第27話. 佐藤さんの部屋で
俺はリビングで立ったまま、どうしようと思ったが、とりあえず彼女を待つことにした。
横に、ダイニングテーブルがある。
椅子は4つある。
社長のところみたいな、豪華なものではないが、シックな感じがする。彼女のような、やり手ビジネスウーマンには、こういうシンプルなものの方がよく似合う気がする。
部屋を見回すと、テレビやサイドテーブルがあったり、ソファーもある。
ベッドルームは、俺のベッドルーに壁一枚隔てたとおろだった。
これは、俺がベッドで変な声を出すと、聞こえてしまうな。
俺はしょうもないことを考えててしまった。
彼女が、エプロンをつけて出てきた。
「田中さんすみません、お待たせしてしまって。あ、上着良ければ掛けておきますよ。」
そういわれたので、ジャケットを脱ぐ。
これなら着てこなくてもよかったかな。
「お座りください。何か飲まれますか?ビールでよいですか?」
俺はちょっと悩んだが、空きっ腹で喉が渇いている今、ビールはおいしいだろう。
ビールにした。
彼女が言う。
「では、バドワイザーとハイネケンとミラーとどれがいいですか。」
ほお。俺の好きなラインナップが揃っているじゃないか。
「ではハイネケンをお願いします。」
俺が言うと、彼女は、ハイネケンの小瓶を出してきて、グラスに注いでくれた。
「すいません。準備しますので、後はご自分で適当にやっていてください。」
と言い、まだビールが残った瓶と、それからおつまみのナッツをテーブルの上に置いた。
俺はダイニングの椅子に座り、ハイネケンをちびちび飲み、ナッツを3つほどつまむ ナッツもあまり食べ過ぎてはいけないしな。
佐藤さんは、大きな板に乗った、オードブルをたくさん持ってくる。
「もしかして、スモーカスボードですか?」
俺が聞く。
「ええ、正式なものじゃないですけども、なんとなくそれっぽい感じになるようにいろいろ並べてみました。」彼女が言う。
スモーガススボードと言うのは、北欧の酒の肴として、いろんなものを板や皿1枚にひたすらたくさん並べるものだ。「バイキング」の原型でもある。
その中には、スモークサーモンとか、燻製のニシンとか、そういうものが多い。
「僕だけ先にいただいちゃうのは何か申し訳ないので、できれば、一緒に食べませんか?」
俺は言う。
「ありがとうございます。でも次の段取りがあるので、お待ちください。」
「それだったら、それが完成するまで、待っていますよ。それで一緒に食べましょうよ。」
彼女はちょっと驚いたような顔をする。
そして、答えた。
「ありがとうございます。それなら、メインは肉なんですけれども、熱いうちに食べたほうが良いので、最初私もスモーガスボードをお付き合いさせていただきます。その後ちょっと席を外して、肉を焼くだけにしたいと思います。」
「ではそれでお願いします。」俺は言う。
彼女は席につき、自分用のピルスナーを開ける。
そして俺はハイネケンを掲げ、彼女のピルスナーとともに乾杯した。
「乾杯。」
ビールを一口飲む。空腹にしみこんでうまい。スモーガスボードにいろいろ並んでいるが、オススメが何か彼女に聞いてみる。
「いろいろ並べてくださってますけれども、特にオススメってありますか?」
「では、このスモークサーモンをどうぞ。試しに、自分でチップでやってみたんですけれども、意外にうまくできました。」
「スモークサーモンって、こんな室内でできるんですか?」
俺はちょっと驚く。
「ええ、実は、中華鍋と、チップを使って、スモークサーモンは作れるんですよ。ただし、やり方を間違えると、火災報知器が鳴って、大変なことになります。」
「なるほど。じゃあ僕なんかは、やらないほうがいいですね。」
「最初は、屋外で練習された方が良いかもしれません。」
こんな感じで、いろいろ楽しく話しているうちに、スモーガスボードが半分ぐらいになくなった。
「じゃぁ、肉を焼いてきますね、残りを召し上がりながらちょっと待っててくださいね。」
彼女はそう言って、席を立つ。10分ぐらいすると、鉄板に乗せた、うまそうに焼けた牛肉が運ばれてきた。
結構厚いステーキで、油がパチパチ跳ねている。ステーキの横には、マッシュポテトと、にんじんのグラッセが添えてある。そしてクレソンが1本載っている。
「冷めないうちに、どうぞお召し上がりください。」
彼女に促され、俺はステーキを切り始める。
彼女は付け足す。
「あと、赤ワインいかがですか?」
「いただきます。」
俺がそう言うと、彼女は赤ワインを出してきて、俺に注いでくれた。
俺が奮発するときに飲む赤ワインと同じやつだ。味もよく知っているし、この肉にも合う。
もちろん、肉もうまい。やわらかくジューシーだ。塩コショウだけのシンプルな味付けだが、文句はない。
彼女とは、いろいろ好みも合うな。俺はそんなことを思った。
肉の焼き加減は絶妙だが、ちょっと量が多いなと思った。会話をしながら、ワインを飲みながらだと、ちょっと食べるスピードが遅くなる。
「お口に合いませんでしたか?」彼女は心配そうに聞く。
「いいえ、とてもおいしいです。話が楽しいので、ついどうしてもそっちのほうに気をとられてしまいます。」
まぁ半分は事実だ。
食事をしながら、俺たちはいろいろ話をした。
彼女が関わっている出版の世界と言うのは、俺の全く知らない、新鮮な話が多い。
一番感じたのは、彼女は信念を持って仕事をしていると言うことだ。
彼女との会話の中で、「文化」と言う単語が度々出てくる。
俺は自分で、文化と言う単語を使うことなど、ここ10年以上は、文化の日、以外にはなかったと思う。
やはり、賢くて素敵な女性だな。俺はそう思う。
ついでに、年齢も俺とあまり変わらない位だと思うが、その年代の女性でなければ出せない魅力があると思う。
俺は、ちょっとまたドキドキしてきた。
もちろんあら探しをすれば、多分いくらでも出てくるだろうが、逆に俺があら探しをされたら、アラばっかりだ。というか、アラの山の中からいいとこ探しをするしかないんじゃないかな。
それを考えたら、彼女はすごいな。
ステーキを食べ終わって、ワインがまだ残っているので、彼女は、俺をソファーに移動させる。
そして、チーズを出してきて、ワインとチーズで食後の楽しみとする。
「デザートワインもありますけれども、お飲みになりますか?」彼女が聞いてくる。
俺はビールとワインでかなり良い気分になっていたので、「いいえ、このワインを最後まで楽しませてもらいます」と答える
彼女は、ちょっと席を外し、その後エプロンをとって、自分のグラスを持って俺の隣に座った。
「いかがでしたか?」彼女が聞く。
「とてもおいしかったです。佐藤さんは、聡明なだけじゃなくて、料理もお上手なんですね。」俺は正直に答える。
あれ?こんな正面切ってこんなこと言うと口説いてるみたい?俺はドキドキしてきた。
彼女が、俺に触れるぐらいに近づいている。俺はとてもドキドキしてしまった。
多分、彼女も緊張しているのだろう。
お互い言葉がなくなってしまった。
俺と彼女は両方とも、グラスをサイドテーブルに置き、見つめ合う。
彼女が、目をつぶって、唇を突き出してくる。今回は、さすがにちゃんと応じて、彼女に俺からキスをする。
鼻が邪魔にならないように、ちょっと角度を変えるのがコツだと言うのを本で読んだっけな。
などと思いながら、彼女の口の中に舌を入れる。
みさきとキスの練習をしておいてよかったな。ふと俺はそんなことを考える。
彼女は、俺にしなだれかかる。
俺の胸のドキドキは頂点に達した。
キスを止め、顔を離すと、俺の目線の先に、ベッドルームの入口が見えた。
ここはもう、行くしかない。
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