第5話 実は優しいシドウさん

「で、シドウさん……貴方は一体なんでここへ来たんですか? 私と面会って、あの、なにかご用ですか?」






突然現れたシドウさんは、確か『資料室の整理係』と言っていました。


そんな役職の彼が、どうして豚箱にぶち込まれた私に会いに来たのでしょう。






「それは…………その」



「……どうされました?」






シドウさんは言葉を迷っておられるようです。



警察騎士がわざわざ面会にくるほどの用であり、私に言い辛い内容……。もしかして。






「シドウさん、もしかして、『コーカサス炭鉱爆破事故』について、聞きに来られたんですか?」



「え!? ……あ、ああ。そうだ。そうだよ。うん。……プロメさん……。頼む。『コーカサス炭鉱爆破事故』について、何かしら知ってることはないか? ……何でもいい、話してくれ」





やっぱり、『コーカサス炭鉱爆破事故』でしたね。私は納得できました。







「そもそも、私とシドウさんって初対面ですし。警察騎士の貴方が私に会いたくなったってのも、まあ、あの事故の話を聞くくらいしかありませんもんね」



「いや、あの。初対面ってのは……その。……やっぱり、わからねえか……」



「え」






シドウさんは悲しそうな顔をします。



……もしかして、どこぞでお会いしているのでしょうか?



初対面のときも何か仰っていたようですが、あの時の私は完全に恐怖に染まっていたので、シドウさんの言葉が頭に入って来ませんでした。






「私は、どこぞで貴方とお会いしたんですか?」



「……いや、良いんだ。……すまん、変なこと言った。忘れてくれ」



「……え、ええ。わかりました。…………それじゃ、コーカサス炭鉱爆破事故のお話をしましょうか」



「ああ、ありがとう。貴女には辛い思いをさせるが、許して欲しい」






シドウさんは曇った顔をしますが、コーカサス炭鉱爆破事故の話をするのは慣れっこでした。



それに、私に辛い思いをさせると一言詫びを入れてくれるなんて、警察騎士にしちゃ優しいなと思います。



私は少しだけシドウさんに親しみを覚えました。






「構いませんよ。慣れてますから」



「ありがとう、プロメさん。……あと、さっきは不快な思いをさせて、本当にすまなかった。……俺は女の扱いがわからねえから、失礼な事をしたら遠慮なく言ってくれ」






真面目な顔でそんな事を言われ、私の気は緩みました。


今までの警察騎士は、どいつもこいつも私を犯人と決めつけて馬鹿にしくさった奴らばかり。


そんな連中に舐められんよう気を張っていた私は、シドウさんのこちらに歩み寄ろうとする誠実な言動に応えたいと思ったのでした。






◇◇◇






コーカサス炭鉱爆破事故とは、今から五年前に起きた事故です。



炭鉱内の監督室にてとある鉱夫が喫煙をし、その吸い殻をポイ捨てしたせいで、それが坑道を広げるための爆弾が保管されていた倉庫に引火してしまい、大規模な爆発事故が発生したのです。




そこで、コーカサス炭鉱の責任者として任意同行されたのが、炭鉱の現場監督でもあり、この国の炭鉱全てを所有する、炭鉱王と呼ばれしナルテックス鉄工の社長……私の父グスタフ・ナルテックスでした。




そして、現場から父の指紋がついた煙草の吸殻が発見され数週間が経ったあと、取り調べにて父は『私が煙草を吸いました』と自白したのです。



これらが決め手で父は有罪となり、終身刑を言い渡されました。



その五年後、父は心臓発作で獄中死しました。




この事故は炭鉱が爆発しただけで死傷者が出なかったと言うこともあり、新聞にも取り上げられることもなく、知っている人は知っている知名度の低い事故となったのです。






◇◇◇






「コーカサス炭鉱爆破事故について、私の立場でこんなことを言うのはアレなのですが……。父は、終身刑になるほど重い罪を犯したんですか? だって、父のせいで炭鉱が爆発したと言っても、鉱夫達に怪我人も死者も出てないんですよ……?」



「……」






苦しげな顔をしているシドウさんは、黙ったまま聞いてくれます。



正直、これには驚きました。


普通の警察騎士は私の話なんか真面目に聞いちゃくれません。



警察騎士にも、こういう人がいるんですね。






「私の身内が『あの炭鉱王が坑内で煙草なんか吸うか』って警察騎士に抗議しましたが、『それを裏付ける証拠は無い』と一蹴されました。…………私達はただ、警察騎士から送られる報告書でしか、お父ちゃんの裁判を知ることが出来なかったんです」






私達は、お父ちゃんの裁判に参加することすら許されませんでした。


理由は、傍聴席に空きがないからということでした。




私にとってコーカサス炭鉱爆破事故というのは、いきなりお父ちゃんが任意同行され、ワケのわからぬまま有罪になり、ワケのわからぬまま終身刑になったという理不尽なものを意味します。






「まあ、確かに……お父ちゃんは立派なヤニカスでしたし、いっつも寝煙草してベッドを焦がしてましたけど……。でも」






お父ちゃんは確かにどうしようもないヤニカスでした。これについては否定しません。



……でも。






「私やお母ちゃんの前では煙草吸わんかったんです。 それに、煙草吸わん人や子どもが近くにおっても絶対に吸わんかった。……そんな人が、ほんとに鉱山なんて危険な場所で煙草を吸うたんですか……!?」






父は重度のヤニカスなくせに、私や体の弱いお母ちゃんや煙草を吸わない人や子どもの前では、決して煙草を吸いませんでした。




この話は事故当時、警察騎士達に何度も話しました。


しかし、『そんなのは証拠にならない。犯人の娘だから庇っているだけ』と言われてしまい一蹴されたのです。






「そして……。有罪判決から四年経った後、ムショにいるお父ちゃんとやっと面会出来たんです。今から……一年前ですかね」






お父ちゃんが有罪となってから、私達は何度も何度も面会の要求をしました。



警察騎士達はその申し出を無視し続けましたが、ついに四年後、娘の私だけに面会が許可されたのです。






「その面会で、お父ちゃん言ったんです。『プロメ。お父ちゃんのせいで、ごめんな』って。……でも、お父ちゃんは泣いてました。お父ちゃんの涙……私、初めて見たんです。……なんだか、とても悔しそうに見えて……」






炭鉱の獅子と呼ばれた大男のお父ちゃんは別人のように痩せ細っており、茶褐色の髪も真っ白になって、ギラついていた赤茶色の目も暗く濁っていました。



そんなお父ちゃんは面会の一週間後、心臓発作でこの世を去りました。



お父ちゃんが『ごめんな』と涙ながらに話す光景を、昨日のことのように覚えています。




涙を流すお父ちゃんが悔しそうに見えたのは、気のせいだったのでしょうか。






「ごめんなさい。この件に関しては、正直どうしたら良いのか」



「…………そうか。…………話してくれて、ありがとう」






シドウさんは目を伏せながら言いました。



話してくれてありがとう…………なんてこと、警察騎士が言うなんて。


私はシドウさんの態度に驚いてばかりです。




思えば、シドウさんはずっと私と対話をする姿勢を取ってくれていました。


それに、私へ失礼なことをしたと思えば謝りもしました。



そんなシドウさんだから、私も安心して話が出来るのでしょう。






「私がお話できることは……ここまでです。……あの、他にご質問はありますか?」



「……いや、無いよ。……大丈夫だ」






シドウさんは辛そうな顔で唇を閉ざしています。



きっと、警察騎士として、私に話せないことがあるのでしょう。




そのまま、しばらく無言の時間が続きました。



私はようやく気が落ち着けたので、この時間も苦ではありませんが、シドウさんはソワソワと落ち着かれない様子で、「ところでよ」と話題を振ってくれました。






「プロメさん……貴女の逮捕に、一体何があったんだ? ルイス裁判官の命令で放火の現行犯って聞いたけど、貴女はやってないんだろ?」



「……シドウさんは……信じてくれますか……?」



「そりゃ、……どんなに脅されても自白しなかった不屈の貴女が、放火なんてセコい真似するわけないだろ」



「……ありがとうございます」






私はこの人に、ナイフを向けて死ねだの消えろだの言ったのか。私が死ねである。私が消えろである。



自己嫌悪で死にそうになった。






「ルイス裁判官は、私の婚約者だったんです」



「!? え、……こ、こんや、く……って」






シドウさんはひどく驚いた顔をされています。


……そりゃこの国を支える三大公爵家のタツナミ家と婚約者だなんて、驚くでしょう。






「まあ、正確には、何故か私を気に入ってくださったルイスのお父様が決めたことで、ルイス本人は死ぬほど嫌がってましたね」



「……そっか。貴女の婚約者になれたのに……嫌がるくらいなら、代わって欲しいけどな」



「そ、そんなお気遣いなく……! 私もルイスのお父様は人として好きでしたけど、ルイスの野郎は大嫌いだったんで! 月一の顔合わせではいつも喧嘩してましたよ。それに、一週間前の、ルイスのお父様のご葬儀ではもう馬鹿喧嘩しましたから」



「え、馬鹿喧嘩……? 一体なにを」






私は、ルイスとの馬鹿喧嘩した日のことをシドウさんにお話しました。




ルイスのお父様が亡くなられた翌日のご葬儀で、ルイスはお父様の遺影を蹴り飛ばして『やっと死にやがったこのクソジジイ!!』と酒を飲んで大笑いしたのです。



その言葉を聞いて、私の頭で何かがブチギレました。



私は、七つで母を亡くし、昨年父が獄中死したのです。


しかも父は、突然任意同行という名目で連れて行かれ、理由のわからないまま有罪となり、そのまま終身刑となり、意味不明のまま四年間が過ぎたあと、やっと面会できたその直後に亡くなったのですから。



正直、父には複雑な思いがあります。




でも、それでも私は。



お母ちゃんもお父ちゃんも大好きやった私は!



自分の親の葬式で酒を飲んで暴れて遺影を蹴り飛ばすルイスが、どうしても許せなかったのです……!




『何すんねんこのクソガキがぁっ』と怒鳴り散らした私と『うるさいこの成り上がりの炭鉱女がぁっ』と怒鳴り返したルイスは言い争いから取っ組み合いの喧嘩になりかけましたが、すぐにルイスの護衛が私を取り押さえたのです。



そう言えば、ルイスと喧嘩して取っ組み合いになりそうになるたび、私はすっ飛んできた護衛に取り押さえられたものです。



いつも護衛を連れ歩くルイスは、とんでもなく甘やかされたお坊ちゃんでした。






「……以上です。……だから、ルイスの野郎に婚約破棄をされたとき、愛する人に裏切られて悲しいっ! というよりも、何やねんこいつナマほざきよって殺ったろか? と思いましたし」



「そ、そうかい……。……まあ、プロメさんがルイスのこと何とも思ってないなら、……良かったよ」






シドウさんはきっと、もし私がルイスを愛していたらさぞ傷付いただろう……と心配してくれたのですね。なんとお優しいのでしょう。






「そんな心配しないでくださいよ。別に男に腹立つ思いさせられたのはこれだけじゃないんで」



「え、それって……ルイスの前に、彼氏でも……いた、のか……?」






シドウさんはまた悲しそうな顔をしました。


心配かけさせまいと言った『他の男にも腹立つ思いをさせられた』という言葉に、優しいシドウさんはまた気を病まれたのでしょう。




……というか、今になってようやく気付きましたが。




シドウさんは悪人面ではありますが、実はとてもカッコいいお顔立ちをされていたのです。 


威圧感のあるギラついた目元の泣きボクロが色っぽく、中性的で麗しい美男子と言うより、迫力と色気のある男前という感じでしょうか。


まるで、裏社会の任侠モノ作品に出てくる強面の役者さんのようなカッコいいお顔立ちです。 




だけど、そんな男前のシドウさんは、とても切なそうに悲しそうに笑うのです。



豪快にガハハと笑ったり、怪しげにニヤリと笑ったりするのが似合いそうなのに。



悲しそうに笑うシドウさんは、なんだか、儚げに見えてしまう。



威圧感と迫力どころか殺気すらある男前のシドウさんに、こんな表現は不釣り合いだとは思いますが、それでも、そう思わざるを得ないのです。






「それで……その、彼氏……って奴は……一体」



「! あ、ああ……はい。……まあ、彼氏というほどでもなく、せいぜい手紙をやり取りしたり交換日記をしたりするくらいでしたね……。友達以下のクソ野郎ですよ」



「そっか…………。そっか」






シドウさんは少し安心したように息を吐かれました。



……そりゃ、女が色々と進んだことをした彼氏に腹立つ思いをさせられたとなっちゃ、お優しいシドウさんも凹むでしょうからね……。




こんなに優しくて、見目も男前でカッコよくて、でもどこか儚げで泣きボクロが色っぽいシドウさんに片思いされるヘンリエッタ様が羨ましいくらいですね。




……それに引き換え、あの友達以下のクソ野郎ときたら……!




私は、シドウさんに友達以下のクソ野郎に腹立つ思いをさせられた話を始めました。



正直、これは私の愚痴でした。



シドウさんもまさか、事件の話をしに来たのに愚痴られるとは思ってもいないでしょう。それについては本当に申し訳ないと思います。






「あの、すいません。この話長いですけど大丈夫ですか?」



「ああ、良いよ。……面会に来たのは俺なんだから。……嫌じゃなけりゃ、聞かせてくれ」






シドウさんのお言葉に甘え、私は身の上話を始めました。




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