第7話 月曜からいろいろ
翌朝起きてみると、仕事の携帯に何か入っているのに気づいた。
どうやらSMSだ。
週末から仕事があったか…と思いながら、携帯をつけて見てみると、仕事の話ではなく、佐藤彼方さんからのSMSだった。
「佐藤です。先ほどはありがとうございました。こちらが私用の携帯番号になります。ご連絡はこちらでお願いします。おやすみなさい。」
昨夜、あの後送ってきたらしい。
そう言えば、プライベートの携帯番号を教えてなかったな。俺は、自分のプライベート携帯を取り出し、彼女に返事を送った。
「おはようございます。田中です。こちらが個人の携帯です。何かあればご連絡ください。
御加減はいかがですか?」
まだ7時だからちょっと早すぎたかなと思いつつ、まぁいいか、俺ももうすぐ出るし。と思い直し、気にしないことにした。
ほどなく返事が返ってきた。「おはようございます。足はだいぶ良くなりました。一応これからお医者さんに行ってきます。」
「お大事に。」とだけ打って、俺は仕事に出かけた。
月曜日は午前中ずっと会議だ。本当に無駄だと思いながら大本営発表を聞き続ける。
まぁ、自分の発表にしても、数字を読み上げるだけで何のディスカッションもないのだが。
座っているだけでも苦痛だが、眠るわけにもいかない。同じような会議の連続という拷問を何とか乗り切って、自分の部へ向かう。もう昼前だ。
フロアに戻り、自分の席に向かおうとすると、何やら女性の金切り声が聞こえる。見ると、うちの部の契約社員の海野美羽が、週に二日来てくれている派遣社員の木佐みさきさんにどなっている。
「何でこうするのよ。ああしろって私が言ったじゃない!」と海野が叫ぶ。
「いえ、違います。海野さんは、こうしろって言いました。例まで挙げてましたよ。」
と、冷静に木佐さんが反論する。木佐さんは155センチくらで、背は低めだが、胸は大きい。ショートVボブの茶髪で、ちょっと小動物のようだ。
「私の言うことに逆らうの?派遣社員の癖に!」
(おいおい、お前も契約社員だろう)と心の中で突っ込むと、俺は声を掛けた。
「はい、そこまでだよ。」俺は言う。
「言った言わないの議論は、平行線で水掛け論だからな。 そんな無駄な時間を使うくらいなら、やり直したほうが効率がいいよ。 まあ、その前に昼飯にしよう。「
海野が「はい、行きます!と元気よく手を上げて返事する。
(おい、小学生じゃないだから。本当ならお前にそれくらいの子供が居てもおかしくない年齢だよな!)と内心思ったが、絶対口には出せない。 天に唾するのと同じだからだ。
彼女と二人きりは避けたいので、俺は課長時代からの部下で、30前の若手、土佐主任を道連れにする。
海野の提案で、近所のパスタハウスに行った。ここはパスタにサラダ、飲み物がついて980円から1200円くらいだ。 現代の世の中ではまあリーズナブルと言えるだろう。
海野は明太子スパ、土佐はミートソースの大盛り、俺はカルボナーラにした。
話題に困っり、俺は本当は言ってはいけない言葉を口にした。
「二人とも、最近どうだい?」
何だ、このしょうもないセリフは?自分で嫌になる。
「特に変わったことはありませんね。」海野がいう。 嘘つけ。前の不倫相手が責任追及されて飛ばされたじゃないか。 まあ、そんなことは絶対に言えないが。
「うーん、新年度になって多少引き合いが増えてきましたね。予算が出来たからですかね。」
土佐は仕事の話をする。
「ああ、それは何となくわかっているよ。プライベートではどうだい?」
一応振ってみる。これは海野に対しては言えないだろうが。
「そうですね。もうすぐサバゲ―の大会があるので、チームで練習してますね。」
彼はいう。
「土佐君、鯖芸って何だい? 魚の真似をする大会じゃないよな。」
俺は素で聞く。
「やだな部長。サバイバルゲームですよ。 山とかで、木や障害物に隠れたりしながらペイント弾を撃ち合うんです。ストレス解消になりますよ。」
土佐は嬉しそうに答えた。
「何かむさくるしそうね。」海野がいう。
「え、最近サバゲ―女子っていうのも増えているんですよ。 まあ、若い女性だけかもしれないですけどね。」
「あんた、何言ってるの!」いきなり海野が怒りだす。
そこへ、タイミングよくパスタが運ばれてきた。 三人とも無言でつつく。ちょっと気まずい。
食後のアイスティーを飲みながら、海野が俺に聞いてくる。
「部長、彼女はいるんですか?独身生活は寂しいでしょう?」
俺はいう。
「そういうのはノーコメントだよ。無理にプライバシーを詮索するのはダメだよ。自分からいうのはいいけど、他人のを掘り下げるのは無しね。」
「部長だってさっき、最近どう?って聞いたじゃないですかあ。」海野が鼻にかかった声でいう。
「いや、別に無理に答える必要はなかったんだよ。君みたいな答えが模範解答さ。」
俺は受け流す。
「もしかしてマンションで同棲してるんですか?」
海野がたたみかけてくる。面倒だな。
「いや、一人暮らしだよ。」これくらいはいいだろう。
「そうなんですね。じゃあ今度ごはん作りに行ってあげましょうか?」海野がいう。
「いや、僕は間に合ってるよ。それなら、外食かカップ麺ばかりの土佐くんに何か作ってあげたら?」 俺ははぐらかす。
「えー、ガキんちょの子守はイヤです。」海野がいう。おい、それは墓穴だぞ。俺は思う。
「俺だって、腐りかけのババアは願下げだ。」土佐は、小さい声で言った。
海野は怒った顔をするが、何も言わなかった。叫ぶとババアであると言われたのに怒ったということになるからだろう。
そんなこんなでプチ波乱の昼飯がやっと済んだ。昼は休憩時間のはずなのに、余計に疲れてしまった。
ちなみに、昼食代は割り勘だ。
いちいち奢っていたらキリがないし、不平等になってしまうからな。ついでに海野とは貸し借りは作りたくない。
貸し借りを作ったら、返すとか返せとか言いながら、色々やらかしそうだからな。
君子危うきに近寄らずだ。
ビルに戻る前に、コンビニに寄ると言って土佐は離れた。
「部長、今夜飲みにいきましょうよ。」
海野が誘ってくる。
「いや、遠慮しておくよ。むしろ土佐君を誘ったら?」
俺は部下を人身御供にしようとした。
「えー、あんなイカ臭い童貞野郎は願い下げです。大人の魅力のある、部長さんと行きたいわあ。」
おいおい、彼が童貞だとしても(たぶん童貞だが)、イカ臭いはないだろう。
そういわれると、童貞だって多分傷つくぞ。
俺だって言われたくないし。
(こういうのを地雷女と言うのかな。)俺はふと思った。
踏んだら爆発する。周囲までもらい事故だ。 ああ怖い。
俺たちは部に戻る。海野は化粧室に行った。たぶん顔の修理工事で時間がかかるだろう。
席に戻ると、木佐さんが近づいてきた。
「先ほどはありがとうございました。」頭を下げる。
「いや、気にしなくていいよ。それより彼女が悪かったね。あまり反論すると、君田正しくても勝手に逆上するから、適当に受け流したほうがいいよ。二度手間は申し訳なかったね。」
「いえ、もうやり直しましたから。」彼女は言う。
有能だなあ。派遣社員で週に二日しか来てくれないのが惜しい。
「そのうちお礼させてください。」
彼女は小声で言ってすぐに離れた。
まあ、派遣社員にお礼されるようなことはしていないが。
三時頃、営業五部の佐巻部長がやってきた。この部は,俺が開発したさわやか業務システムの販売をメーンにする、言ってみればうちの部のお得意さんだ。
「田中部長、折り入って緊急のお願いがあるんだが。」
」またですか。」
俺はゲンナリした。彼からの話は、いつも緊急で重要と彼が言うだけのものが多いからだ。
「明日の午後、同伴お願いしたいんだ。他社と競合してるんだけど、ウチが自社システムだと言うことを説明したら、開発者に話を聞きたいと言われてしまったんだ。
相手は社長さんと、IT担当だ。」
なるほど。
「中小企業の社長さんだから、決断は早いよ。君の、このプロダクの開発への思いを語ってくれればいいんだ。
急な話で申し訳ないんだが、明日の2時に、先方へ行って欲しいんだ。もちろん、私も同行する。ぜひお願いしたいんだがどうかな?」
こういうのは、お願いではなくて、実は命令だ。よっぽどのことがない限り、断ることはできない。まぁうちの場合だと、社長への報告以外であればすっ飛ばせという感じだと思う。
ちなみに、他社に聞くと、社長への報告何かより客先へ行ってこいというのが結構あるらしい。この辺は企業文化なのかな。うちの会社は、上を見るヒラメばっかりだとかよく言われるけど、まぁそんなもんかかも
「了解しました。現地集合ですか?」
と聞くと、佐巻部長は、
「いや、1時半にここを出て、3人でタクシーで行きましょう。」
との事だった。営業担当は若手の司(つかさ)正勝君だ。ちょっと頼りなさそうだ。だからこそ部長がケアしているんだろう。その意味、彼は上司としては悪くないかもし
まぁ、巻き込まれるこっちとしては、えらい迷惑ではあるんだが。
そうだ、どうせ辞める会社だったら、こういうところで本音をぶつけてみよう。
俺はちょっとほくそ笑んだ。
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