第26話 訪問.(童貞の下心あり)




ゴールデンウィーク三連休の三日目、俺は、午前中をのんびりと過ごした。

いつもの休みのように、コーヒーを焙煎して、挽いて、ネルドリップでゆっくりと淹れる。


昨夜、佐藤さんには、「明日よろしくお願いします」と言うメッセージを送った。既読スルーかと思ったら、「お待ちしています」と言うスタンプが返ってきた。


うん、これなら大丈夫だ。、


トーストとハムエッグを食べ、コーヒーを飲んで、静香に過ごす。

今夜はお招きにあるかるんだな。ただそれだけの考えだった。

社長の提案については、とりあえず考えないでおく。」


昼になったので、気分転換に外に出る。

道には、カップルが手をつないで歩いているのが見えた。


あのカプルの関係性はどうなんだろう?すでにやっているのかな。もしかしてお泊りの帰りかな、などと考えるのはいつもの童貞の悪癖だ。


そこで、ふと思った。

いやちょっと待て。人のことを考える場合か?>


女性の一人暮らしの家に誘われると言う事は、相手もその気なんではないだろうか?


もしかしたら、向こうも期待しているかもしれないし、誘われてしまうかもしれない。


そうしたらどうしたらいいんだ?


誘われたらどうする、誘われなかったとしても行くべきか?


いや、誘われたって、株式会社童貞に就職するんだから、断ればいいや。


…などと童貞が言えるわけないじゃないか。万が一でも、可能性があるんであれば、期待したっていいじゃないか。


客観的に見れば可能性は高いだろう。その気がなければ、部屋に入れるわけがない!


歩いているうちに、突然そういう発想や妄想が俺の頭の中に浮かんだ。


頭をモヤモヤさせながら、何の気なしにコンビニに入る。


ふと見ると、あろうことか、棚の下のほうに、小分けした避妊具が売っているではないか。


俺は、今までそういうものに縁がなかったので、コンビニに避妊具があることすら知らなかった。


ちなみに、使ったこともない(ほっとけ!)。


ただ、今夜は一世一代のチャンスだとしたら、一応男のたしなみとしてこういうものも買っておいたほうがいいのかな。



昔の知り合い(イケメンの嫌な奴)は、財布にいつも入れていると云っていた。

俺も今夜は持とうかな。


いや、こんなものを持っていると、下心があると思われて、嫌われるだろうか。


でも、そんな準備もなしに、やろうとしたのかと思われると、それはそれでまたいろいろ思われるかもしれない。


うん、男のたしなみだな。俺は、そのコンビニで避妊具を買うことにした。


それ一個だけ買うのは恥ずかしいので、買い物かごにチョコレートの箱と、ポテトチップの袋に挟んで並べ、レジに行く。


運悪く、高校生くらいの女の子がレジに入っている。一瞬ためらって、後戻りしようとしたが、後ろに人が待っていたので、仕方なく籠をレジに出した。


レジ袋ももらい、女子高生バイト店員が、一つ一つバーコードを読んで、袋に入れていく。


店員の女の子は、全く無表情で、レジをこなしていた。


おどおどしていた俺の方が馬鹿みたいだ。


そうだよな。コンビニでこういうものを買う人だって山のようにいるだろう。


パンを買う人よりは少ないかもしれないけど、髭剃りを買う人と同じ位いるかもしれないよな。(ちなみに、避妊具はひげ剃りの下の段にあった。)


変に挙動不審になる方がおかしいんだよな。だが、そこは、童貞ムーブだ。

許してくれ。


すっかり頭の中が違うことでいっぱいになってしまった。


俺はそのまま帰宅した。


外で昼飯でも食おうかとも思っていたのに、こんなことになってしまったので、俺はポテトチップとチョコレートを、今日の昼飯にする。


まぁ、5時に行って、食事をご馳走になるんだから、昼飯はそんなに腹に入れる必要は無いかもしれないな。


妄想が頭をめぐり、落ち着かない午後を過ごした。


3時過ぎに俺は、シャワーを浴び、ヒゲを剃る。


そして、ほとんど使ったことのない男性用香水を、軽くつける。


つけすぎると良くないと聞いているので、ほんの少しだけだ。


匂いを嗅いでみたが、これが普通の匂いなのか、もしかして古くて変質してしまった匂いなのか、俺には見当がつかなかった。


髪の毛を乾かし、服を着て、皮のポーチに財布と携帯と、さっきの避妊具を入れる。


ただ、携帯は取り出して、彼女からのメッセージが来ないかどうかをちょいちょいチェックした。


あと、手土産に買ってあるチョコレートも、忘れずに用意する。



さて、そうこうしているうちに4時50分になった。

そろそろ準備しないとな。


と言いつつ、準備なんて特にない。服はちゃんと着た。髪の毛も整えた、荷物も準備した。


服は、ポロシャツに、ジャケット、それからチノパンと靴下だ。ちなみに、トランクスと靴下は新品にした。


お隣さんなので、サンダルで行けばいいだろう。あ、佐藤さんに貸したままだ。じゃあ普通のビジネズシューズだ。


俺は、部屋の中をウロウロする。行ったり来たり行ったり来たり。まるで動物園の熊だ。


期待はものすごくあるが、一応気持ちと体の一部分は沈めておく。

必要に応じて円周率を思い出したりフィボナッチ数列を計算すればいいだろう。


58分になった。俺は部屋を出て鍵をかける。彼女の部屋のドアの前に立ったが、まだ58分だった。


時間が進まない。まぁほぼゼロ距離だから仕方ないか。結局二分弱、俺はひたすら立ち尽くしていた。誰も外を通らなかったのは幸運だな。


そして、5時になった瞬間、俺はインターホンを鳴らした。

すぐに佐藤さんが出る

「はい。」



俺は、落ち着いた声で

「田中です。」と落ち着いて答えるつもりだったが、ちょっと上ずってしまった。気づかれなければいいが。


「ちょっと待ってください。」と言うと、彼女はすぐに、ドアを開けてくれた。


「いらっしゃい。お待ちしてましたよ。」

佐藤さんは笑顔で迎えてくれた。


「お邪魔します。」

俺はそう言って中に入る。彼女が勧めてくれたスリッパを履いて奥に進む。


今日の彼女は、白いブラウスと、グレーのタイトスカートだった。


普段のびしっとしたビジネススーツの彼女と、ちょっとイメージが違うかな。でも、さすがにゆるふわのかわいい系の服を着てるわけでは無いよな。


中に入ると、間取りは、俺の部屋とあまり変わらない。ただ、場所が違うからか、左右が逆であり、エアコンの場所が違ったり、ベッドルームの入口が逆側になっている。ている。


俺は、このマンションでは自分の部屋以外に入った事は無いので、ちょっとキョロキョロしてしまった。


それを見とがめ、

「何かお探しですか。」

と彼女が聞くので、いえいえ。と言って、俺はとりあえずチョコレートを差し出す。


「お招きありがとうございます。つまらないものですが、一応お土産です。」


「ありがとうございます。」

彼女は受け取った。包装紙を見て彼女は言う


「冷蔵庫に入れてきますね。」


あ、これは冷蔵庫に入れるべきものだったのか。もしかして、失敗したか。


まぁ今更焦ってもしょうがないので、気づかないふりをしよう。


俺は改めて、佐藤さんに対して頭を下げる。


「今日は、お招きありがとうございます。お手間を取らせてすみません。」    


と言うと、佐藤さんの方が、

「いえいえ、今日は、先日のお礼ですので、私の方が感謝する立場ですよ。

 あの時は、本当にありがとうございました。田中さんの手際がすごく良かったので、大きな怪我にならずに済みました。本当にありがとうございます。」


もともと今日の趣旨と言うのは、先日彼女が、俺の目の前で足を踏み外して捻挫し、俺が介抱してあげたことに対するお礼と言う位置づけだ。


俺は言う。

「まぁ、あれは、たまたまの話ですし、当然のことをしたまでです。あまり気を使わなくてもよかったんですよ。でも、食べるのも好きなので、お誘いは喜んでお受けしました。」


そう言うと、彼女のほうは

「あまり、期待をされると、ハードルが上がってしまうので、期待しすぎないでくださいね。」


そう言って、小走りにキッチンに消えていった。


ちなみに、俺は違う期待を大いにしている。

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