5話



帰りの車内で


「お父さんの事はもういいからね。お腹の子3人で幸せになろうね」


助手席に座る美咲は、涙を流しながら運転中の健太に言った。


「流石にさっきのは言い過ぎじゃないか?あんな風に言わなくても…」


「そんな!あんな事、言われてるんだよ!

こっちだってもう子供じゃないんだから」

今だに興奮を冷めぬままであった。


「分かってるよ。美咲が子供じゃない事も、これから母親になる事も分かってる!それにご両親から沢山の愛情を受けて育った事も分かってる」

「だって…」


健太は、これから美咲の旦那であり、父親になるからこそ、

色んな責任を持っていかないと覚悟していた。


「だからこそ、結婚式には必ずご両親にも来てもらおう。みんなで幸せになって、みんなから祝福してもらいたいんだ!」


健太の優しさに胸が締め付けられ、涙が止まらなかった。


しくっ


しくっ


「……ん、わか…っ…た」


「本当、お母さんによく似てるね」


「何よ…もう…」


少し機嫌を直してくれたか


健太は、その様子に少しだけホッとしていた。


さて、これからどうするかな…?


次の日の昼過ぎ、

健太は美咲の実家に訪れていた。


昨日訪れた時よりも家の表札から玄関までの道がなんだか遠くに感じた。


チャイムを鳴らす。

ピンポーン

扉の向こうでは、女性の声が聞こえる。

美咲の母が慌ただしく、玄関へ来る様子が浮かんだ。



「はーい、少々お待ちください」


「こんにちは…」


「あれ、健太さんどうして?」

少しだけ、目の周りを腫らしているようにみえる。

昨日の嬉しそうな表情とは一転して、なんだか疲れているようにみえる。



「何も連絡せずにすみません。どうしても昨日の事を謝りたくてきました」

頭を下げながら、自分の気持ちを伝えた。



「なんで、健太さんが謝るのよ。頭を上げて、お父さんが頑固なだけだから。」


京子は、さみしげな表情を見せながら答える。


「でも。このままだと…」

「いいの大丈夫だから。健太さんは、気にしなくて」


自分事を思って言ってくれると感じると少しだけ心苦し。



「僕は、美咲のお母さん、お父さんのお二人に式に来てもらいたいです」

「ありがとう。でも、家の人は変わらないかもしれないわ」


「僕は、諦めません」

思わず掌に力が入った。


「こんなにも美咲の為に思ってくれる人、健太さんが初めてよ」

京子は、少しだけ緩んだ笑顔を見せる。



「ありがとうございます。それで今日、お父さんはいますか?」


「ちょっと、出かけたから夕方頃には帰ってくるとは思うけど…」


ちらりと手元の時計に目をやると針は、15時

まで10分と迫っている所だった。


「分かりました。ではまた夕方にきます」

「あっ待って、お父さんが帰ったら、連絡するわね」

「ありがとうございます!」


京子に挨拶を終えると、外に出ていった。



「ふるさと」が聞こえた。


この街では17時を知らせる音楽が流れる事を美咲からよく聞かされたな。




ガチャッ

玄関を開ける音がする。


京子は、玄関に行くと勲が帰ってきていた。


「昨日、来てた男がそこにいたぞ。それもひとりで。お前、なにか聞いてるか?まったく、突然に来て」



まさかあれから勲の帰りを玄関の外でずっと待っていたのか

かれこれ2時間以上もそこにいたのではないか。


自分と別れてからずっと待っていたのかもしれない。

いつ帰ってくるかも分からないからそこでずっとずっと。

京子は、あまりにも真っ直ぐな健太の心に驚きを隠せなかった。



「えーそれで健太さんはどうしましたか?」

「”お父さんに結婚を認めて欲しい”って言うから美咲は、家とは、もう関係ないから君たちの好きにしたらいいと」

「そんな引き離すような事を。せっかく遠くからわざわざ来てくれてるいるのに」


「勝手に来ただけだろう」

あまりにも勲の態度に落胆を隠せなかった。


「それで、健太さんは、どうしましたか?」

京子は、勲に尋ねる。

「知らん、もう帰ったんじゃないのか?」


玄関を開け、外に出るとそこには健太の姿は、なかった。


そうよね…

京子は、家に戻った。



ピコッン

メッセージが届きました。


最近、耳が遠くなったせいもあってか分かりやすい着信音にしていた。


スマートフォンを取り出す。


健太からのメッセージだった、



“また、来週にきます”


短いメッセージに彼の決心を感じた。

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星降る夜に祝杯を 一の八 @hanbag

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