第12話 会議のあとの大事件
俺は、帰りのタクシーで、今日のことを思い返していた。思いがけない和香との再会。
そして、彼女が、離婚したことを知る。しかも、子供がいての出戻りだ。
そんな彼女から、突然、会社を辞めるなら自分の会社,カワダッシュへ来ないかと言われた。
彼女の息子が、会社を継ぐと言うことも聞いた。
ただ、途中のワンポイントの経営者も必要だろうと。
そして最後に、何だかよくわからないけど、昔何かをしたらよかったのかとか言っていた。
ほろ酔い気分でもあり、頭がぐちゃぐちゃになってきた。これも、転職の悩みだな
和香の言うことを聞いて、転職したら、それで悩みは解決するんだろうか。
もとも、転職を考えたのは、白平から言われていろいろ考えるうちに、自分の会社の状況に怒りを覚えたからだ。
その怒りを、転職と言う格好で収めれば済むのだろうか。
転職は本当に問題を解決するのだろうか。もし次の会社が実は同じように搾取する所だったらどうしたらいいんだ? ほかの大きな問題があTったら?
和香に頼まれた転職だと、簡単には辞められないしな。
俺は、どうしたらいいんだろうか?
とりとめもなく考えているうちに、いつの間にかタクシーはマンションに着いた。酔いもさめてしまった。
部屋へ戻り、シャワーを浴びてくつろいでいると、メッセージが入ってきた。もう夜10時なのに
佐藤彼方さんか?一瞬期待したが、それは白平だった。
「今週は、平日に弊社にいらっしゃることはできませんか?」
今週うと言ったってもう3日しかない。
俺は答える。
「今週は立て込んでいて、平日に行くことができません。お話を聞きたいのは山々なのですが。」
と返事をすると、白平から
「それは残念です。では、連休の初日土曜日はいかがですか?」
まぁ3連休だし、予定は3日目しかない。土曜日なら大丈夫だ。
「大丈夫です。じゃあ今度は10時ぐらいに伺えば良いですか?」
「そうですね。まだ伝えていない、当社のもう一つの大きな業務について、お伝えしなければなりません。時間がかかったり、心の整理が必要だと思いますので、10時から、夕方まで予定をいただいた方が良いと思っております。お渡しするものもあります。」
なんだか物々しい。株式会社童貞のもう一つの業務とはなんだろう?気になる。
それを聞いてからでなければ、株式会社童貞に転職を決められないと言うことなのだろうか?
俺は土曜日に行くことを約束し、スマホを置こうとして気づく。
よく見ると、LINEが入っていた。
普段はあまりLINEを見ないので、気づいていなかったが、どうやら帰宅するタクシーに乗っている頃に来ていたようだ。
「今夜もお仕事ですか?それとも摂待?私のほうは、今自宅に着いたところです。
あまりご無理をなさらないように。おやすみなさい。」
どうやら、俺がまだ帰っていないとわかったらしく、何をほっつき歩いてるのかと思われたらしい。
まぁ、ほっつき歩いていた事は確かなんだ。なんか行動を見張られているようで、ちょっと怖い。もう遅いが、一応返事を出すことにした。
「今夜は仕事上の取引先に接待されていました。寿司はおいしかったけど、悩みが増えました。おやすみなさい。」
そう書いて、その後田中と言う文字がベッドで寝ているシュールな柄のスタンプを送った。
すぐに返事が返ってきた。
「お互い悩みが多い年頃ですね。乗り越えましょう。おやすみなさい。」
そして、妙なキャラクターがお休みと言っているスタンプが送られてきた。
年頃ね。俺は40だけど、佐藤さんも同じくらいかな。まぁ、悩みが尽きないのは何歳になって同じことさ。
特にモテない童貞なんて悩みと煩悩の塊だ。
若い頃なら、たとえば、好きな女性がほかの男とくっついたりしたら、傷心と怒りのあまり壁を殴っていたのかもしれない。
ただ、今はそれをやると近所迷惑だからやらない。
特に今は壁の向こうは佐藤さんの部屋だ。ドンドンと叩いて、何かと思って来てしまうかもしれない。
俺は、頭の中で、専務の顔が貼ってあるサンドバッグを殴ることにした。なかなか気持ちが良いなこれ。今後のストレス解消は、これにしようかな?
水曜日は部内会議だ。システム一部の課長以上と、議題のあるメンバーが参加する。
俺が、1番大切にしている時間でもある。
各課から、問題になっている項目を洗い出して報告させる。
既存システムのバグの報告だったり、顧客からのクレーム対応、など
それらを一つ一つ検討して対応方法の是非を確認する。原則、バグやクレームは課長レベルで対処し、会議で報告することになっている。別の俺の指示がなくても対処を先にするのだ。顧客のためにはそのほうがいい。
間違っていれば訂正すればいい。拙速でもいいのだ。
最後はお楽しみの、改善要望依頼の洗い出しだ。
もちろん、『さわやか業務システム』にしても、完璧ではない。
問題もあるし、限界もある。
ただ、使ってくれているユーザの声は、真摯に受け止めて、対応を考える必要がある。
機能拡張や改善要望をどうするか。
外部ベンダーのシステムとのつなぎ込みをどこまで認めるか。
うちは比較的小さい会社なので、外部ベンダーにつなぎ込むとなれば、向こうの仕様を丸々受け入れなければならない。
そうすると、データ1つにしたって、単純に順番だけ変えて、ただ受け渡せば良いと言う形ではなくなってしまうのだ。
もともと、猿でもわかるようなシステムを作っただけなので、生産管理システムや、会計処理リアルタイムシステム等とのつなぎ込みは全く想定していなかった。
そう言う機能は,『さわやか業務システム』にはいらない,少なくとも俺が関わるうちは。
ふと、会社を辞めたらこの『さわなか業務システム』はどうなってしまうだろう,という考えが頭をよぎった。
会議の後,一課の土佐君が俺のところに来た。
連休前に納品予定の案件が,海野のミスで遅れている。
金曜日に,派遣の木佐さんにも来てもらってほしい,と言うのだ。彼女は週2日,月水のみの契約だ。
俺は,ちょっと悩んだが,とにかく時間がない。
とりあえず会議室を取り、土佐君と木佐さんを呼んだ。
「木佐さん,お願いなんだけど、今度の金曜日、なんとか出社してもらうことはできないかな?契約があることはわかってるんだけど,業務に必要なんだ。」
俺はそう云って、後は土佐くんに詳細を説明させる。
彼女は少し考えていたが、
「ちょっと待ってください,」と言ってスマホをいじった。
すぐに回答があったようだ。
木佐さんが答える。
「えっと,一応大丈夫です。
ただ、契約関係の話があるので,部長さんだけに確認したいんですが。」
まあ、給料がらみは他の社員には聞かれたくないだろうからな。
俺は頷いて,「土佐くん、戻っていいよ。」
そう言って彼を下がらせた。
「契約の出勤の給料は、割り増しで出すよ。」
俺が言うと,彼女は答える。
「その話じゃなくて,この前の御礼のことです。」
「御礼?ああ、海野とのトラブルの時の?いや、あれは部長としての仕事だから,気にしないでいいよ。」
と言っておく。
「そうもいかないんですよ。私の気持ちもありますし。」彼女はそう言うと、机を回り込んで俺の横にくる。
俺は座ったままなので,彼女の大きな胸が目の前に来る。ちょっとドギマギしてしまう。
彼女はブラウス姿だ。ジャケットは席にかけてある。
「部長,肩の力を抜いて,ちょっと目をつぶってもらえますか?」
俺は訳がわからないまま,彼女の言葉に従った。
「こうかい?」
俺が言ったその瞬間、俺の顔に、柔らかいものか押し付けられる。
気持ちいい。そして,とてもいい匂いかする。
どうやら俺の後頭部に手をあてて、彼女の胸に引き寄せたようだ。
俺の心臓が早鐘を打つ。意識が飛びそうだ。
なんという快感だろう。
俺は、まぎれもなく、ブラウス越しとは言え、木佐さんの豊かな胸に顔を埋めている。いや埋められている
一瞬のような,永遠のような時間が過ぎる。
実際のところは十数秒くらいなのだろう。
彼女は俺から離れると言う。
「はい、お礼です。気に入ってもらえましたか?」」
彼女の言葉に,俺は呆然としながらも首を縦に振る。
「気に入ってもらえて良かった。これからは、二人きりのときは、『みさき』って呼んでくださいね。約束ですよ。では、お先に失礼します。派遣会社には連絡しておきますから。」
木佐さん、いやみさきは悪戯っぽく笑い,人差し指を立てて自分の唇に当て,「さっきのは内緒ね!、とウインクしてから,ジャケットを羽織り、何食わぬ顔で出て行った。
うーん。やはり、女性は恐いかもしれないな。
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