第18話 田中に何が起こったか(2)



俺は、白平とみさきの二人に、大童貞男の持つ家の一つに運び込まれたようだ。


なるほど。さすが金持ち。家くらい何十買ってもびくともしないだろうしな。


「彼自身が使う事はあまりなく、もっぱら、プロジェクトの当事者が使っています。」


「プロジェクトとはなんですか?」俺が聞く。


「これも説明すると長いので、後にしましょう。」と白平は言う。



「あと、小さな検査キットで、血液も取ってあります。これは、検査に出しておきます」。白平は言う。


「白平さん。」みさきが声を上げる。


「私、一旦家に帰ります。」


時計を見ると、7時過ぎだ。


「わかりました。では一旦お開きにして、10時にまた会社で続きをやりましょう。はい、木佐さん、タクシー券。」


と言って、白平は、みさきにタクシー券を渡す。みさきは礼を言って、部屋を出て行った。


「田中さん、あなたもお帰り下さい。家でシャワーを浴びてちょっとくつろいでからまたいらしてください。」


ありがたい申し出だ。俺は了承する。白平がタクシー券を出したが、辞退して電車で帰ることにした。


帰宅するにあたっては、もう一度ワイシャツを着て、その上からスーツを羽織ることにした。ただし、ネクタイは締めない。


まぁ、スーツを手荷物で持って帰ってももちろんいいが、その場合には家までショートパンツで電車に乗って帰ることになる。大荷物を抱えて、ショートパンツで帰るのはちょっと変だろう。


ということで、俺は一旦スーツに着替え、地下鉄で帰ることにした。


マンションに着いて、ドアを開けようとしたら、「おはようございます。」

と声がした。  


もちろん、佐藤彼方さんだ。本当に彼女は神出鬼没というか、会いたくないなぁと思うと、出てくる感じだ。

  

というわけで、俺は、マンションの入り口で、佐藤彼方さんに出くわした。


「あら、朝帰りですか、昨夜はお楽しみでしたね。」


なんでそんな言葉を知ってんだ

俺は困ったが、事実なので仕方がない。


「えー、飲みに行ったら、いろいろありまして。今帰ってきたところです。」


佐藤さんが俺に言う。

「女遊びもほどほどにしておいたほうがいいですよ。」


俺は、一生懸命に

「いえいえ、これは違います」


と言ったが、実は違っていない。


佐藤彼方さんは、そのまま出て行ってしまった。きっと会社に行くのだろう。


3連休の初日は、まだ仕事が残っていたのか。約束を3日目にしておいてよかったな。

と俺は思った。ただ、


まさか、彼女が気を悪くして、食事に呼んでくれなくなるかもしれない。そんなリスクはあるな。


俺は、部屋に戻り、シャワーを浴びる。そしてその後、佐藤さんにLINEを送る


「昨夜は、転職を誘われている会社の人と、飲んでいるうちに眠ってしまったりして、朝になってしまいました。


これから、その会社に行ってきます。」

   

と、書いて送った。


佐藤さんからは、返信はなかった。いわゆる既読スルーだ



 ろ

株式会社童貞のあるビルについて、俺はまた白平に電話する。「


白平は、「上がってきてください」と言ったので、俺は同じようにまたエレベーターで上に上がる。


出迎えてくれたのは、みさきだった。


彼女は昨日とは違う服を着ている。やっぱり、一度家に帰ったんだな。


ブラジャーは変えたんだろうか?


「いらっしゃい。田中さん。」

みさきは言う


そして、会議室に案内してくれた。そこには白平がいた。


「田中さん、おはようございます。ものすごくたくさんお話があります。


まずは、昨夜からの話ですね。


みさきが、3人分のお茶のペットボトルを持ってきた。


俺たち3人はお茶を飲みながら話をする。


「申し上げた通り、木佐さんは、私たちの協力者として働いてもらっています。

そして、あなたを見つけ出し、昨夜は、私と一緒に、あなたをここに運び込みました。 。


あの家は、大童貞男が、近隣に所有するいくつかの拠点の1つです。


主に、プロジェクトに使っています。」


ここまでは聞いた通りだ。


「プロジェクトとはなんですか?」


俺が尋ねると、白平は言う。


「その前に、あなたをあの家へ連れてきてからの話をしましょう。」


おお、それ最重要だ!


「私たちは、あなたの血液をちょっと取りました。あ、蚊の針と同じ位の極細の針で、ほんの少し血液を取っただけなので、痛みも跡もありませんよ。」


俺はちょっとほっとした。あまり痛いのは好きじゃないからだ。


「それから、あなたをベッドルームに連れて行き、服を脱がせて、畳んでかけました。


そこまで、私と木佐さんでやっています。


その後、ちょっと木木佐さんがいたずらしたようですが、細かいところは知りません。


ただ、彼女は、いろいろ理解していますので、あなたの童貞を奪うようなことをしません。念のため、今童貞チェッカーを作動しますね。」


彼はそう言って、機械を持ってきて、俺に向けた。


「はい、大丈夫です。あなたは童貞です。」


本当にそこまでわかるのか。すごいなぁ。


「木佐さん、あなた、彼に何をしたんですか。白状しなさい。」


みさきは、悪びれずに答えた。


「ちょっと、びっくりさせたかっただけです。

だから、胸にキスマークをつけちゃいました。


ちなみに、キスマークメーカーって言う、いたずらグッズですよ。


吸盤がついていて、スイッチオンで自動的に吸い込むと、きれいな唇のマークが出来ます。


田中さんに本当にそれを使ったかどうかは、ご想像にお任せしますけど。」


セーフなのかと思う。まぁどっちにしてもさっきキスしちゃったから、そこはもうどうでもいいや。


「で、朝起きたときにちょっとびっくりするように、髪の毛を少しベッドの中に入れて、それから、ブラを枕元に置いておきました。


まさか、田中さん、私のブラの匂いを嗅いでいるとは思いませんでしたけど。」


おい、やめてくれ。一生トラウマになりそうだ。


「まぁ、それはさておき、童貞を奪うような事はしていませんよ。


その後私は、別の部屋で寝ましたから。」


なるほど、筋は通っている。


「ちなみに、私はリビングで寝ていましたよ。」

白平が付け加える。


あの家は2LDKらしい。


「そして、あなたが朝起きてきて、今に至ります。


「分りました。海野から守っていただき、本当にありがとうございました。」

俺は白平に頭を下げる。


「そのお礼は、木佐さんに言ってください。彼女がいなければ、あなたは今も…」


背中に悪寒が走った。


「その話はやめてください。」

俺はお願いする。


「そうですね、では、次に株式会社童貞のもう一つの大きな事業の話をしましょう。」


はい、よろしくお願いします。


「ところで、トーマス・ジェファーソンの、『人民の人民による人民のための政治』と言う言葉をご存知ですよね。」

「はい。」

白平は続ける。

「あの言葉には、実は欺瞞があります。


ご存知でしたか。」


全然、何やら難しい話になった。


「考えてみてください。あの時には、まだ、女性の参政権はなかったのです。それから、実務上はその後になりますが、奴隷も含まれていなかったし、解放された後の有色人種だって長い間含まれていなかったのです。


本当に、合衆国憲法に従って、女性、それから有色人種を含めたすべての国民が政治参加できるようになったのは、御公民権運動を経た20世紀の後半のことなのです。」


「そうなんですか、それは全く知らなかった。」


「戦後だって、Separata but Equialという詭弁がまかり通っていたのです。今でさえ差別は残っていますしね。」


「なるほど、それでこの会社と何の関係が?」


「『人民の人民によると人のための』の中で一番大事なものは何でしょう?」


「人民のためのですかね。」

俺は答える。


「その通りです。人民のためになる政治であれば、それを行うのは、誰であっても良い。最大多数の最大降伏ですね。まぁこれは違う人の言葉ですが


なんか難しい言葉になってきた。それはつまり?


童貞のための株式会社なんです。株式会社童貞は。

でも、その構成には、必ずしも童貞である必然性はありません。・」


なかなかプロジェクトの説明が始まらないな。

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