第2話 株式会社童貞の業務

「その、株式会社童貞の業務は何なのですか?」

俺は聞いてみた。


「本業は、システム会社です。創業者・真童貞男をもってしても、世界中の童貞すべてを救うことはできない。まずは土地勘があって、手の届く範囲、つまりプログラマーを救うことから始めたのです。」



「救うとは、具体的ンいどうしたのですか?」

俺はすっかり興味を持って聞いている。


「まずは、童貞を見つけ出します。検索、聞き込み、ヒアリング、プロファイリングなどを行います。 また、真童貞男は、自らの金とコネを使って、当時世界最速のスーパーコンピューターであった「京」を使い、高度なプログラムと機械を作成しました。



それがプロトタイプ『童貞チェッカー』です。」


「童貞チェッカーですか?」俺は驚いて聞き返した。


白平は首肯する。

「はい、童貞チェッカーです。童貞であるかどうかを検証する機械です。今のところ正解率は99.7%ですね。」


「凄い機械ですね。」俺は驚いて言った。

これこそ才能と技術と金の究極の無駄遣いだ。


白平は言う。

「今、無駄使いだと思いましたか? でも実際そうでしょうか。助ける相手を見定めることがまずは出発点ですよ。崇高な目的のための大事な初期投資です。」


「そうかもしれませんね。あるいは、世界一頭のおかしい金の使い道かもしれない。」」

俺は言ってみた。


「おほめの言葉をありがとうございます。」

白平は頭を下げた。一部の人種にとっては、「頭のおかしい」というのは最高のほめ言葉なのだ。


「そして、童貞の中で、もっとも急を要するであろう人間に対して、直接コンタクトして口説くのです。

このリクルーティングも、株式会社童貞の大事な業務のひとつです。」


白平は続ける。


「さて、ターゲットを決めたら、アプローチです。

それぞれの得意不得意、不満や希望などをヒアリングして、あくまで本人の意思で転職するかどうかを決断してもらいます。


その際に、待遇としては既存の給料の5割増しは保障します。それプラスのボーナスです。これはパフォーマンスによります。」


ほお。それなりに好待遇だな。プログラマーの多くは金では動かないが、金が多いにこしたこことはない。特に、大企業ではエンジニアやプログラマーは冷遇されているケースも多いからな。


「来ていただいた童貞たちは、その能力や特技によって今後のコースを振り分けます。


プログラミングができそうな人はそちらの道を、それ以外の人にはその人のあるべきところへの道を示します。。」




俺はちょっと気になって聞いてみた。

「その他の道、ってまさかいきなり首ではないでしょうね。」


「まさか。」

白平は肩をすくめた。


「童貞というのは、貴重な人材資源です。しかも有限です。来ていただいた方たちには、十分に報いなければなりません。それが創業者、真童貞男の意思です。」


「それを聞いて安心しました。」俺は言う。これは本音だ。



「先ほども申し上げたとおり、当社は童貞の方々が身を持ち崩さないように手助けするのです。そのために、救う選択肢を提示して、自ら選んでもらうのです。」


「具体的にはどんなことを?」

俺は気になって聞いてみた。



白平はちょっと腕時計を見る。


「ああ、かなり時間が経ってしまい」ました。

本日はこれでお暇しようと思います。」


え?何だか中途半端な。


「別に一日で全部説明などできません。

明日は土曜で休みですが、当社では働いている人間もおります。」


え、サービス残業か?


「ご心配なく。当社はホワイトです。休日出勤には当然代休があります。たまたま納期が近いので出社しているメンバーがいるだけですよ。よろしければ明日朝11時くらいオフィスにいらしていただけますか?」


俺はうなずいた。


「オフィスの場所は名刺の通りです。近くに着いたら私の携帯を鳴らしてください。迷うかもしれないので、それをお忘れなく。」



白平は少し変なことを言ったが、とりあえず聞き流した。


「わかりました。では明日11時に伺います。」


白平は礼をして帰っていった。



俺は考える。


(童貞チェッカーが本物かどうかはさておき、彼が、いや『株式会社童貞』が俺を童貞だと見破り、声をかけてきたことは確かだ。


まあ、正直なところ会社に不満がないわけじゃないし、話を聞くだけでも聞いてみようかな。もしかした新たな道が開けるかもしれない)。


俺は再度、白平の名刺を見た。

「童貞の、童貞による、童貞のための会社」か…


(話を聞くだけならタダだし、ノーリスクだ。まずは話を聞いてみよう。)



実際のところ、これは危ない発想である。

危ない組織であったとしたら、話を聞いた時点でもう逃げられなくなってしまう、ということに俺は気づいていなかった。


俺は考える。


もちろん、この会社が健全ならば素晴らしい。そうでなかった場合、自分のキャリアに傷がつくし、何よリ裏切りられ感が半端なくなりそうだ。



俺はオードブルとローストビーフをつまみ、赤ワインを開ける。


持っているバカラの大きな赤ワイン用のグラスに赤ワインを注ぎ、ちょっと回して香りを楽しんだのち、一人でで乾杯する。


「チンチン」声を出す。


これはイタリア語などで使われる乾杯の発声だ。


今日の話の後ではこれがふさわしい気がした。



俺は1人でワインを飲み、オードブルをつつきながら考えた。


今の会社で部長になった。そこまではまぁ良い。ただ今後、役員になれるかどうかもわからないし、なったとして、それが幸せかどうかもよくわからないからな


部長になって知ったのは、管理職と言うのはあまりに沢山くだらないことをやらなければいけないと言うことだ。


出ている役員が違うだけで、内容がほとんど同じような会議がたくさんある。営業会議、企画会議、システム会議、事業報告会議等、役員が違うだけで、資料はほとんど同じ、出席メンバーもほとんど同じような会議が山のようにある。


社長室のやつに、こんなもん統一して効率化しろよと言ったら、それができたら苦労しねえよと寂しく笑っていた。


業務効率化のソフトを売っている会社が、業務非効率。笑い話にもならん。


後はセキュリティー会議に人事評価に、勤怠管理、といろいろくだらない仕事がいっぱいある。俺はどっちかと言えば、コードを書いていたかった。同じ給料なら、プログラミングしていたほうがずっと楽だ。


役職手当とか言うものが付いているが、それは、非効率や無駄に耐えるための手当としか考えられない。


こんなことを続ける位なら、新天地で新しいことをやってもいいのかもしれないな。どうせ気楽な一人暮らしだしな。


ついでに童貞だな。1人で苦笑しながら今後のことを考えてみる。


とりあえずもっと話を聞いてみよう。そんな会社に勤めてるなんて、対外的には絶対言えないしな。


まぁ多分、そんなところはちゃんと手当されているんだろう


俺は、いつの間にか、ローストビーフとオードブルだけで、赤ワインを1本開けてしまった。もういい気分だ。今日はこのまま寝よう。

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