第15話 打ち上げと海野との二次会
みんなの頑張りもあって、翌日の木曜日の作業は順調に進んだ。何とか遅れを取り戻し、最終チェック以外の作業は全て完了した。
最終チェックは、日を変えて、明日の朝行う。リフレッシュした頭で見る方が、問題があったかどうかを把握しやすいのだ。
木曜日の作業終了は7時過ぎだ。
まぁ、海野のミスを考えれば、優秀な結果だろうと思う。
終わったところで、メンバーが「部長、飲みに行きませんか?」と言ってきたので、
俺は
「いや、今日はやめておこう。
明日、全て終わったら行ける人たちで行こうよ。」
と言った。
「定時からすぐに始めて、さくっと終わらせよう。そうしたら、海野だけでなく、木佐さんも来てくれるかもしれないぞ。」
そう言うと、若い連中は、「おお!ぜひそうしましょう」と盛り上がった。
あの胸に惑わされてるのかな。単純男たち。
…いや、俺も、あの胸には魅せられているんだが(苦笑)。
お前らは見てるだけだろ?俺は顔をうずめたんだぜ!などと意味なく内心でマウントを取っていた。
今日の帰りは、いつもの定食屋に寄って、焼き魚定食とビールを頼む。
最近ここへ来ると、いつも同じだな。やはり、40過ぎると、魚が好きになるのかな。などと思いながら、ビールでほろ酔いになりつつ、定食を食べ終わった。
マンションに着いたが、今日は佐藤さんとは出くわさなかった。ちょっと残念な気がする。
部屋に戻り、今日はゆっくり風呂に入ることにして、お湯を入れる。
沸くのを待って、テレビを見ていたら、いつの間にかうとうとしていたようだ。
ふと気がつくと、すでに10時になっていた。風呂は当然沸いているが、少し冷めたかもしれない。
もしかして、と思ってスマホを見ると、やはりと言っていいだろう。佐藤さんからLINEが来ていた。
「こんばんは。ご機嫌いかがですか。
もしかして、ビールを飲んでうたた寝してたりしませんか?」
なんだ、まさか、覗いているわけではあるまいな。(苦笑
「…おやすみなさい。」
そして、いつものスタンプが添付してあった。た。
俺は仕方なく、「ちょっとうたた寝してました。これから風呂に入って寝ます。おやすみなさい。」
と書いて、田中という文字が風呂に入っているスタンプを送ろうかと思ったが、ちょっと下品なのでやめた。
この前と同じ田中が寝ているスタンプを送ることにした。
風呂上がりに考える。そういえば、辞表を準備しておかないとな。
俺は、ネットで調べて、辞表の書き方を研究した
辞表ではなくて、退職願とすべきらしい。退職願と退職届がどう違うのかなども、ネットにはいろいろ書いてあった。
決まる前が退職願で、退職が決まってからが退職届だそうだ。社長にぶつけるんだったら願いじゃないから、辞書と言う単語のほうがいいんだろうな。
いろいろ推敲した結果、こうなった。
辞表
私、田中一郎は、一身上の都合により、6月末日または可及的速やかに会社と私で合意した日を以って退職いたします。
日付と住所を書いて、後は名前だ。、ここは自筆の方がいいらしいので、印刷してから、自筆で田中一郎と書いて、三文判を押す。
お、なんか辞表っぽいぞ。
封筒が見つからなかったので、これは後でコンビニか何かで買うことにしよう。
そういえば、社長の家に行くのであれば、何か手土産もいるよな。それに佐藤さんにご馳走になるんであれば、お礼に何か持っていったほうがいいだろう。
いずれにしても、買い物が必要だな。土曜日の夕方まで株式会社童貞の説明やら何やらがあるようだから、その後にデパートにでも行ってこよう。封筒もいるしな。
相手の好みがよくわからないし、距離感もあまり近づきすぎてはいないので、どちらも消え物のお菓子で良いだろう。数は少なめに、でも高級感があるものがいいな。
この前のショコラティエのチョコレートは多分買えないだろうけど、それに類似した感じの、高級チョコレートとか、ちょっと日持ちするクッキーとかフィナンシェとか、そんなのにすればいいだろうな。
俺はネットでスイーツのことを下調べしたが、あまりにたくさんありすぎて、結局力尽きてしまった。
机で寝落ちしそうになったので、何とかベッドに入って倒れる。
翌日金曜日は、朝から動作の最終試験だ。本番環境で、最初に指摘されていたバグが起きないか再生の作業してみる。問題なく作動している。何回か繰り返して、変な動作が出ないことを確認した。
よし、これでオーケーだ。ご苦労様でした。俺がそう言うと、メンバーは期せずして拍手をした。
俺は言う。
「おい、まだ終わりじゃないぞ。データをディスクに落として、それからストレージにアップする。
納品書を作成して、商品の情報と、ダウンロード情報とともに、この納品書ファイルを送付する手配をしなさい。」
ちなみに、この納品書は、スマート納品書と呼ばれるもので、登録数字と日付と品目金額などを全て自動で作成し、確認が取れたら、PDFにしてメールで送れるところまで作り込んでくれている。
営業の人間が、ソフトに関するカバーレターを書き、ファイルを添付して、発送する。
その一方で、データをDVDに落としたみさきが、ディスクのラベルにも印字をし、ケースに入れ、エアクッションで巻いて梱包する。
納品書を添付するのも忘れない。こちらは物理のほうの納品書になる。、
配送業者を送り出したところで俺はみんなに言う。
「今日はご苦労様でした。ちょっとした打ち上げをやろう。来られる人は6時15分からスタートで、あそこのピッツェリアに行こう。
ただし1時間だけ。早く帰らなきゃいけない人もいるだろうからな。」
俺は海野とみさきの所へ行く。「海野さん、木佐さん、6時15分から1時間だけだけど、参加できるかな?」
海野は、「喜んで。部長、今日こそは、ゆっくり飲みましょう。」と言った。
みさきのほうは、「はい、一次会には参加させていただきます。」
と、丁寧に答えてくれた。
それからは残務処理だけだ。日報もまとめ、6時になったところで全員コンピューターを切る。週末は、原則出社しないで済みそうだ。会社のビル自体は開いているらしいが。
「完了を祝して、かんぱーい」「かんぱーい。」 みんなのグラスが軽く音を立てて当たる。
ここは近所のピッツェリアだ。1時間だけと言うことにして、先に席を取りに行った若手が、ピザとパスタをまとめて注文してあった。参加メンバーは結局7人だ。
俺と、海野と、みさき。それから課長と、メンバー3人、これらは全部男だ。つまり男5人と女性2人となった。
若手男子社員たちはみさきの周りに集まっている。
「木佐さんがいてくれて、本当に助かったよ。」
「やっぱり華やかなほうがいいもんな。」
若い男子社員からしたら、やはりみさきを彼女にしたいと思うんだろう。みさきは確か25歳位だったと思う。
外見は、10代といっても通るかもしれない。ただ、その見事な胸と、こっそり見せる妖艶な顔は、大人の女だ。ほとんどのやつは知らないと思うが。
さて、若者グループと離れた年寄りグループは、俺と課長、それから海野だ。
平均年齢オーバー36-か。
ちなみに、海野の方が課長より年上だ。
「部長、トラブルを収めちゃうのってさすがね。」海野が、他人事のように言う。
そのトラブル、お前が引き起こしたんだけどな。内心で言うが、口には出さない。
課長も苦笑いしている。海野はフリーダムだから、変に叱っても無駄だと思っているんだろう。
そう、こいつもメスザルだよ。しかも盛りがついてるから始末に悪い。
海野が、俺の腕をとって胸に押し付けてくる。おい、やめろ。気持ちいいじゃないか。俺は抵抗できなかった。
「ねぇ、部長、もし彼女がいないんだったら、私とお付き合いしません?」
酔った勢いで、こいつは何を言い出すんだ。いや、酔ってもいないだろうな。
「ありがたいお話だが、遠慮しておくよ。海野さんには、もっとふさわしい人がいると思うよ。」
「私にふさわしい男性って、かっこよくて頭が切れて、しかも優しい男性よ。それに1番近いのが、部長だと思うの。」
「それは、買いかぶりすぎだよ。でもありがとう。」一応お礼を言っておく
そういえば、占い師が言ってたな。逃げても追いかけてくるんだから、一度ちゃんと向き合ったほうがいいと。まぁ、あくまで向き合うという意味で、付き合うという意味では無いのだろうが。
課長が、呆れた目で見ている。
おい、俺は被害者だぞ。
そうこうしているうちに、約束の1時間はあっという間に過ぎた。
「今日のここは、俺と課長で払っておくから、みんなは気にしないでいいよ。」と言うと、若いメンバーは「やったー」と声を上げる。課長は渋い顔をしている。
まぁ、世帯持ちの課長に、あまり負担をかけるつもりはない。割り勘の自分の分位を払ってもらうつもりだ。
帰るらしいみさきが、挨拶にやってきた。
何か手に持ってるなどと眺めていたら、彼女はつまずいて、俺に抱き着いてしまった。俺は何とか受け止める。
「部長さんすいません、ありがとうございます。ちょっとつまずいてしまいました。今日はこれで失礼します。ごちそうさまでした。」
みさきは、そう言って帰って行った
、若手3人から、カラオケに行こうと誘われていたが、断ったようだ。若者よ、めげるな。
課長は、「私はこれで失礼します」と言って、さっと帰っていった。まぁ、連休前だし、あまり出費すると、奥さんに怒られるだろう。
連休の予定もあるのかもしれないしなぁ。
海野が言う。
「部長、今夜こそ、2人で飲みに行きましょう。」
俺も、海野と向き合ってみるか。
「あぁ、たまにはいいよ。
どこか静かなところで話をしよう。」
と言うと、海野は、
「任せて。良いところを知ってるの。」と言った。
海野についていくと、近くの小さなバーに入った。
カウンターではなく、丸テーブルの背の高い椅子に座る。
俺はギムレット、海野はカシスオレンジのカクテルを頼んだ。
「乾杯。」グラスが音を立てる。
「ねぇ、部長、さっきの木佐のやつ,わざとよ。
絶対わざとよ。自分の胸をアピールしてるのよ。あざとい女ね。」
「君だってボディータッチしてきて、同じことをしてるじゃないか。」
「私はいいのよ。大人だから。」
おい、なぜだ?意味がわからんぞ。
「私は、部長としてみたいだけよ。」
おいおい、ストレートだよ。
頼んだおつまみもやってきた。珍しい、いぶりがっことクリームチーズ、その上にブラックペッパーが載っている。
「これ、ここの名物つまみなのよ。」
海野の言葉に、手を伸ばしてみる。確かにおいしい。塩味はきついが、それも酒のお供にはちょうど良い。
次にマッカランのロックを頼んだ。あと、チェイサーも。
海野が椅子を近づけてきて、俺の左手を彼女の胸に当てる
「ねぇ、こんなにドキドキして」
わかんねえよ。厚着してるのか、それともパットが厚いんじやないか、と内心思うがさすがに口には出さない。
「ねえ部長さん、」
海野がまた迫ってくるので、俺は、トイレに立って逃れた。
戻ってきたら、マッカランとチェイサー、つまり水が来ていた。
ちょっと喉が乾いてきたので、チェイサーを一気に飲む。
「朝まで一緒にいましょうよ。」
また、海野は同じことを言う。こいつと向き合っても、俺とやりたいだけみたいだ。
こんなビッチで童貞を卒業してやるつもりは毛頭ない。
適当に切り上げようと思ったが、急に、目の前が揺れる。頭がクラクラしてきた
「やっと効いてきたわね。朝まで一緒にいましょうね。」
一服盛られたのか?すぐに、目の前が暗転し、俺は意識を失った。
…気がついたら朝で、俺はパンツ1枚で、知らないベッドにいた。
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