2話
「お父さん?今日、美咲が紹介したい人が来るって言ってたけど…」
「あぁ、そうだったな」
京子が緊張している様子をよそに、勲は普段通りに居間で寛いでいる。
「たしか、昼前には来るって言ってたけど…お昼はどうする?お寿司でも取る?」
京子は、娘がどんな人を連れてくるのか楽しみで仕方ないようだった。
「まぁ、適当でいいだろう」
京子の期待とは裏腹に、勲は何とも言えない反応だった。どこか機嫌が悪いようにも見えた。
「もうお父さんったら…
まぁ、お昼には来るでしょうから、美咲に連絡しておくわね」
京子はスマホを手に取り、美咲にコールした。
「もしもし、美咲?」
「もしもし、お母さん、どうしたの?」
「今、運転中じゃないわよね?」
「うん、大丈夫。運転してそっちに向かってるから」
「そう。お昼ね、お寿司を頼むから、食べてきちゃダメよ。近くに来たら連絡ちょうだい」
「お寿司か。いいね!うん、また近くに行ったら連絡するね」
美咲は、これからのことに期待感でいっぱいだった。
「美咲、もう家を出たみたいよ」
「そっか」
勲のそっけない態度にヤキモキしながらも、京子は美咲が紹介する人への期待が勝っていた。
12時まであと30分というところで、京子の電話が鳴った。
「もしもし、お母さん?あと30分くらいで着くよ」
「あと30分ね。お寿司も用意してあるから、気をつけて来なさい」
「うん、わかった」
「ちょっと出てくる」
突然、勲がどこかへ行こうとする。
「お昼までには戻ってきてね。もうすぐ美咲たちが来るから」
“美咲たち”か…勲はその言葉を口にすると靴を履き、家を出た。どこへ行くでもなく、ただ外を歩きたくなったのだ。
家から少し歩くと河川敷があり、地元の少年野球チームが練習していた。小さな子供たちが一生懸命にボールを投げたり走ったりしている姿が見えた。
野球か…
勲は、京子が妊娠したことを思い出していた。まだ美咲が生まれる前のことだった。
「勲さん、わたし妊娠したみたい」
「本当か?俺たちの子供が?」
普段口数の少ない勲も、この時ばかりは喜びを隠せなかった。
「はい。今ここに。わたしたちの子供がいます!」
京子はお腹をさすりながら言う。
「昔から考えていたことがあるんだけど?」
「はい、何ですか?」
「子供が生まれたら、絶対に野球をやらせるからな!」
勲は自信満々に言った。
「まだどっちかわからないのに。私は男の子でも女の子でも無事に生まれてくれるだけで充分です」
京子は笑顔で返した。
「まぁ、そうだな。それが一番だな」
その後、京子のお腹の子が女の子だとわかった。
「勲さん、ごめんなさい。女の子みたい」
「なんで謝るんだ。女の子でも俺たちの大事な子に変わりはない」
「ありがとうございます」
京子は勲の不器用な優しさに涙を浮かべていた。
その後、二人の間に他の子供は恵まれなかった…
それでも二人は、大事な娘が苦労しないようにと一生懸命働き、一緒に笑い、一緒に怒られたりもして、娘の成長を喜びに感じていた。
「すみませーん、ボール取ってください」
気がつくと、勲の足元に白い野球ボールが転がっていた。近くでキャッチボールをしていた少年たちが投げたボールが逸れたのだろう。
「いくぞ、ほれ!」
ボールを投げた直後、肩に少し違和感を感じた。年の衰えを痛感する。
「ありがとうございます!」
少年たちは笑顔でお礼を言い、キャッチボールを再開した。
街では、お昼を告げるサイレンが鳴っていた。
昼か…もうそろそろ来るころだな
勲は、”美咲たち”が待つ家に向かうことにした。
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