第11話 カワダッシュの誘い
おごられるのはありがたいが、将来、俺がより高い店で接待なんかできないことに気づいた。
商談成立したら、うちの接待について、営業と相談しよう。
俺は和香にメールする。
「商談がどうなろうと、おごつてもらっちゃってもいいかい?」
これは彼女に確認する。
「いいのよ。どうせ未公開会社なんだから、あんまり儲けても、その分税金を払うくらいなら,交際費を使った方がいいのよ。それに、私も,それなりに偉いのよ。」
名刺をよく見ると取締役IT担当,と書いてある。
それで苗字も川田だから、まあ誰が見ても一族の人だ。
なら、ご馳走になっても大丈夫だな。
俺は、和香の指定する寿司屋に向かった。
その店は、住宅」街の外れにある小さい店だった。
「寿司 かわ田」 とある。
入ってみると,奥の席に、和香が一人で座っている。
それ以外の客はいなかtった。
「お待たせ。」
俺が言うと、
「そんなに待ってないわ」
と彼女がいう。
「じゃあ、始めて。」
和香がそう言うと,カウンターの中の男性が席までやってきた。
え!なぜに寿司屋の大将が?
そう思った刹那。その男性が頭を下げてきた。
「川田です。娘がお世話になつております。本日はご来店ありがとうございます。」
「あ、こちらこそ。田中と申します。ここは、和香さんのご実家でしたか。
大学時代の友人です。」
ここは和香の実家だったのか
和香が言う。
「今日の予約は入ってないから、気にしないでいいわよ。もし他のお客さんが来たら、場合によっては私も運ぶのを手伝うかもしれないけど。」
なるほど。
「今、母がちょっと出かけてるので、そうするだけよ。普通は、父と母が2人でやってるの。
なるほど。典型的な家族経営の飲食店だな
「まぁ、ここは、川田社長の接待専用の寿司屋みたいなものだから、あまり気にしないでいいわよ。」
「はぁ」
と俺は答えた。
「川田社長は、うちの父の弟、つまり叔父なのよ。」
「なるほど。叔父さんが社長なのか。」
「私は、離婚して出戻ってきたんだけど、叔父さんが人手不足で困っていたから、IT関係を手伝うことにしたの。一応理系だしね。」
俺と和香は、大学で同じ学部だ。男が多い中で、女性は目立っていたが、彼女は特に気にせずふるまっていた。
俺も、下手に口説いたりしなかった。それがよかったんだろう。ゆるく友人付き合いをしていたのだ。(
もちろん、男女の付き合いなんかじゃない。。自分で言っていて寂しいけど。
「離婚したんだね。知らなかった。」
俺が言うと、
「えーそうよ。まぁ理由は、よくある話で、旦那の浮気。愛されてると思ったのに、子供ができたら、いつの間にかそうなっちゃった。
特に知り合いにも連絡してないから、今知らなくても仕方ないよ。」
「誰にも連絡してないの?」「
俺が驚いて聞くと、
「そうね。研究室だって、先生がもう定年で退職しちゃったから、伝えてないんだよ。今は、違う若手の教授がやってるけど、もう全然別の組織だし、特に付き合いもないのよね。
年賀状のやりとりしている高校の友達は一応知ってるはずだけど、特に吹聴するつもりはなかったし。」
和香はちょっと寂しそうに笑った。
「結婚して、子供ができたので、ちょっとしたら退職しちゃったのよ。子育ては楽しかったけど、結婚生活は続かなかった。」
とりあえず口ははさまない。
「子供ができたら、簡単に職場で浮気されちゃった。」
彼女はそういった寂しく笑う。
この話を、彼女のお父さんは、どんな気持ちで聞いているのだろうか?
俺はちょっと父親がかわいそうになった。
一人娘のこんな話、もし俺に娘がいたら、絶対聞きたくないもんな。
俺は話題を変える。
「今日の、俺のプレゼンはどうだった?好き勝手なこと言ったから、面食らっていただろうけど。」
「それがよかったのかしらね。叔父さん、すごく感動してたわ。
叔父さんから、あなたを誘って、寿司をおごれって言われた。
「そうなんだ。それは良かった。」
俺は返事する。
「あの時言ってたでしょう?今の会社辞めるかもしれないの?」
「。いろいろ思うところがあって、それに声もかかっているので、どうしようかなと思ってるんだ。」
これは正直な話だ。社名さえ言わなければ、特に問題は無いだろう。
「そうなの。ねぇ。それなら、その会社じゃなくて、カワダッシュに来ることを考えてみない?私と一緒に、IT担当やってよ。あなたが上司でいいわ。」」
思いがけない話だった。
「なんで突然、そんなことを?」
「だって、この会社、ITわかる人なんかほとんどいないのよ。イベント設営なんてITじゃなくて、もともと大工仕事みたいなもんだから。」
まあ言われてみればそうだな。
「でも、ピークのときには、同時に現場が7つ8つも立つから:
管理職だって管理しきれないのよ。だからシステムに入れようと言う話をしていたんだけど、システムそのものが難しいと、結局誰も使えないのよね。」
うん。よく知っている・。うちのシステムを淹れる人たちは大なり小なり
その点、もしあなたが入ってくれて、『さわやか管理』を入れたら、使い方は全部あなたが教えてくれるでしょう。」
「それは、そうだな。」
「それに、保守点検コストがかなり削減できる。だからその分はあなたの給与を上乗せしてもいいよ。
そしたら年収はかなり増えると思うよ。」
この理屈もよくわかる。
「だから、うちの会社に来て、猿回しも親玉になってくれ、というわけだな。」
俺はちょっと皮肉っぽく言う。
「特典として、いつでもお寿司屋でお寿司食べ放題よ。」
和香が笑う。
「食べ放題は魅力的だな。」
俺はちょっと冗談っぽく言った。
「ぜひ考えてみてよ。給料とか、希望があったら言ってちょうだい。」
俺はうなずいた。そしてつけ加える。
「いや、まだやめるかどうかすら決めてないので、突然言われても、条件とかそういう話じゃないんだよ。」
「まぁそれはそうね、どうせゴールデンウィークだし、自分を見つめ直す機会もあるでしょう。ゆっくり考えてみたよ。」
「うん、そうさせてもらう。」
その後は、学生時代などのたわいない話になった
2人で、刺身や色々な小鉢をつつき、最後は握り寿司を食べる。
「とてもおいしかったなぁ。こんな住宅街に、これほどおいしいお寿司屋さんがあると思わなかった。」
俺は正直な感想を言った。
「そうでしょう。でもね、ここも、父の代で終わりよね。
一人っ子の私は継がないからね。」
後継者問題は大きいよな。少子化が進むと特にな。
少子化に貢献してしまいる俺が言っていいのかわかrないが。
「寿司屋をいつやめるのかは決まってないけど、将来も明るいわけじゃない。
それにね。大きな声は言えないけど、叔父さんのところからの交際費が売り上げの半分を占めているのよ。関連会社みたいなものよね。」
と言ってから、寂しそうに笑う。
「ここも、あと5年位かもしれないの。父は65歳だしね。70になったら、もう引退して、旅行でも行こうかなと言う話をしてるのよ。」
「誰か雇って継いでもらうことはできないの?」
俺は聞いてみる。
「だって、お店の権利とかあるじゃない? 若い板前さんには買うお金なんて無い。
大体、ここは住居を兼ねてるから、お店だけ売ることもできないの。
看板を下ろしたら、ただそれだけ。そのまま家を置いておくだけね。」
シリアスな話だ。俺は何も口を出せない。
「それにね。私に息子はいるけど、叔父さんには子供はいない。だから、叔父さんは、私の息子を、会社の跡継ぎにしようと思ってる。
今、息子は6年生で、中学受験なんだけど、私立の学校を受験するの。
離婚した旦那は、ろくに養育費もも送ってこないんだけど、叔父さんが払ってくれてるの。
いい学校に行っておくと、将来の交友関係ができて、未来で絶対役に立つからだって。」
俺は口をはさむ。
「その話はわかるな。慶応なんかもそうだし、明大中野の友達と言うのも聞いたことがある。青山学院なんかは、芸能人が多いから、そういうつながりもあるんだってね。」
「そうそう、そういうことよ。うちの息子が、本当にカワダッシュを継げるのか。どうかは、まだもちろんわからないけど、おじさんはそれを期待してくれているわ。そうじゃないと、あの会社も売るか、あるいはなくなってしまうからね。」
事業承継の跡取りがいないから、会社を売却すると言う話はよく聞く。まぁそれでうまくいく場合もあるだろうけど、うまくいかなかったときには、売った経営者はすぐに後悔するらしい。
「叔父さんも、もう60だから、うちの息子が継ぐまでには、ワンポイントリリーフが必要だと思うけどね。」
「それを、君がやるのかい?」
俺が何気なく聞くと、
「なかなか私じゃしんどいのよ。女だし。」と答えてきた。
「イベントの設営とかだから、力仕事が多いの。経理とかならいいけど、中小企業だから、人手が足らなかったら、社長だって現場に立って、ものを運んだり、トンカチを振ったりしてるの。
頭を使だけじゃなく、体力も使うのよ。私にはかなり難しいわ。」
「へえ、いろいろ大変だなぁ。」
俺は他人事だから、適当に答えた。
寿司はおいしいし、お酒も良い日本酒を出してくれたので、とてもいい感じでほろ酔い気分になった。
和香が、タクシー券をくれる。
「今日は楽しかったわ。付き合ってくれてありがとうね。」
和香が言う。
「こちらこそ、ごちそうさまでした。社長によろしくお伝えください。」
と言うと、
「彼は報告を首を長くして待ってると思うわ」と和香は答えた。
そんなもんかね。これは
お父さんも出てきた。
「本日ありがとうございました。これから娘をよろしくお願いいたします。」
そう言って、頭を下げてくる。
「突然、娘をよろしくとか言われても、田中さんが困っちゃうじゃない、」
とか父親の言葉に和香は突っ込んでいた。
俺は、イエスもノーも言えないので、ただ苦笑していた。
なんて、ほとんど使ったことがないので、どうも使い方がよくわかっていない。
タクシーを拾うため、表通りまで、和香と二人で歩く。
タクシー券には制限があるらしい。そこは和香にお任せだ。
大通りの手前で和香が言う。
「田中くん。こんなことを今更言っても仕方ないけど、プロオーズされたときにに、田中君に相談してたら、違う人生だったのかな。」
今更言われても答えようがない。
タクシーがやってきた。
俺が乗り込もうとしたとき、耳元wで和香がささやいた。
「あの時に、あなたとしてたら良かったな。」
俺がえ?と聞きなおそうとすると、和香は俺の背中を押して、タクシーに押し込んだ。
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