第4話 童貞パワーの根源


その後、昼食になった。休日出勤のメンバーの全員分を含め、白平がデリバリーを頼んだ。


「休日出勤と、深夜の場合、食事は会社持ちです。まあ、基本的には冷凍食品かカップラーメンですが。今日は特別にデリバリーにしました。」


白平はそう言って笑う。


棚を開けると、山のようにカップラーメンが入っている。ブランドも様々だ。俺の好きな「ラ皇」も当然のようにあった。


あと、向こうには専用の冷凍庫があり、その中に 冷凍食品が入っていて、社員は好きなときに出して食べていいそうだ。パックのごはんもある。ま



俺と白平は、会議室に移動した。


会議室には俺と白平の二人だけだ。。



「話は彼らにも聞こえないほうがいいと思いますので、ここでお話しします。」


白平は言う。まぁ、俺を役員として雇うということであれば、彼らの上司になってしまうので、その辺は配慮してくれているのだろう。



白平の話を聞きながらデリバリーの弁当を食った。 

十分満腹だ。


「あの、勝手にデリバリーの弁当を三人分食べたりする奴はいませんか?そういう奴が多いと予算が足らなくなるでしょう?」


俺は気になって聞いてみた。


「あまり満腹になりすぎると眠くなってまともなコーディングができませんから、みんなその辺は心得てますよ。」


白平は言う。


「ところで、田中さん、童貞プログラマーのパワーの源は何だと思いますか?」白平が聞いてくる


「え?力の源ということですか?」


俺はよくわからず、問い返す。


「はい、童貞の根源的な力です。田中さん、それは何だと思いますか?」



「うーん。欲望でしょうか?。」俺は言ってみる。


「ありがとうございます。ある程度は間違いではないです。しかし、今回の答えは違います。」


白平は真剣な顔で言う。


「童貞、特に30代の童貞の根源の力と言うのは怒りなのです。」


「怒り?」俺は戸惑う。


「はい、怒りです。俺が童貞のまま、こんなところで1人でプログラミングに精をを出しているのに、あいつらは女の子とキャッキャウフフ遊んでいたり、奥さんとよろしくやっていたり、妻子がいながらも好き勝手に部下に手を出していたり、同い年だと言うのになんと言う違いだ、とね。精を出すのは一緒だが、意味が違いすぎる。」


俺は笑うべきなのか、わからなかった。


「こんな感じの怒りですね。真童貞男は、その怒りはエネルギーに変えて、今の富を築いたのです。単なる結果論ですが。」


「なるほど。それでどうするのですか?」 俺は聞いてみる。


「はい、この株式会社童貞では、彼らの怒りのパワーをコントロールしながら、それを仕事のクオリティーに昇華させていきます。それを導くのも私たちの仕事になります。」


童貞の怒りの昇華を導くのか。なんだか崇高な理念に聞こえてくる。


「怒りすぎるのはもちろんいけません。暴発してしまいます。ですので、アンガーマネージメントをやりながら、彼らの怒り、世の中への呪詛、友人への妬みそねみ、そういったものを全て、プログラミングに昇華させるように、導いていくのです。


その結果、質の高いプロダクトが出来上がります。

彼らは皆賢くまたプロフェッショナルです。自分たちに期待されている結果をきっちり出すことができます。」


欲望を昇華するのか。十代のころなら、昇華などできずにいつでも満タン、暴発待ったなし、なんて時期もあったが、今はそうでもないな、と自分でも思う。


私たちのカウンセリングは時間と手間を掛けます。や、

最初のうちできなくても、研修や周りからの影響によってそれがいつの間にかできるようになっていきます。


そして、それを実現するための環境も整えてあります。オフィス環境ももちろんその一つです。


また、組織も充実させています。上司にしても、ベテランで、話がわかる人間であることが必要です。そして、自分でプログラミングができることも必須です。そして何より、童貞であることが大事なのです。 童貞の気持ちを最も知るのは童貞です。 童貞のことは童貞に聞け、と。


その意味、田中さんは理想の上司と言えるでしょう。」


「そりゃどうも。」


なるほど。質の高いメンバーたちだと、仕事もはかどりそうだ。


俺はそう思いながら考えていた。今までに自分に起きていたことを。


部長になって雑用が増えたこと。

プログラミングをしていても、不満がないわけではなかった。


自分が何をしたいのかもわかっていない発注者。


発注者に迎合するだけで、要件定義もろくにできない上流。

猫の目のように変わる仕様。


アジャイルと称して、まともにドキュメントが残っていない既存のシステム。

コメントがなく、何をやっているのか理解に苦労するレガシーシステム。


コメントの意味をなさないスパゲッティーコード。


クオリティーの低い協力会社。


いつ終わるとも知れぬデスマーチの日々。1人また1人と倒れていく中で、自分だけは何とかと言う奇妙な使命感で乗り切ったものの、結局上流の見込み違いとかで、予算が回って来なかったりして、ボーナスに反映されなかったりする。


その一方で、部下の功績だけをかすめとろうとするクソ上司。


こんな理不尽、あって良いはずがない。


俺は、自分も今の職場の環境に怒っていたと言うことに初めて気づいた。


だからこそ、さわやか業務システムを作れたんだな。


俺は回想モードに入っていた。

始まりは、使えない部下の存在だった。


何を言っても覚えていない、進捗報告もできない、スケジュールもわかっていない。


そういう奴がいると、チームの中で、迷惑がかかる。そういうやつはなかなか学習しないしな。


そこで俺は、チームメンバーの中で、業務の進捗状況や課題、スケジュールなどを共有する簡単なネットワークソフトを作った。


これのおかげで、部下の管理、あるいは同僚の進捗状況の把握が楽になった。自分の作業が遅れているようであれば、頑張らなければいけないし、同僚の作業が滞っているようであれば手助けする


誰でも使える業務システムだ。あの馬鹿でさえ使えたのだ。


最初にノリで付けた、「さわやか業務システム」というのがそのまま商品名になってしまった。


ちなみにこれは、猿でもわかるやさしい管理業務システムということで、「さわやか業務」と名付けたのだ。誰も知らないことだが。



「さわやか業務システム」の評判があまりに良いので、これを社内に広げるように上から言われた。まぁもともと、自分の業務効率化のために作ったものなので、会社の業務のカバーにはとてもフィットしていた。


全社で使われるようになると、今度は外部に販売しようと言う流れになり、そして今の「さわやか業務システム」を販売するようになった。


まさか、当社の売り上げの20%を占めるほどに成長するとは思っていなかった。

実は、俺はこれの開発についてほとんど対価をもらっていない。



こんなことでいいのかなぁと思いつつ、なんとなく面倒で放ってあった。

会社からすれば、課長にしたし、その後に部長にトップでなったんだからいいだろうと言うくらいのことなんだろうな。パッケージの知財の文書に俺の名前はない。


でも俺はこの会社に不満があると言うことに今気づいてしまった。


この怒りを、新しい職場で仕事にぶつけるのも、悪くないかもしれないな。なんとなくそう思えるようになった。


白平は言う。


「10代のうちは、童貞と言うのはただのパワーです。1日何度だってできる。周囲にもモテない童貞ばっかりだから、特に気にはならない。」


その通りだ。


「いわゆる『やらはた』であっても、気にしない連中も多い。無理に風俗に行く気はしないのがむしろ普通ですしね。」


ちなみに「やらはた」というのは「やらずの二十歳。童貞で二十歳を迎えることだ。これは男だけを揶揄する言葉だった。


だが、最近は「やらみそ」つまりやらずの三十路、として女性にも使われることがあるらしい。まああまり掘り下げたくはない。

白平は続けた・


「ところが20代になってくると、今まで仲の良かった友人の付き合いが悪くなった。どうしたんだろうと思うと彼女ができていたりする。


『『彼女ができた=やりまくりだ。』童貞はみんなすごい発想するんです。リアルがどうかは別にしてね。」


まあ、俺もカップルを見るたびに、こいつら毎日やりまくってやがるな。なんてうらやましい、いやなんて不謹慎な、などと思ったものだ。


「そうすると、20代後半の童貞は、焦燥感を感じるようになります。

そしてそのまま30になり、魔法使いになる。」


かなり胸が痛い話だ。 ちなみに、魔法使いというのは、世の中で言われる『男性が30まで童貞なら魔法使いになれる』という根も葉もない噂だ。


(ちなみに、三十歳になったら人の心が読める魔法が使えるようになったと思ったら、同僚の男が自分を好きだということに気づいてしまう、というぶっ飛んだ設定のアニメもあったが。)


白平の言葉が悪魔の呪文のように俺にしみわたってくる。


「三十になった。それでも童貞のまま、そこでこみ上げてくるのは怒りなのです。

その怒りをうまく昇華させることで、素晴らしい業績を上げることができます。


つまり、真童貞男だけでなく、童貞の誰でも成功例の1人と言えるようになるでしょう。」


田中さん。あなたは童貞パワーを昇華させることによって、さわやか管理を作り、今のように部長になりました。


その対価、いや代償として、あなたは、40まで童貞であられた。


私たちは、あなたを、童貞の若者たちを導く指導者として、役員として、この会社に迎えたいと思っているのです。」


俺は、褒められて悪い気がしなかった。

ただ、心のどこかに、何かちくっと引っかかるものがあったが、とりあえず気づかないふりをすることにした。





 

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