第6話 アクシデント



翌朝は、爽快な目覚めだった。

ちなみに、夢精も自〇もしていない(ほっとけ)。


シャワーを浴び、ちょっとゆっくりしてから、俺はまたじっくりとコーヒーを焙煎する。

豆の香りが部屋に充満する。俺はこのひとときを何より大切にしている。



手回しミルで、豆を今日は粗目にひいた。


ネルドリップを使い、以前、出張で欧州に行ったときにアムステルダムのスキポール空港で買った大きなマグカップでコーヒーをたっぷりと入れる。通常の二杯分くらいはありそうだ。


こんな朝は、ミルクをたっぷり入れた。カフェオレの方が良い。俺は、ミルクを温めて、コーヒーカップに入れた。



今日の朝食は、パンとソーセージだ。ちょっと野菜が足らないかなと思い、冷凍庫からミックスベジタブルとブロッコリーを出して解凍する。


これで栄養バランスも良いだろう。


ちなみに、俺は結構自炊をするほうだと思う。料理はソフトウェアのプログラミングと似ている。段取りよくやらないと大変な結果を生む。


まあ付き合いで飲みに行くこともあるし、毎日とまではいかないが、週に2-3回は自宅で夕食を食べている。朝食は毎日だ。3


俺はじっくりとブランチを楽しみ、食器を片付けてもう1杯コーヒーを淹れる。まぁ今回は、さっきのネルドリップでもう一回淹れるだけだが。


俺はコーヒーを片手に、昨日買ってきた本をパラパラとめくっていく。知っているもの、全く知らないもの、忘れていたものなど様々だ。


1日で全部読めるわけは無い。

今日はクラウド、サーバーとデータベースの復讐に充てる。


場合によっては、この辺の検定を受けるのも悪くないかな。俺はそんなことを考えながら、午後を過ごした。


夕方になり、俺は買い物に出ることにした。少し早いが、ついでに夕食も食べてしまおう。よく行く近所の定食屋で、焼魚定食を食べ、ビールを1本飲む。


その後、高級スーパーで、野菜やパンなどを少し補充する。まぁ、一人暮らしなので、自炊しているにしてもそれほどたくさん買い込む必要は無い。冷凍食品もあるし。


もう薄暗くなっている。俺は、マンションの入り口に近づく。前のほうに、携帯で何か喋りながら歩いている女性がいる。


あの姿には見覚えがある。隣の佐藤さんだな。

声をかけようか、と思ったところで、「キャッ」と言う声が聞こえた。


見ると、彼女が倒れている。

俺は急いで、彼女の元へ行く。どうやら、ハイヒールで、足を踏み外して倒れてしまったようだ。


電話に気をとられていて、段差でつまずいてしまったんだろう。


「大丈夫ですか?」俺は声をかける。


「あ、田中さん、大…痛!」痛っ。」

彼女は言葉を途中で続けられなくなってしまったようだ。


「どこが痛みますか?」俺が聞くと


「足首が…」と答える。


俺は、彼女のバッグを拾い、彼女を引っ張って立ち上がらせる。


やはり足首をひねっているようだ。


「肩を貸します。お部屋まで行きますね。」


俺が言うと、彼女は

「ありがとうございます。お願いします。」と言う。


俺は彼女に肩あを貸しながら、片手で自分の荷物と彼女の荷物をまとめて持って、エレベーターに乗った。


「ところで、救急セットはありますか?」

俺が聞くと、彼女は恥ずかしそうに言う。


「…すみません。今はありません。後で買ってきます。」


「いや、その足では買いに行けないでしょう。」と俺は素で突っ込んだ。


「仕方ないですね。家へいらしてください。

救急セットぐらいあります。もちろん変な事はしませんよ。」


彼女は、痛みに耐えているのか、黙ってうなずくだけだった。


俺は部屋のドアを開け、彼女を玄関の上がり框(かまち)に座らせる。


「靴は脱げそうですか?」


俺が聞く度彼女は黙ってうなずいた。


彼女を見て俺は言う。

「膝からも血が出てますね。脱げるなら、ストッキングも脱いでください。私は奥に入っていますので、準備ができたら、あるいはこれ以上無理だと言うふうになったところで呼んでください。」


俺はそういった部屋の中に入り、仲のドアを閉めて、押し入れから救急セットを取り出す。


「すみません。準備できました。」


彼女の言葉に俺は玄関に行く。彼女は靴とストッキングを脱いだようだ。ストッキングは多分鞄にでもしまっているんだろう。


俺は彼女に肩を貸し、リビングのソファーに座らせた。右足の膝から血が出ている。床はフローリングなので、別に血が出ても構わない。俺は、洗面器を持ってきて、彼女の血が出ている膝の下のほうに置いた。


「あまり動かない方が良いので、このまま水を流して傷口を洗います。」


そう言うと俺はペットボトルから水を流して、彼女の傷口を洗う。洗った水が足元の洗面器に入っていく。ある程度のところで、俺は今度は、脱脂綿で傷口を拭く。うん大丈夫そうだ。一応血も止まっている。


俺は、彼女の傷口に液体絆創膏を塗る。これで保湿と保護ができるはずだ。 その上から絆創膏を貼ろうかどうか迷うが、やめておいた。


俺は彼女の足を動かし、昨日もらったスポーツタオルで彼女の濡れた足を優しく拭く。


生足のなまめかしさが、一瞬俺の神経をとらえそうになるが、そこは四十の自制心が働く,

同じく右のほうの足首をくじいているようだ。俺は彼女にもう一度声をかける。


「右足が痛いんですよね。」

彼女はうなずく。


「ちょっと失礼しますね。」

俺はそういって彼女のつま先を軽く持って、左右に動かそうとする。


「痛っ」

彼女が小さく悲鳴をあげる。


俺は言う。

「やはり捻挫ですね。とりあえず足首を固定します。」


俺は、足首のところに、湿布薬を貼り、そのまま包帯で固定する。テーピングでもいいのかもしれないが、包帯の方がしっかり止まるだろう。


俺は、家の奥から、松葉杖を持ってきた。これは、以前スキーで足を折った時に使ったものだ。


俺と彼女の身長差は10センチ位あるので、長さを調節する。

そして彼女に言う。

「これで立ってみてください。合わなければ調整します。」


彼女は松葉杖で立つ。長さはちょうど良いようだ。


「では、お宅までお送りします。といっても隣ですけどね。」

俺はそう言ってちょっと笑う。

彼女は黙っている。 外した…。


「荷物はそれだけですよね?」

俺は彼女が持っていたバックを指差す。彼女はうなずく。


俺はそのバックを持って、彼女を連れて玄関へ行く。


「このサンダルを使ってください。靴は持っていきますよ。」


俺はそう言って、普段使っている、ルコックのサンダルを指差す。彼女はうなずいてサンダルを左足だけ履く。


俺は彼女のハイヒールを掴み。逆の手には彼女のバッグを持って彼女の部屋まで送る。彼女はバッグから鍵を出して戸を開けると、俺に対して言う。


「本日は本当にありがとうございました。助かりました。どこかでお礼させてください。」


「お気になさらず。困った時はお互い様ですから。あと、痛み止めが必要なら言ってください。」


俺が言うと、

「さすがに痛み止めはいつも持っています。ありがとうございました。おやすみなさい。」


彼女はそう言って、自分の部屋に戻る。



「こんなこともあるんだなあ。」

俺は独りごちる。


一日一善では無いにしても、たまに良いことをするとそれなりに気分が良いな。俺は、お気に入りの、アール・クルーのインストルメンタルの音楽をかけながら眠りについた。



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