第6話 すみません! 結婚してください!

貴族御用達の金持ち学校――――フォティオン学園の生徒である令嬢共は、私を『成り上がりの炭鉱女』『炎の加護人』『コーカサス炭鉱爆破事故の犯人』と蔑み、いつも嫌がらせをしてきたのです。




ですが、そんな私を助けてくれる男の子がいたのです。


彼は演劇科に通う生徒でした。


貴族ではない一般人の家柄で、成績優秀が得られる奨学金でこの学園に入学したと話してくれたのです。




私には、彼が恋愛物語に出てくる白馬に乗った王子様に見えました。


 



彼は『プロメちゃん愛してるよ』『命をかけて守ってあげるね』と甘いことを言ってくれました。



……が、だんだんと




『ナンバーワン役者になって舞台のラストソングをプロメちゃんのために歌いたいから、劇のチケット五千万枚買って』




と雲行きが危うくなることを言うようになりました。


 



私はさすがにお金関係には踏み込めず、申し出を断り続けました。


だんだんと彼の麗しい顔が苛立ちに歪んでいくのを、私は『気のせいだ』と気付かないフリをしたのです。




そして、決定的なことが起こりました。




学園の舞踏会にて、踊ってくれるはずの彼が裏切りやがったのです。



私が書いた手紙や交換日記の内容を大量に印刷して大勢にばら撒き恥をかかせてきた挙げ句『パンドラ様! どうですか? 僕の演技!』と、あのクソ女に跪きやがったのです。



絶望して、『どうしてこんなことするの……?』と言う私に、彼は言いました。




『だって、パンドラ様は一撃でチケットを五十万枚買ってくれるし、演劇の養成所代も出してくれるし、それに美人で巨乳でスタイルがいいから。お前は庶民のくせにすごい金持ちって聞いたからチョロそうだと思って近付いたのに、ちっとも金を出さないから時間の無駄だった。時間返せブス』




そう言った彼の顔は、恋愛漫画に出てくる王子様の顔ではなく、化粧が濃いだけのしょ〜もないブスでしかなかったと私はやっと気付きました。



私はただ、恋に恋をしていただけなのです。



気が付くと、私はそいつをボコボコに殴りまくっていました。



……その後、彼――いや薄汚い貧乏人はなんやかんやで学園をやめて養成所に入ったと、風の噂で聞きました。




おわり。






◇◇◇






「以上です……。ご清聴、ありがとうございました……」



「……随分と酷い目に遭ったな。……なんで、どいつもこいつも、プロメさんの彼氏や婚約者になれたのに……そんな事をするんだよ……」






シドウさんは目を伏せて悲しそうにしています。


睫毛もやはり混じり気の無い澄んだ赤色で、いやこれほんと綺麗な赤だなと感心してしまいます。




いつの間にか、私はシドウさんに魅了されたように近付いて、澄んだ綺麗な赤色の髪や瞳や睫毛をじっくりと見てしまっていました。



すると、シドウさんと目がばっちり合ってしまいます。 



至近距離で見たシドウさんのお顔はやはり男前でカッコよく、そして色っぽいです。



そんなシドウさんはビクッと驚き、真っ赤な顔で目をそらしました。




いけない。私はなんてことを。



加護無しの方の髪や目をジロジロ見るなんて、失礼なことをしてしまった。






「すみません!!! さっきは貴方に『来るな』とか抜かしたくせに、私の方からジロジロ見てしまってすみません! …………だって、加護無しの方の髪や目をジロジロ見るなんて、そんなの……」






私はその場に土下座をして詫びた。




いつもその赤毛と赤い目へ嫌な視線を向けられる加護無しの人々からしたら、私がしたことは失礼極まりないことだ。




加護無しの人々がこの国でどんな視線を向けられるか、よく知ってる筈なのに。






「本当に、失礼なことをしました……。身内に加護無しが多いから……無神経になってて……つい」






私は七つで母を亡くしたあと、残された父と炭鉱町に住む人々に育てられました。お父ちゃんが逮捕された後も、誰一人態度を変えずに力になってくれたのです。そんな彼らは皆、加護無しと呼ばれる人々でした。



加護無しの人々は仕事も限られており、危険な作業を伴う肉体労働しか基本許されていません。


だから、炭鉱町には、加護無しの人々が多いのです。




それを踏まえると、厳しい立場で警察騎士になられたシドウさんはとても大変な思いをされたことでしょう。






「ねえシドウさん。……さっき貴方、『女の扱いがわからねえから、失礼なことをしたら言ってくれ』って言いましたよね」



「あ、ああ。……もしかして、俺、またなにか」



「いえいえいえ!!! 全然!! そうじゃなくて……。もし、私が失礼なことをしたら、遠慮なく言って下さいね。……私、よく人から無神経って言われるんで」



「……そうかい。……でも、貴女に見られるのは嫌じゃない。……俺を見てくれるなら、それで良いから」






シドウさんは顔を赤くしてそんな殺し文句みたいなことを言ってきます。






「シドウさん……。その顔でヘンリエッタ様に告白したら、すぐに両思いになられると思いますよ……?」



「え、なんでヘンリエッタ殿に?」



「いや、だって、さっき仰いましたでしょ? ヘンリエッタ殿を愛してるって」 



「…………? あ、あ〜!! アレか!! はいはいはい、そ、そうだなあはは。うん、言ったわ俺」






シドウさんはなんか知らんけどヤケクソ気味に笑ったので、私もつられて笑いました。




婚約破棄され放火魔としてパクられてから、ようやく笑うことが出来たと思います。


今日はルイスとパンドラに、随分と痛い目に遭わされましたから。



……って、嫌な二人を思い出してしまいました……。



いや、あの二人を思い出したという事は……!






「あと三日!!」



「! 何だ急に!?」



「あと三日後なんです! 私の裁判! シドウさんお願いです! 私が逮捕された火事を捜査して下さい! 私、ほんとに何もしてないんです!!」






シドウさんと和んでる場合じゃありません、このままでは冤罪でムショ送りになってしまいます!!




懇願する私に、シドウさんは悩んだような表情をして




「なんか力になれたらって勢いだけで来たのは良いが……。そもそも、資料室に左遷された加護無しの俺にどこまでも出来るか……」




と口にされました。




『なんか力になれたらって勢いだけで来た』とは。



コーカサス炭鉱爆破事故の話をする以外に、そんなことを考えながら私に会いに来てくれたのですね。


なんと、お礼を申し上げたら良いのか。






「頼りになりそうな先輩が二人はいるが、今は二人とも海を越えた隣の国にいて、帰ってくるのは明々後日の夜だ……」



「そうですか……」






私は必死に考えを巡らせます。ここで諦めるわけにはいきません。



頑張れ私の頭脳……! 少なくともルイスよりは賢い頭脳!!!



そう言えば、ルイスの婚約者として、この国の法律もある程度は勉強したものです。



今となっては殆ど忘れましたが、当時の私はルイスの婚約者としてかなり頑張りました。






「……そうだ……結婚!!!」



「え? ……どうしたプロメさん、いきなり……」






この国――フォティオン王国の結婚にまつわる法律に、こんなものがあります。




【『加護無し』が『風・大地・水・炎の加護人』と結婚する際、加護無しは加護人の『財産兼所有物』となり、配偶者と同等の社会的地位を得る事になる。】




という、加護無しをバカにしたカスみたいな法律です。




ですが、このカスい法律があれば!



この絶望的な状況の一つを逆転できる!!!






「シドウさん、今からめちゃくちゃ失礼なことを言います。許してください」



「あ、ああ。なんだ?」






困惑しているシドウさんへ、私は土下座をしました!






「すみませんシドウさん!! 今から私と結婚してください!!」




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