田中部長は、あの川田さんとはどういうご関係ですか?」
「どういうご関係と言われても、大学で同学年だっただけだよ。学部は同じだけど、学科は違う。何人かでつるんでいたうちの1人だよ。ただ、彼女が結婚してからは、音信不通になっていたよ。」
俺は正直に言う。
「離婚したっていうのは、この前会って初めて知ったよ。」
「へーそうなんですね。」司君が言う。
「昔の仲間のよしみで、何とか注文につなげてくださいよ。」
司君は言う。
(いや、注文されてるのは、俺の転職だよ)
と、内心思うが、さすがにそれは口にできない。
俺は話題を変える
「司くんは独身だよね。彼女とかいるの?」
何の気なしにこんなことを聞いてしまった。
司くんの態度が変わる。
「部長、それセクハラですよ。それから、無理矢理聞き出したらパワハラですよ。
僕に彼女がいようがいまいが、部長に関係ないじゃないですか。
特に、直属の上司でもないのに。」
なぜか司君は怒ってしまった。ちょっと地雷の質問だったようだ。でも、こういう話題がセクハラになってしまうのであれば、昼飯の時に会話がしにくいな。
仕事以外の共通の話題でもあれば、それなりに楽しいんだろうけれども。
その後は俺たちはあまり会話をせずに昼飯を終わった。食後のコーヒーを含めて、1人1200円だ。司くんの昼飯の予算の倍以上だな。まあ、部長の俺なら二人分出しても問題ない。
午後,携帯にカワダッシュの和香から電話があった。
「どう?」
和香が聞くが,
「どう、と言われても困るよ。
例の案件の話なら、営業に直接言ってくれよ。」
俺は答える。
「あの話じゃあないわ。まあ、全く関わらないとは言わないけど,基本的には別件ね。
今夜時間ある?」
また急だな。;まあいいけど。
「いいけど,君の実家以外で,割り勘にしてくれ。」
「わかつたわ。それでいい。」
そう言って待ち合わせ場所を決める。
まあ、たぶん就職の話だよな。
それがどうなるかで、案件の頼み方も変わってくるだろうしや。
六時に仕事を切り上げて、待ち合わせ場所にいく。
店は、意外に空いている,シックなピアレストランだ。
場所的にはこの前海野と飲んだバーに近い。
俺たちはビールと唐揚げ,フライドポテトで乾杯する。
「何か、昔みたいね。」
「そうかもな。」
俺たちはたわいない話をする。昔のようで楽しい。
和香がいう。
「ねえ、私が結婚するって言った時のこと,覚えてる?」
忘れるはずがない。まあ、そうは言えないので,
「まあ、ある程度は。」
俺は曖昧に答える。
「あの時こう思ったでしょ?
『どうせ結婚するなら,その前に一度やらせてくれよ』って!」
俺は、あまりの驚きに、声も出なかった。
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