第13話 社長の呼び出し
俺は,数分間、心を落ち着かせてから席に戻った。
「あれ,部長。顔がちょっと赤いですよ。熱があるかもしれませんね。」
そう言って、この問題を間接的に引き起こした張本人でもある契約社員の海野が、何やら嬉しそうに俺の額に手を当てようとしてくる。
(ええい、お前のミスのせいだ!)と内心思うが口には出さない。
俺は、ラノベの英雄のような反射神経で、無意識的に海野の手を振り払ってしまった。
「無闇に触らないでくれ,セクハラだぞ、」
と俺は言った。
「え、セクハラって、おじさんに言うもんですよ?」
海野が不思議そうに言う。
(いや,女だって、セクハラの加害者になりうるんだよ。 特にお前はな!)と俺は内心毒付いたが,口には出さない。
「おばさんも、セクハラの加害者になりますよ」
たまたま通りがかった営業の司くんがそう言った。
おお!サルの癖にナイス!
「誰がおばさんよ!」
海野が食って掛かる。
「おばさんをおばさんと言って、何が悪いんですか?」
と、若い司くんは言い放つ。
「何よ、この童貞クソガキ!」海野が怒り狂う。
さすがに放置できない。
「二人とも、その辺にしておこうか。事実であろうがなかろうが、相手が気を悪くするような言葉は、できれば職場では控えてくれ。」
ちなみに、俺だって「クソ童貞」と言われたら傷つくからな。
二人は不服そうに黙った。
…俺は部長だが、幼稚園の先生でも、動物園の職員でもないぞ。
…でも猿回しか?
自分で自分に突っ込む俺だった。
海野がやらかした事件の状況把握をしているうちに、 2時過ぎになった。
鳴る電話を取ったみさきから、「部長、社長が3時に来てくださいとおっしゃってますが、お時間大丈夫ですか?スケジュールでは空いているようですが。」
と聞いてきた。
「ああ、大丈夫だよ、じゃあ3時に、社長室へ行けばいいのかな?資料がいるなら大至急用意するけど。」というと、
みさきが確認して、電話を切る。
「3時ちょっと前に、社長室へ来てくださいとの事でした。資料は特に必要ないそうです。」
「わかった。ありがとう。」
俺は答える。
みさきの電話応対は安心できる。
これが海野だと、余計なトラブルを起こすことが多いのだ。場所を間違えたり、時間を間違えたり、相手を間違えたこともあったらしいな。
ほかの課の課長がこぼしていた。海野の取った電話の伝言が、まったく違った内容だったとか。
海野に確認すると、「ほかの課の業務を知らないんだから、仕方ないでしょ?」とか言っていた。時間の確認って、業務を知っていることと関係あるのか?
閑話休題(それはさておき)。。
社長から直々の呼び出しっていうのは初めてのことだ。
どんな用件だろう。他には誰が呼ばれているのかな?
疑問は尽きないが、どうせあと1時間足らずの話だ。俺は業務を続け、2時50分になったところで、一息ついた。上着を着て、ネクタイを整え、社長室へ出向いた。
5分前だ。まぁちょうどいいだろう。
秘書さんが、にこやかに出迎えてくれて、社長室のドアをノックす
「社長、田中部長がいらっしゃいました。」
と伝えると、
「おお、入れてくれ。」
そう言ってきた。 社長は上機嫌のようだ。
俺は中に入る。
「田中くん、日本茶とコーヒーと冷たいジュースとかどれがいいかい?」
「ありがとうございます。では冷たいお茶をお願いします。」
俺は、秘書さんに負担がかからないと思われる冷たいお茶を頼む。
ペットボトルのままか、コップに注ぐにしてもそれだけで済むからな。
「私にはホットコーヒーな。」社長が言う。
秘書さんは一礼して部屋を出て行った。
どうやら、呼ばれたのは俺一人のようだ。
「まぁ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。田中くん、そこに座ってくれ。」
社長がそう言って、俺にソファーを勧めてくれた。
お言葉に甘えて、俺は3人掛けのソファーの真ん中に座る。
社長が切り出す。
「今年のゴールデンウィークは晴れそうでよかったなぁ。」
「そうですね。」
俺は答える。
「まぁ私は大した予定がないので、雨が降ってもそれほど問題は無いのですが。」
そう言ってちょっと苦笑する。
家族持ちの人たちとかは、お盆とかゴールデンウィークに家族を連れて旅行へ行ったり、帰省したりするが、気楽な独身の俺は、別に行かなければいけないと言う事は無い。
もともとがインドア派だし、遠出をしても混んでるところにはあまり行きたくない。
必然的に、ゴールデンウィークは家か家の近所で過ごすことになる。
秘書さんが、コーヒーと冷たいお茶のグラスを持ってきてまた下がった
社長が俺に言う。
「別に、そんな肩肘張らないでいいぞ。今日は、仕事の話じゃない。」
「とおっしゃいますと、何でしょう?」
逆に警戒が必要かな?
「田中くん、今度の3連休の中日の28日は空いているかい? 私の家に遊びに来ないか?」
予想外のことを聞かれて、俺はびっくりした。
まあ、これは社長命令と同じだ。もし用事があったとしても、こちらを優先しないと首がかかる。
「ええ、大丈夫です。」俺は答えるしかない。
「おお、それはよかった。田中君とは一度、ゆっくり話をしたかったんだ。君はゴルフもしないみたいだし、なかなか機会がないからな。」
まさか、ゴルフの誘いを断っていることが、こんな事態を呼ぶとは思ってもみなかった。
「まあ、昼飯でも食いに来てくれ。そのあとゆっくり話を聞かせてもらいたいな。」
社長は聞かせてもらいたいかもしれないが、俺は迷惑だ。
だが、それを顔に出さないように努めた。
ふと気づく。
ここで日頃の不満をぶちまけるのもいいかもな。
辞表も持って行ってもいいかもしれない。出す出さないはその時の出たとこ勝負でいいだろう。
そう思うと、俺は何だか楽しくなってきた。
ボロカス言って、怒った社長に直接辞表を突きつける。
どんな顔をするだろう。
なんだか楽しみになってきた。
「ええ、是非いろいろお話できればと思います。」
俺も上機嫌で答えた。
今年のゴールデンウィークは楽しみができた。
社長の家に行く前に、白平から話もちゃんと聞けそうだしな。
辞表はさておき、文句は言えるだろう。
白平のところが嫌でも、カワダッシュもあるしな。
俺はそんなことを考えていた。
あとは 適当な世間話で終わる。
社長室を出て、俺はちょっと浮かれ気分になった。
女難の相のことは、あまり心に留めていなかった。
まあ、せいぜい海野にからまれるくらいだろう。
みさきとの事件は、むしろご褒美だ。
童貞君には、あれだけで飯が三倍食える(隠喩)。
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