第4話 シドウとの出会い
百年前、このフォティオン王国は邪智暴虐の炎の精霊が大暴れをしてしまい、崩壊寸前となっておりました。
人々は荒れ狂う炎の精霊を前に、ただ怯えて暮らすだけ。
しかし、そんな絶望の中。
炎の精霊を討伐するため、風の精霊と大地の精霊と水の精霊が、自身の加護を与えた加護人と共に立ち上がります。
そして、見事に邪悪なる炎の精霊を討ち滅ぼし、人々は平和な世界を取り戻したのでした。
◇◇◇
「と、言うわけだ。プロメ・ナルテックス。この国を滅ぼそうとした邪智暴虐の炎の精霊の加護を持つお前が放火魔というのは、疑いようが無いんだよ」
「めちゃくちゃやんけそんなん! 歴史の授業やなくて私が火ィ付けたいう証拠持ってこんかい!!」
「ルイス裁判官の命令だ! 証拠なんぞ必要無い!」
警察騎士の駐屯地にある取り調べ室にて、私は警察騎士のオッサンから我が国の歴史を聞かされたあと、ガバガバな逮捕理由を言われました。
「お前は炎の加護人だろう? それなら、離れたところに火を付けるなんて簡単だ。魔法を使えば良いんだから」
「そんな。……そりゃ、他の加護人みたいに、魔法を使える人は使えるとは思いますけど……。でも、私にはできへんて!!」
警察騎士の言葉に、私は自分の反論がどんどん潰されていくのを感じました。
この国の人々の六割は、風か大地か水か炎の精霊の加護を持って生まれてきます。
そんな人々は大なり小なり魔力を持っており、その中でも一握りとされる強力な加護を持つ加護人は、攻撃の魔法や守りの魔法なんかも使えるのです。
ですので、炎の加護人の中にも魔法を使える人はいますが、私は魔法など使えません。
だから、遠く離れた場所に火事になる程の炎を付ける芸当など出来ませんし、一発芸的な炎の手品すらも無理です。
けれど、『炎の加護人だけど、魔法は一切使えない』という証明は、どう頑張っても不可能でした。
だって。
「例えあんたが炎の魔法を使えたとしても、『出来ません』って言うしか無いよな。邪悪な炎の精霊の加護を持つあんたは」
警察騎士の言う通りでした。
私が魔法を使えないと言う事実を証明する証拠なんてありません。
どれだけ出来ないと言っても『そんなの嘘だ。出来ないふりをしているだけだ!』と言われて終了です。
どう頑張っても詰みだ。
これは口喧嘩でどうこうなるものではない。
「なあ、諦めて、罪を認めろよ。……もしここで自白してくれるなら、お前を加護無しの男から護ってやれるんだ」
「加護無しの……男?」
「そう。おぞましい程に赤い髪と赤い目をした凶悪そうな悪人面の男が、手柄の褒美にお前を所望したそうだ。……今、罪を認めるなら、加護無しが入れない高級な宿にお前を匿ってやれる。……だから、さあ、自白しろ! プロメ・ナルテックス!!」
男が、私を褒美に……望んだ……?
そんな、人を人と思わないおぞましいことを警察騎士が許したのか?
そもそも、どうして私なんだ? と疑問に思うが、それはきっと私が牢屋に送られるからだろう。
牢屋の中での事なら、それがどんなにおぞましいことでも闇に葬れる。
背筋が凍った。
だけど、私は放火なんかしていない。
何もやっていない。何もしてない。冤罪なんだ。
コーカサス炭鉱爆破事故を引き起こした父とは違う!!!
「私は放火なんぞしてへん。……冤罪やって言うとるやろ」
どうして、やってもいない罪を認めなきゃいけないんだ。
こんなふざけた話、あってたまるか。
警察騎士のオッサンは舌打ちすると、私に「クソが」と吐き捨てました。
◇◇◇
「もう夕方か……」
私がぶち込まれた牢屋の小さな窓の向こうには夕暮れの空が見える。
真っ昼間の卒業生パーティから、結構な時間が経ったのだろう。
「……ふざけるな」
私は知らん男の褒美扱いになった。
こんなふざけた話があってたまるか。
もし、身に危険が及ぶなら、相手を殺す。
私は子犬の耳の様に結っていた髪から、小型の折りたたみナイフを取り出した。
学園で修羅の日々を過ごす際のお守りだったが、髪飾りよりも重いものを持ったことがないクソ令嬢共相手に一切使うことはなかった。
それが今になって、使うことになるとは。
私は折りたたみナイフの刃を出し、両手でしっかりと握った。
――その時。
監獄の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
ほんの一瞬、助けが来た!?
まさか、本当に恋愛物語みたいに、王子様が助けに来てくれたの!?
と甘いことを考えた私を、現実が嘲笑う。
「……プロメ・ナルテックス……。本物だ……」
現れた男は私を助けに来た王子様などではなく、赤い髪と赤い目を持つ悪人面の警察騎士だった。
恐らく、この悪人面が私を褒美に寄越せと望んだのだろう。
泣きそうな顔で私を見る悪人面の警察騎士は制服を着崩しており、まくり上げた袖から見える腕や手は大きく、筋肉がはっきりとついている。
あ、終わった。この体格差、死んでも勝てない。
瞬間、私の背筋は震えた。
恐怖が足から這い上がってきて、体が硬直した。
肩がすくんで息が出来ない。
悪人面の男は牢屋の扉を触る。
すると扉は簡単に開いた。
悪人面は一瞬驚いたような素振りを見せたが、私を見ると、切羽詰まったような……親を見つけた迷子のような嬉しそうな顔をして、ゆっくりと近づいて来る。
愕然とした。
そもそも、牢屋に鍵がかけられていなかった。
私に逃げ場は無かったのだ。
そもそも、牢屋を出て監獄を抜け出そうとしても、見張りに捕まるだけなのだから。
反吐が出るほど悪趣味な待遇だ。
「プロメ・ナルテックス……。こんな形で、会えるなんて」
この男は走って来たのか息は荒く、こちらを上から下へと舐めるようにジロジロ見てくる。見開かれた目がとても怖い。息遣いが怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
男の舐めるような視線が怖い。息が吸えない。
嫌だ、来るな、こっちに来るな。
嫌だ。嫌だ。
「なあ、俺のこと覚えてないか……? いや、覚えてるわけないよな。……でも、俺は、貴女と」
「来るなッ!!!!!!」
震える手で、男にナイフを向けた。
頬に濡れた感触が走る。涙が汗か。
泣いてはならない。相手を喜ばせるだけだ。
人を褒美に取るような相手に、涙を見せてたまるか。
「あの、プロメさん……? 俺は」
「来るな! 私に近付くなッ!!! その薄汚い手で私に触れるなら、お前を殺して私も死ぬ!!!!!」
じりじりと近付いて来る悪人面の男はピタリと足を止め、戸惑うような顔をしたあと、自身の手を見た。
男の手は返り血と土で汚れているが、今言ったのはそう言う意味じゃない。
相手を人と思わず自分の欲求を満たす為だけに存在してると勘違いした、ケダモノ以下のゴミクズという意味なのに。
どうして、この男は自分の手を見て悲しそうな顔をするのだろう。
「来るな……。来るなよ。私に触れるなら殺すからな。……こっちに来るな……来るな……っ、死ね……気持ち悪い……っ!」
涙が止まらない。
だが、ナイフを持つ手は離さない。
これだけ口汚く罵れば、きっと殴る蹴るではすまないだろう。酷い殺され方をすると思う。
でも、構わない。
負けてたまるか。
戦う意志を無くしてたまるか。
相手を殺すまで諦めるか。絶対に諦めるか!!!!
「お前なんか死ね!!! 今すぐ消えろッ!!」
「…………そう、だよな。俺、なに勘違いして」
「え」
男は悪人面を悲しそうに歪めて笑った。赤い目が微かに潤んでいる。
油断させるつもりか? だが、そんなんに引っかかるか。
「悪い……すまなかった。ちょっと考えてみりゃ、分かるのに。そりゃ、怖えよな。気持ち悪いよな。……こんな密室で、俺みたいな男が近づいて来て。……ごめん、本当に……ごめん」
男は泣き出しそうな顔で言うと、その場に座り込んだ。
「悪かった……。ほんと」
「信じられるわけあるか……。お前、私を褒美にくれって言ったんやろ?」
「は?」
男は驚いたような顔をする。この顔は、さっきも見た。
あれは確か、男が牢屋の扉に手をかけたときだ。
鍵が空いていたことに驚いたような顔をしていたのを思い出す。
「それは……誰から、聞いたんだ……?」
「……私を取り調べた警察騎士のオッサンやけど。……放火の罪を自白するなら、安全な場所に匿ってやるって言われて……」
「ああ……タツナミ派の……警察騎士か……」
タツナミ派の……警察騎士? タツナミと言えば、ルイスの実家だ。
警察騎士はラネモネ家の管轄のはず。と言うことは、タツナミ家に尻尾を振る警察騎士がいると言うこと。
……まさか、私を取り調べた警察騎士は、私を自白させてタツナミ家のルイスに尻尾を振るため、脅しをかけてきた……と言うことなのか。
いや、それでも油断は出来ない。
ナイフを構えたままの私に、男は語り掛けてくる。
「俺がヘンリエッタ殿に言ったのは、『褒美を下さるなら、プロメ・ナルテックスとの面会を許可してください』ってことなんだ。……それを、タツナミ派の警察騎士が貴女を脅すために都合良く歪めたんだろう」
「……証拠は? そんなん、信じられるか」
信じて油断した瞬間に襲い掛かられたらたまったもんじゃない。
私はこの男に力で勝てないのだ。
この男に対して、女の私は圧倒的弱者である。
しかもこの体は奴にとって性器を突っ込める穴の空いた肉の塊でしかないのだから。
一瞬でも油断したら、終わりだ。
「それなら、プロメさんが身の危険を感じた瞬間、そのナイフで俺を喉を裂いて殺してくれ。……そもそも、俺は加護無しだ。……炎の加護人の貴女が加護無しの男を殺すんだ。……正当防衛は充分に成立する」
「……確かに……」
男の言葉で、少しだけ冷静になった。
今この場でこの男を殺しても、加護人の女である私が加護無しの男に怯えて殺傷したという状況は、残酷なほど私の味方をしてくれるのだ。
加護無しを人として扱わない唾棄すべきこの国の法に、味方をされる日が来るとは。
……それでもナイフを持つ手を緩めはしないが、少し力が抜け、壁を背にその場に座り込んだ。
一方、男は座ったまま、切なそうに笑うだけ。
「貴女は、放火を自白したら……安全な場所に匿ってやると言われたのか?」
「……はい。……だけど、私は何もしてない。……やってもない罪を認めて、そんなん、たまるかって」
「そっか。……すごいな。……プロメさん、貴女すげえよ。……そんなん言われたら、誰だって怖えだろうに。…………ごめん、気付けなくて。……怖かったろ?」
男の言葉に、私は涙腺が壊れたように泣き出しました。いや、鼻水を垂らして泣き喚きました。
思えば今日は、色々ありました。
クソ男に婚約破棄され、放火魔としてパクられ、長い間取り調べられて、そしてわけわからん悪人面の男に密室で狙われる。
正直、もう限界でした。
だけど、ナイフが手放せません。
どうしても、離すことが出来ないのです。
例え優しい言葉を言われても、怖いもんは怖いのです。
そんな私を見て、男は一瞬泣きそうに顔を歪めたあと、すうっと深呼吸をして真顔になりました。
そして。
「俺、今好きな女がいるんだ」
突然、何を言い出すんだこの男は。
混乱と恐怖に支配された私の頭は、もう何もわかりません。
「…………ヘンリエッタ殿だ。……俺は、ヘンリエッタ殿を、……愛している。……でも、警察騎士の長官で、ラネモネ家の当主。……すげえ身分差で、笑っちまうだろ? だからさ、惚れた女に……ヘンリエッタ殿に顔向け出来ないようなこと、しないから。……プロメさんに危害を加えるつもりは無い。……だから、安心してくれ」
男は言葉を詰まらせながらも、泣きそうな顔で笑っています。
ラネモネ家のヘンリエッタ様と言えば、パンドラと並ぶ国一番の美女と呼ばれる人です。
その姿を見たことはありませんが、すごい美人なのだろうと想像できました。
「それにっ、……俺は、……その、巨乳の女騎士って感じの人が好きで、そもそも可哀想なのは抜けないし……! あ、貴女とは正反対の人が好きで、プロメさんのことは……っ、……ぁの、全然、……そのっ……好き……でもないんだ」
まるで、この国で今流行ってるツンデレ美少女キャラみたいな台詞を言う男に、私は思わず笑ってしまいました。
緊張の糸が緩んで、笑いが止まりません。
完全な精神の異常状態です。
それに、ヘンリエッタ様に片思い中で巨乳の女騎士が好きで可哀想なのは抜けないという微笑ましい話と、男の厳つい悪人面が意味不明なギャップを生んでおり、笑うのを我慢できませんでした。
いつの間にか肩から力が抜けて、ナイフを持つ手を緩めてしまいました。
けれど、男は動かず、笑う私を見て嬉しそうな顔をするだけです。
「もしかして、私は酷い勘違いをしてしまったのでしょうね……。ごめんなさい。ナイフなんか向けて、酷い事を言いまくって……」
この人は、私と面会がしたかったのだ。
つまり、何か話したかっただけ。
それなのに私にナイフを向けられ、来るなだの死ねだの罵られたのだ。
めちゃくちゃ失礼なことをしたと思う。
「良いんだ。こっちこそすまない。怖がらせて。……あ、俺、牢屋から出るから。女の警察騎士呼んで扉直してもらって来る」
「……いいえ。大丈夫ですから。お気遣いなく。暫くしたら実家が保釈金を出すと思いますし。……考えてみれば、どうせ私は保釈金ですぐここから出られるんです。……それなのに、タツナミ派の警察騎士は私を脅してたって気付けなかったのは、一生の不覚ですね。…………そのせいで、貴方になんてことを」
私はナイフを折りたたみ、ドレスの隠しポケットに仕舞おうとしました。
……ここへ連れてこられるとき、手荷物検査を躱すため、髪に仕込んでおいたのです。
けれど、ナイフを仕舞おうとした際、男は
「俺といるときは持ってて良いよ」
と優しく笑って言ってくれました。
……この人は、どんな思いでこの言葉を言ったのでしょう。
この人からしたら、興味のない女に人格否定並の暴言を吐かれ、刃物まで向けられたのです。
そういえば、私が口にした『薄汚い手で私に触るな』という台詞に、彼は自身の手を見て悲しそうな顔をしました。
私としては『人を褒美とかモノみたいに扱うクズが触んじゃねえ』という意味でしたが、ただ面会しに来ただけのこの人からしたら、文字通り土と血で汚れた手を指摘されたと思ったのでしょう。
この人の手が汚れているのは、多分、お仕事をされたからだと今はわかります。
この人は警察騎士です。しかも、背丈も体格も良い強そうな方です。
だから、私に会いに来るまで、何者かと戦っていたのでしょう。
誰かを守るために、頑張っていたのでしょう。
そんな手を、私は薄汚いと思われるようなこと言ったのです。
……お詫びの言葉すら思い付きません。
私はこの人になんと詫びれば……。
というか、この人、一体誰なんでしょう。
「あの、ところで貴方は一体……」
私は、彼に名を聞きました。
彼の髪と目は混じり気のない真っ赤な色をしています。
……こんなに澄んだ赤色は、見たことがありません。
「ああ。……名乗るのが遅れて悪かった。……俺はシドウ・ハーキュリーズ。……警察騎士だ。……つってもまあ、今は左遷されて資料室の整理係だけどな」
「……そうですか。こちらこそ、ご挨拶がまだでしたね。……私はプロメ。ナルテックス鉄工の、プロメ・ナルテックスです」
シドウ・ハーキュリーズ。
真っ直ぐな響きのお名前だと思いました。
「……どうか、よろしくお願いいたします。……巨乳の女騎士が好きで可哀想なのは抜けないツンデレ美少女みたいなシドウさん……」
「いや……それは……もう、忘れてくれないか……」
シドウさんは困った顔でそう言ったあと、なんだか懐かしい人と再会したような顔で私を見てくるのでした。
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