第2話 令嬢プロメ、婚約破棄され逮捕される
「プロメ・ナルテックス!! 貴様との婚約は破棄だ!!」
「はぁ゛!!??」
あまりの出来事に汚え大声を出してしまった私は、たった今婚約者のルイス様に婚約破棄をされました。
しかも、私達が在籍するフォティオン学園の卒業パーティの会場で。
しかも、大勢の人前で! 声高らかに! です。
「ルイス様! 気は確かですか!? こんな人前で婚約破棄なんてしたら私だけじゃなく貴方も無傷じゃ済まないでしょう!? それでも公爵家のご当主ですか!」
「ええいうるさい!! 小型犬のポメラニアンみたいにギャンギャン喚きやがって!! ポメラニアンは愛らしいが貴様はただ喧しいだけだ!! この成り上がりの炭鉱女が!!」
成り上がりの炭鉱女――これは学園内での私のあだ名です。
私の実家であるナルテックス鉄工という大会社は貴族達にとって、爵位や地位を持たない人々が発展させた目障りな存在でしかないのですから。
「貴方との結婚はルイス様のお父様がお決めになったことでしょう!? それに今まで私が貴方にどのくらい金を渡したと思っているんです!?」
「うるさいこの成り上がりの炭鉱女!! それにあの父はもう死んだ!! だから貴様との婚約なんか破棄してやる!!!」
確かに、私とルイスの婚約を決めたルイスのお父様は、一週間前に息を引き取りました。
だからって、その一週間後にすぐ破棄というのは、これはあまりにも横暴なのではと思います。
それにしても、大勢の前で令嬢が婚約破棄されるなんて、まるで私の大好きな恋愛小説のようです。
もしこれが恋愛小説なら、ここで白馬に乗った王子様が駆け付けて『それなら私と結婚しましょう!!』と助けてくれるのでしょう。
ですが、私が置かれている現状は現実そのものです。
誰も助けちゃくれません。
やはり、信頼できるものは金と暴力だけ。
だって、金で買えないものはないですし、暴力を振るえば相手は黙るからです。
「婚約を破棄するなら私が今まで貴方と月一の顔合わせをするために買ったドレスやアクセサリーやその他諸々の経費を払いなさい!! 領収書なら全部ありますから! それに! ルイス様が言い出した婚約破棄なら慰謝料も当然頂きますよ!!」
「あああうるさいうるさい! 口を開けば金金金金金金金と醜い金の亡者が!! 貴様のそういうところが嫌だったんだ! さっさと大好きな金と心中でもしてろ薄汚い小娘が!! 最近流行りの悪役令嬢みたいな奴め!!!」
ここまで言われてしまうと、もう我慢なりません。
炭鉱町で育った私の不屈の闘争心に火が付いてしまいました。
私は慣れ親しんだ炭鉱訛りを駆使し、ルイスを言葉の暴力でぶっ倒そうと決意します。
普段はこの学園に相応しいお上品な令嬢言葉を話しているのですが、戦闘する場合は炭鉱訛りのほうが気分が上がりますからね。
まず、取り敢えず、ルイスの言った『薄汚い小娘』という言葉の揚げ足をとっていこうと思います。
「小娘やてぇ!? 私が小娘ならあんたは小僧やろうが!! 自分の罵倒がどう反論されるかくらい裁判官なら予想くらいしとけや!!! せやからお前司法試験に七回も落ちんねんバカタレがぁ!!」
「ぁあ嫌だこの下品な炭鉱訛り!! 聞くだけで耳が炭鉱になるようだ!! そもそも! お前との婚約なんて、父が無理矢理結決めただけで私は死んでも嫌だったんだ!! こんな金の亡者と結婚なんて冗談じゃない!」
「金の亡者で何が悪い!! 金持ちの何が悪い!! そもそも! お前は裁判官やろ!? 裁判官は公務員やろ!? おどれら誰のお蔭で飯食えてると思てんねん!! 国民やろ? 国民の血税やぞ!!! 私んとこのナルテックス鉄工がどんだけ税金払ろてると思てんねん! 高額納税者やぞこっちは!!!」
『誰のお蔭で飯食えてると思てんねん』……なんて、こんな良識も知性もへったくれもない事言いたくないですが、そもそも大勢の前で婚約破棄というイカれた所業をしたのはルイスです。
そんなイカれた奴相手に良識だの何だの構っていられません。
「クソ……この成り上がりの炭鉱女が……!」
どうやら、ルイスは何も反論できないようです。
ざまぁクソ野郎ッッ!!! です。
だって、ルイスは裁判官――つまり公務員なのですから、税金で飯を食う分際で高額納税者の私を『薄汚い小娘』と罵る方がアホなのです。
ルイスは裁判官という職にこそ就いていますが、その実態は甘やかされたアホんだらであり、司法試験に七回も落ちています。
この国の司法試験は三回目で合格するのが平均的であるのに、ルイスはその倍と余分に一回かかるほどのアホでした。
おまけに、頭も悪けりゃ運動能力も悪いと言う体たらく。細身の剣すらろくに持てず、フラフラとしながら対戦相手の男性達に負けっぱなしです。
優れているのは見た目だけ。オールバックにした金髪と緑色の目を持つ、細身ながらも逆三角体系をした美青年なのです。
そんな彼のあだ名は『バカ公子』という無惨なもので。
私とルイスは、学園内で『バカ公子と炭鉱女のこの世の終わりみてえなクソカップル』と言われておりました。
ルイスのお父様は優秀でご立派な方だったのに、どうして息子はこんな風になってしまったのでしょう。
私は黙ったままルイスを鼻で笑い、『やったか!?』と心の中で呟きました。
――すると。
まるで私の『やったか!?』に反応したかのタイミングで。
「高額納税者……。つまり高額な税金を払うほど稼げているのは、誰がこの国を統治しているから、だとお思いですの? ……それは王家とルイス様達三大公爵家の力があってこそ。…………あら、ごめんなさい。成り上がりの炭鉱育ちのプロメ様には難しいお話でしたわね」
甘くねちっこい声がしました。
その瞬間、ルイスの顔はパアッと明るくなり、
「パンドラ!! 待ってたよ、私の愛しい人……っ!! 私の希望、この世の光、運命の命綱……! 私が見つけた真実の愛!」
と『マジかよ』と言いたくなるほど甘い言葉を吐きやがります。
パンドラという変な名前の女は、すれ違い様に私を流し目で見て鼻で笑い、両手を広げる喜色満面のルイスの胸に身を擦り寄せました。
「お待たせしてしまいごめんなさい、ルイス様。……下級生達から制服のボタンやら何やらをせがまれていましたの……。だから、ドレスを着る暇もなくて。いつものシスター服で来てしまいました事を、許してくださる?」
「勿論だよパンドラ! それに、君はありのままで充分美しい。……さすがは慈愛の乙女だ!」
確かに、パンドラは艷やかな銀髪と紫の瞳を持つ美女です。おまけにでかい乳とケツが付いた艶めかしい体をしています。
この場にいる男性だけでなく、女性も惚けた顔でパンドラへ熱い視線を送るくらいでした。
見た目だけでなく家柄も恵まれており、その出はなんとこの国の三大公爵家の一つである、クローバー家のご令嬢です。
おまけに、この国の国教であるフォティオン教のシスターとして慈善活動もしているパンドラは、その完璧さから『慈愛の乙女』と呼ばれておりました。
ですが!! だが!!
しかし!!
その本性は救いようの無い最低最悪のゲロクソドブスであると私は知っています!!!
……だって、こいつが主犯の令嬢グループに、私は長年嫌がらせをされていたから。
ある時は噴水に落とされ、ある時は足を引っ掛けられ、聞こえるように悪口を言われ……と、ギリギリ犯罪にならないレベルの嫌がらせされてきました。
この女は取り巻きに実行役をさせ、自分は高みの見物を決め込むというクソッタレな所業を繰り返していたのです。
ですが、そんな事は全く知らぬというルイスの畜生は、
「プロメ貴様!!! パンドラから聞いているぞ!! お前は罪無き令嬢の頭を抑えつけて噴水に沈めたり、お茶会中のパンドラ達の頭に紅茶をぶっかけたりしたそうじゃないか!! なんて品性下劣な女なんだ貴様は!!! 裁判官として貴様をここで断罪してやる! この悪役令嬢が!!!」
と私に指を差しやがります。
「仮にも裁判官とあろうものが片一方の意見を鵜呑みにするというのは如何なものでしょうか!? だいたい私が噴水に沈めたのは常日頃からそいつ等が私を噴水に突き飛ばすから!! お茶会で紅茶ぶっかけたのも私の悪口を聞こえるように話すからです!! 私を断罪するならその女と取り巻きからまず断罪しろや!!」
私は嫌がらせを受けるたび私は暴力で反撃し、相手の親が騒いだらその口に金を突っ込んで解決してきました。
そのお蔭で他の生徒たちから腫れ物扱いされており、友達なんか一人も出来ませんでした。
我ながら荒れた学園生活を送ってきたものです。
そんな私はいつしか悪役令嬢とか成り上がりの炭鉱女とか呼ばれ、生ゴミを見る目を向けられていました。
そんな学園生活の癒やしは、酷い目に遭っているヒロインが白馬の王子様に救われて溺愛される恋愛小説や漫画です。
お話の中では、白馬に乗った王子様が必ずヒロインを助けてくれる。
私はそんなヒロインに自分を重ね、悲しみの涙を堪えてベッドに入り、
『あのクソ女ども、ぶっ殺す』
と怒りの炎に身を焦がしていました。
けれど、どれだけ取り巻きクソ女共にやり返しても、肝心のパンドラにだけは怒りの拳は届きません。
奴は私の反撃を察するとドサクサに紛れて姿を消し、気が付いたら大勢の見物人を引き連れ『プロメ様がわたくしのお友達を苛めるのです!』と嘘泣きをしやがる始末です。
涙を零す直前、奴が目薬を差していたのを目撃したのは私だけでした。
そんな畜生女のパンドラは、また隠れて目薬を差したあと、嘘くさい涙を零しながら弱々しい声で話し始めやがりました。
「わたくしがプロメ様に嫌がらせ……? そんな! 冤罪ですわ……っ! ルイス様、どうかお助けくださいませ……っ! だって、わたくしたちがプロメ様に嫌がらせをした証拠なんて、どこにもありませんもの……っ!」
……確かに、パンドラ達が私に喧嘩を売る時は、決まって人がいないタイミングをでした。
それに、パンドラが指示をしたという物的証拠は一切ありません。
そんな狡猾女のパンドラの肩を抱くルイスは、
「なんて可哀想なパンドラ! でも安心してくれ! こんな悪役令嬢なんか今すぐ断罪してみせるよ! て私は例え世界中を敵に回しても、私は君を護り通すよ!!! 君のことは命をかけて守るからね! 私の愛しい人! 私の光!! この世の命綱!!」
と勝手に盛り上がっています。
……そんな時です!
ドォンッッッ!!!
という爆音が、突然、何の前触れも無く、何の脈絡も無く、会場の外からぶち上がったではありませんか!!
「え゛え゛!?」
あまりの事でまた汚え大声をあげた私は、何が起こったのかとパーティ会場を見回します。
卒業生達も突然の事におろおろしており、それはルイスも同じでした。すごく怯えた顔をしています。
パンドラも、いつもの張り付いたような微笑みを崩し、驚きと困惑が混ざったよな表情をしていました。
一体何が起こったんだ!?
というかさっきの爆音ってなに!?
一体全体、どうなっとんのや!?
会場中が戸惑う中、窓際の卒業生が悲鳴を上げました。
「か、火事だ……ッ!!! 外っ!! 燃えてる!! 火!! 火が!!」
その言葉通り、窓の外には炎が燃え盛っており、現実離れした光景は最早『夢か?』というほどです。
「ルイス様。わたくしは消防隊と警察騎士を呼んで参ります。皆様は落ち着いて避難してくださいませ!!」
パンドラはいきなりの火事に硬直しているルイスへ声をかけ、卒業生達に避難を促すと、走ってこの場から出て行きました。
パンドラのくせに真面目な事を言うなと思った、その瞬間です!
「この火事の犯人はお前だろ!!! プロメ・ナルテックス!!!」
「はぁあ!? なんですって!?」
ルイスが恐怖に染まった表情で、私を犯人呼ばわりして指を差しました。その指はみっともなく震えています。
突然の婚約破棄からの突然の火事からの突然の犯人呼ばわり。伏線も前振りも脈絡も無い、突拍子過ぎる展開です。これがもし小説ならば、伏線ぐらいはっとけやと非難轟々でしょう。
…………しかし、現実は物語ではありません。
伏線も前振りも何も無く、不幸はいきなり襲い掛かります。
「プロメ・ナルテックス……貴様は婚約破棄の恨みでこの大火事を起こしたんだ!! 現行犯だ現行犯!!」
「ルイスお前何を証拠にンなことを!! アホやと思ってましたが、ここまで来たらもう触れたらアカン種類のアホやないですか!!」
ルイスのあまりにイカれた所業へ、思わず炭鉱訛りが出てしまいます。
避難途中の卒業生達も『確かに』と言いたげな顔をします。
しかし、ルイスの態度は揺らぎません。
恐怖に染まった青ざめた顔で、私を指さします。
「証拠? それならあるさ。…………だって、お前の親父は『コーカサス炭鉱爆破事故』の犯人じゃないか。……それに、お前は、百年前にこの国を蹂躙した邪智暴虐の炎の精霊の加護を持つ、穢らわしい『炎の加護人』じゃないか……!」
『コーカサス炭鉱爆破事故』と
邪智暴虐の炎の精霊の加護を持つ、
忌み嫌われし『炎の加護人』。
成り上がりの炭鉱女である悪役令嬢と呼ばれても仕方ない身の上です。
この二つの言葉をルイスが言った途端、卒業生達の雰囲気が『ルイスの言う通りかも』とでも言いたげな雰囲気に変わりました。
この場の全員が、『犯人はお前だろ』と言う目をしています。
「違う、違う私じゃない! そんな無茶苦茶な言い掛かりで逮捕なんてこんなアホな話あるか!!!」
そんな私の叫びに被さるように、
「ルイス様!! 消防隊と警察騎士の皆さまを連れて参りましたわ!!!」
「パンドラ!! さすがだね! 仕事が早い!! ……さあ! 警察騎士の諸君!! このプロメ・ナルテックスが放火の現行犯だ!!」
「え……? ルイス様?」
警察騎士達を連れて戻って来たパンドラの肩を抱きながら、怯えた顔をしているルイスは警察騎士に向かってこの女を捕らえろ! と叫んでいます。
そんなルイスに肩を抱かれたパンドラは、訝しげな顔で奴の名を呼びました。
さすがのパンドラも戸惑う事態なのでしょう。
「この私! フォティオン王国の三大公爵家が一つ、タツナミ家のルイス・タツナミが!
邪智暴虐の炎の精霊からこの国を守りし『風の精霊』の加護を持つこの私が!!
この国の正義たる警察騎士の君たちに、
プロメ・ナルテックスの逮捕を命じよう!!!」
ルイスによるこの一言で、警察騎士達は一斉に私を抑えつけ、強引に両腕を後ろへ持ってくると、時刻を口にしたあと放火の現行犯で逮捕と大声を出し……。
私に手錠をかけました。
「そんな……! おい!! ふざけんな警察騎士共!! 公僕! 税金喰らいがぁ!! これが国家権力のやる事かぁ!! こんなん誤認逮捕や!! 冤罪やぁぁああ!!!」
このフォティオン王国を守護する三大公爵家のうち、司法を司るタツナミ家の当主ルイスによって、私は放火の現行犯となりました。
ここまで酷い目にあったのです。
これはもう、白馬に乗った王子様が助けに来てくれないと割に合いません。
ですが、残念ながら、これは現実です。
私は恋愛物語のヒロインではなく、ただのプロメ・ナルテックスという成り上がりの炭鉱女でしかないのでした。
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