第3話 赤い髪の警察騎士(シドウ視点)
「シドウ・ハーキュリーズ。……このフォティオン王国の正義を司るラネモネ公爵家が当主――――ヘンリエッタが命じる。……この場にいる反王国過激派組織『カナリヤの炎』を殲滅しなさい。……王子の誕生パーティが終わるまでにね」
「はい」
俺――シドウ・ハーキュリーズがそう答えると、ヘンリエッタ殿は「良い子だ」と一言口にして、王子の誕生パーティ会場へと戻っていった。
彼女が戻ったパーティ会場から、王子の誕生日を祝う壮大な演奏と貴族達の楽しそうな話し声が聞こえてくる。
一方、俺の眼の前には大勢の警察騎士達が地面に倒れていた。
それに混じって、反王国過激派組織『カナリヤの炎』の連中も倒れている。
しかし、カナリヤの炎の連中はまだまだ大勢いる。
ざっと見て、百名だろうか。
皆、赤系統の髪と目をしている。
夕日に照らされた連中の髪と目は、炎のようだった。
そんな連中の親玉らしき人物が、俺に向かって声を荒げた。
「貴様……その赤い髪、赤い瞳!!! 貴様も、俺達と同じ『加護無し』だろう!? なのにどうして警察騎士などやっているのだ!? 我らを精霊に見捨てられし棄民と見下し、社会の下層に押し込めるこの腐った国家に仕えるとは恥を知れ!!」
親玉の言う通り、俺も、カナリヤの炎の連中と同じ『加護無し』という存在だ。
風と大地と水の精霊が護りしこの国では、六割の人がいずれかの精霊の加護を持って生まれてくる。
しかし、残りの四割は精霊の加護人を持たずして生まれてくるのだ。
この国を脅かした邪智暴虐の炎の精霊の加護すら得られなかった、精霊に見放された人種。
それが、俺達『加護無し』である。
「なあ……貴様はシドウと呼ばれていたな。……シドウ、今からでも遅くない。我らがカナリヤの炎と共に戦わないか? お前だって思っているだろう? 加護無しは人に非ずと蔑むこの世は不公平だと! 不平等だと!!!!」
「……それで?」
俺は足元に落ちていた蔓薔薇を支える太い支柱を手に取る。
蔓薔薇はカナリヤの炎と警察騎士の戦いに巻き込まれ、地面になぎ倒され踏みにじられていた。
「お前達カナリヤの炎は、今まで何人殺して来たんだよ。……お前らが爆破した汽車や襲撃したパーティ会場や学校や貴族の屋敷に、どれだけの罪の無い人がいたと思ってんだ? ……その人達が、お前らに何をしたんだよ」
俺は蔓薔薇の太い支柱を槍のように構えた。
支柱には、薔薇の蔓が何本もしぶとく巻き付いている。花は散らしても、棘のついた蔓は何本も支柱にしがみついたままだ。
薔薇から不屈の精神を感じ、お前らの仇は俺が討ってやると内心で思う。
「答えろよ」
「……これは聖なる戦いなのだ。我々を加護無しを蔑み踏みつけにする、持って生まれた精霊の加護を誇るだけの傲慢なる加護人共を成敗したに過ぎない!」
「だから、殺したのか? ……今回みたいに、王子の誕生日パーティに乗り込んで、王子から演奏家に至るまで皆殺しにしに来たって? …………お前らのせいで死んだ人達の中には、加護無しを友と呼んで家族みてェに大事にしてくれた人達がいたかも知れないのに?」
「加護無しを友と呼び、家族のように大事にする……? はっ、そんな奴がこの国にいるものか!!」
カナリヤの炎の連中は、それぞれ武器を構えてこちらに襲いかかる姿勢をとっている。
望むところだ。かかってこいよ。
俺は呼吸を整え、親玉に向かってこう答えた。
「いたんだよ。……うぜえくらいに俺を大事にしてくれた人達がな!!!」
そう言った瞬間、カナリヤの炎の連中が襲いかかって来る。
俺は蔓薔薇の支柱を振り回し、襲ってくる連中をなぎ倒しながら親玉に向かって走り出した。
襲い来る剣を支柱の切っ先で弾いたあと、支柱で相手の喉を突きその後ろにいた連中ごとぶっ飛ばす。
今度は横から剣を構えた数名が迫って来たので、身を屈めて支柱で連中の足をすくい、派手に転倒させまくった。
息つく間もなくまた剣が振り下ろされたので、それを支柱で受け止めつつ背後から襲いかかって来る奴に頭突きをかます。
そして、眼の前にいるやつの腹を思い切り蹴飛ばし、支柱をぶん回して向かってくる連中を全員ぶっ倒した。
やはり、槍はいい。
攻めも守備も出来るし、大勢をまとめてぶっ飛ばせるからだ。
俺は襲いかかってくる連中を支柱でなぎ倒しながら、親玉めがけて進んで行く。
そうしてぶっ倒したカナリヤの炎の連中の後方に、親玉が立っている。
奴は槍を構え、俺に向かって口を開いた。
「……シドウ。……俺達の仲間になれ。お前の強さは警察騎士などという国家の犬として消費されて良いものではない! 我々の正義と共に戦わないか!?」
親玉は俺へ片手を差し伸べ、話を続けた。
「……欲しい物を何でもやろう。……金でも、女でも男でも子供でも、望むものなら何でも用意してやる。……お前は男前だから、相手は進んで奉仕したがるだろう。……何でも良い。何でも叶えてやろう。さあ、望みを言え!!」
「望み……か。……叶えてもらえるもんなら、叶えて欲しいよ」
俺の望みは『二つ』あった。
だが、どちらも叶うことは無いだろう。
「返してくれ。……あの人達を……。先輩達を!!!」
蔓薔薇の支柱を槍のように構え、先輩達を思う。
一つ目の願い、それは。
「お前ェら捕まえる途中で死んだ先輩達を返せッ!」
親玉の槍を巻き取るように支柱を突き出す!
突き出したその拍子に!
支柱に巻き付いていた何本もの薔薇の蔓が槍を捉えた!!
「なあ? コーカサス炭鉱爆破事故って知ってるかッ!?」
親玉の槍が止まった一瞬を狙い、相手の喉元めがけて勢い良く突く!!!!
親玉は背後に控えていた連中ごとぶっ飛び、槍を手放した。
俺は折れてしまった支柱を地面に置いて、地面に転がっている親玉へと近付く。
足元には、俺がぶっ飛ばしたカナリヤの炎の連中と、そいつらと戦った警察騎士達が倒れている。
そして、戦場となった中庭で咲いていた薔薇達が、無惨な姿になっていた。
一方、地面に倒れた親玉は近付いて来る俺に、
「シドウ……落ち着け。なあ、俺達は同じ加護無し……この国の被害者だろう? それに、コーカサス炭鉱爆破事故では、俺達も拠点が吹っ飛び仲間が大量に死んだんだ……。だから、俺にもお前の気持ちがよく分かるよ。……なあ、俺達は仲良くなれるんじゃないか?」
と穏やかに語りかけてくる。
だが、その声を発する喉元にかかっている首飾りには。
「良い首飾りしてんな。…………その首飾りについてる『たくさんの人の耳』……そりゃ誰のもんだ?」
「これか? ははっ、これは……加護人共の耳だ。……我々加護無しを虐げる悪しき教育を垂れ流す、児童学院を襲撃した際の戦利品さ。……加護無しは人に非ずというおぞましい価値観をガキ共に植え付ける病巣など、切除する他無いだろう?」
「なるほどな…………。その耳、道理で小せェと思ったよッッ!!!!!」
まだ幼さが残る丸い耳達を下げた反吐が出る首飾りをした親玉のオッサンの顔面に、俺は思いっ切り拳を振り下ろした。
◇◇◇
地面に転がるカナリヤの炎の連中を警察騎士達が連行して行く。
幸い、警察騎士に死者はいなかった。
彼らの怪我はヒーラー隊が治している最中だ。
しかし、まだまだ地面に倒れている警察騎士は多い。
「……大丈夫ですか?」
深い切り傷を負って苦しそうな警察騎士へ手を差し出すと、相手は不快と悔しさが混じったような様な顔で、俺の手を跳ね除けた。
「触るな!! 加護無しが!!」
「その元気があるなら、問題無いですね」
俺はその警察騎士から離れ周囲を見渡した。
すると、無惨な姿になった薔薇の庭園の中に、一輪だけ無事な白い薔薇を見つけた。
周囲の土は誰のものかわからねえ血飛沫まみれで、こんな土にまみれてたら枯れるんじゃねえかと思う。
横に倒れて崩れた土から根が見えているが、それでも輝くように咲いている白薔薇には、美しいと言うより良い根性してんなお前と言いたい。
なんとかその薔薇を植え替えてやれねえかと植木鉢を探すが、全部見事に割れていた。
「……悪いな。なんもしてやれそうにねえ」
汚れるだろうとグローブを外し、素手で周辺の綺麗な土を集めた。
そして、倒れた薔薇を起こして土に植え替ようとしたら、横から警察騎士が近付いて来た。
その警察騎士は、外套に土を乗せている。
「手伝うよ。……俺、大地の加護人だしさ。魔法はあんま使えないけど、土を良い感じにするくらいなら」
警察騎士は持ってきた土を、辛うじて形状を残している花壇に乗せると、その土に手をかざした。
手袋で覆われた彼の左手の甲がぼわっと光り、その光は土に沈んでいく。
「シドウ、こっちに植え替えてやれ」
「……はい」
俺は言われた通りに彼が用意した土に白薔薇を植え替えた。
触れた土は柔らかく、状態が良いことがわかる。
「……シドウ、ありがとな。……俺達刑事部隊が不甲斐無いばかりに、苦労かけた」
「いいえ、勿体無いお言葉です」
「敬語はよせ。俺、まだお前と同い年だよ」
「え……ああ。……悪い。先輩かと」
「威厳があるだろ? ……老けてるなんて言わせないぞ」
彼はそうやって冗談っぽく胸を張った。
その後、少しだけ会話をしてから、俺は屋敷の前にいるヘンリエッタ殿へ報告に向かった。
◇◇◇
「シドウ、もう少しゆっくり殲滅してくれたら良かったのに。王子のヴァイオリンを聞き逃してしまった。……気が利かないね、お前は」
ヘンリエッタ殿はうっすらと笑ったまま表情を変えずに言う。
確かに、屋敷の中からはヴァイオリンの演奏が聞こえてきた。
「カナリヤの炎にも困ったものだ。…………でもまあ、連中の退治は楽だから助かるよ。……私のような精霊の加護人を嫌ってるから。だから、『加護人の騎士』とかいう厄介なやつにならないんだ。……精霊の力を加護人を媒介に共有して、魔法使ってくる反王国組織が増えたら……溜まったもんじゃないからね」
加護人の騎士。
俺らのような加護無しが、加護人を媒介にして精霊の加護を得た存在を指す。
勿論、それに伴う恐ろしい代償もある。
「そうだ、シドウ。ここまで頑張ってくれたんだ。何かご褒美をあげようか。……お前が警察騎士に愛想を尽かして我々に牙を向くようなことがあったら困るからね」
ヘンリエッタ殿の黒髪と青い目に、屋敷から漏れる絢爛な光が反射している。
その瞳はまるで、見る相手を石にするような迫力と底知れない恐ろしさがあった。
「賞与? 勲章? それとも昇進? ……さあ、なんでもご褒美をあげるから、言ってごらん? あ、性的なのは駄目だよ。……って冗談だ。嫌そうな顔するなよ」
そんな時である。
警察騎士の一人が慌てた様子で走って来たのだ。
「なんだい? そんなに慌てて」
「ヘンリエッタ殿! ……本日の昼頃、タツナミ公爵家のルイス裁判官の命令で、プロメ・ナルテックスを放火の現行犯として逮捕いたしました!」
プロメ・ナルテックス。
その名を聞いた瞬間、世界が止まったみたいに思えた。
「プロメ・ナルテックスが放火魔という証拠は?」
「報告によると、彼女が炎の加護人であるということだけです」
「なるほど……。あのルイスらしい惚れ惚れする名推理だな。凄すぎて笑っちゃうね、勿論鼻で。…………報告ご苦労さま。下がっていいよ」
俺がプロメ・ナルテックスの名を聞いてぼーっとしている一方。
ヘンリエッタ殿は報告に来た警察騎士を返したあと、相変わらずの薄ら笑いのまま、言葉を続けた。
「ルイスの馬鹿には困ったもんだ。……それにしても、タツナミ家は最近増長し過ぎだね。司法を司っているからって、うちの……ラネモネ家の権力にまで手を出して。……そろそろ一発お仕置きをされて欲しいところだ。警察騎士に増えたタツナミ派は、ラネモネ家の当主して、困ったものだから」
ヘンリエッタ殿―――ヘンリエッタ・ラネモネ殿は、この国を支える三大公爵家の一つである、ラネモネ家の当主だ。
ラネモネ家は警察騎士を統治しており、その家の当主であるヘンリエッタ殿は警察騎士の長官である。
「でも、プロメ・ナルテックスだなんて。父親についで娘まで放火魔か。いや、父親は我慢できずに炭鉱内で煙草を吸いやがった大馬鹿ヤニカス野郎だったね」
「……ですが、ヘンリエッタ殿。……彼は」
「まだあの男……グスタフ・ナルテックスに情をかけるのかい? ……まあ、お前らしいけど」
ヘンリエッタ殿は薄っすらと微笑んだままだ。
でも、その瞳は何一つ笑っていない。
「お前も哀れな性分だね。……いっそ、プロメ・ナルテックスに全てを話してごらんよ。……お前が情をかけたグスタフの娘なんだ。……感謝されて、お礼にキスの一つでもしてくれるんじゃないかな?」
「!」
『一年前に見た』プロメ・ナルテックスの、この国の誰よりも可愛らしい顔を思い出す。
柔らかそうなふわふわの金髪に、甘く輝く桃色の瞳。
もし、『また』彼女に会えるなら。
会いたい。どうしても会いたい。
また顔が見たい。
キス、なんてそんななんかアレなことなんか、べ、別に望んじゃいない。いや、してもらえるなら嬉しいけど。
だけど、もし、あのプロメ・ナルテックスが。
誰よりも可愛いプロメ・ナルテックスが、俺に振り向いてくれて……キスなんて、してくれるなら。
そんな夢が、叶うなら。
この一年間ずっと、そんな夢ばかり見ていたから。
「まあ、無理だろうね。話せるわけないか。……だって、全てを話したら、お前はプロメ・ナルテックスに殺されるほど恨まれるだろうから。……彼女は何一つ知らないんだ。……いや、彼女だけじゃない。……一般市民は誰も知らないんだ。……コーカサス炭鉱爆破事故の真実をね」
そうだった。
俺は夢見心地から現実に引き戻された。
俺は、プロメ・ナルテックスに『絶対に言えない秘密』がある。
もし知られてしまったら、嫌われるどころか殺されるかもしれない。
やっぱり、夢は夢のままにした方が良い。
だけど、でも!
……頭ではわかるのに、我慢が出来ない!
今、プロメ・ナルテックスは牢屋の中にいる。
炎の加護人だからと、たったそれだけの理由で逮捕され、心細い思いをしてるだろう。
それなら、早く会いに行って安心させたい。
資料室の整理係に左遷され、しかも加護無しの俺に捜査権は無いに等しいが、それでもなにか力になりたい。
……プロメ・ナルテックスの危機に俺が駆け付けたなら、もしかしたら……振り向いてもらえるかもしれない!
そもそも、物語のヒロインは危機に駆け付けて来た男に惚れるのがお約束だ。
そういう漫画は何度も読んできた。
どの漫画も、駆け付けた主人公にヒロインが涙ながらに抱きついて『助けに来てくれてありがとうございます! 好きですっ! 主人公様っ!』とキスをしてくれるのが定番である。
それなら、プロメ・ナルテックスも、俺のことを好きになってくれるのだろうか。
好きになってもらうとまではいかないが、それでも良い感じくらいには思ってくれるんじゃないか。
この一年間、プロメのことを思わない日は無かったから。
笑っちまうくらいの立派な一目惚れだったんだ。
……それに、もしかしたらプロメも、俺のことを覚えているかも知れない。
俺みたいな特徴的な強い悪人面、そう簡単に忘れないと思うから。
俺の二つ目の望みが、理性を置き去りにして口を動かした。
「褒美の内容、決まりました。…………叶えてください、ヘンリエッタ殿」
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