第7話 命をかけて守るからと、シドウさんは言うけれど

「は? ぁ? け、結婚!!!??? お、お前ェプロメ……今なんて? あ……すまん、お前って、しかも呼び捨てしちまって」






めちゃくちゃ取り乱しているシドウさんは、顔を真っ赤にして混乱しています。






「呼び捨てでも、お前呼びでも何でも構いません!!! シドウさんお願いです! 私と結婚して、ルイスのクソ野郎とパンドラのクソ女をぶっ倒すために一緒に戦ってくれませんか!?」






シドウさんは今まで、私の名前を呼び捨てにしませんでした。私を呼ぶ時も『貴女』と言っていましたから。



女の扱いがわからないと自己申告されてましたが、この時点で充分礼儀正しいと思います。






「すいませんシドウさん……。失礼なことを言っているのはわかってます。貴方の恋路を邪魔するような提案をしてしまって」



「いや、寧ろ何もしてないのになんか叶ったんだが」



「! ですよね!  私と結婚をすれば、シドウさんは法律的に炎の加護人と同等の立場になれるんです! しかも! ナルテックス鉄工の義理の息子になれば! 金の力を使ってヘンリエッタ様に愛を告げやすくもなるでしょう!? 私は貴方とヘンリエッタ様の恋路を応援したいのですから!!」



「……応援……しちゃうのかよ……」



「はい! 金の力でバリバリ応援しますよ!! それに! ナルテックス鉄工の令嬢であるスーパー金持ちプロメ・ナルテックスの夫になれば! 大会社の令嬢の夫という身分証明書を手に入れたも同然なんです! だから、いくら資料室の整理係でも加護無しって部分は帳消しになるんですから、捜査権も無いわけじゃないでしょう!?」






この国の法律はズルいところが多い。



加護無しを人に非ずとするくせに、炎の加護人に関しては、風と大地と水の加護人と同列の権利を持つとしています。



何故なら、もし法律で『炎の加護人は人に非ず』と定めたら、『そんな法律なんて国ごと燃やしてやる!!!』と炎の魔法が使える炎の加護人がブチギレて国家転覆をする危険性があるからです。




だからこの国の法律は



『法律上で炎の加護人に他の加護人と同等の権利を与えても、どうせ実社会じゃ差別するに決まってるよな』という人の性も見透かした上で、



『差別されまくる炎の加護人のうち、炎の魔法が使える奴がブチギレて暴れたら困る』という理由から、



『差別される炎の加護人が憂晴らし出来るように、より下の階層に加護無しを置いて、この二層に争わせて上位の階層に火の粉が飛ばないようにする』



と人々の悪意を制御しているのでした。


流行りの言葉で言うと、ヘイトコントロールでしょうか。







「この国の法律のズルさと悪辣さ。これを利用するのは反吐が出ますが……。でも、もう私にはこれしか戦う術が無いんです……。シドウさん、本当にごめんなさい」






金持ちの加護人である私と結婚すれば社会的地位が手に入りますでしょ? と提案するのは、金と社会的地位を使ってシドウさんを買わせろと迫っているようなもんです。



実際、金持ちの加護人が金に困った加護無しを買って、愛人にしたり汚れ仕事をさせたりするような非人道的なことがこの国では日常のように行われていたのです。




しかも、社会的地位と金があればヘンリエッタ様にも告白しやすいでしょ、なんて、こんな人を舐め腐った提案がありますでしょうか。


さすが私、発想が醜いです。そりゃ、『悪役令嬢』とか『成り上がりの炭鉱女』とか呼ばれるでしょうね。




私と真摯に向き合ってくれたシドウさんに対して、こんな仕打ちは失礼どころの騒ぎではありません。


ふざけんなクソ馬鹿女とブチギレられても、それは正当な怒りだと思います。




でも、私には他に手段がありませんでした。






「あの、プロメさん……」



「お願いですシドウさん。私のことは呼び捨ててください。お前呼びで大丈夫です。私は貴方に『さん』付けで呼んで頂く資格なんてありません」



「……じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……。……プロメ、お前……いくらなんでも結婚ってのは落ち着いて考えろよ……。仮に俺と結婚して何やかんやで無罪放免になっても、令嬢の経歴的にマズくねェのか……? 」



「シドウさん……、なんで私を心配してくれるんですか……? 私、貴方にとても酷い提案をしているのに……っ、ぅ、う゛ぇえ゛え゛」






シドウさんの優しさに、私はまた泣きました。



今度は鼻水も出て来ました。



今の私の泣き顔は、令嬢ものの恋愛小説のヒロインというより、令嬢ものの恋愛小説を書こうとして失敗したコメディ小説に出てくる女といった具合でしょうか。






「いいからいいから。お前の事情はわかるよ。……理不尽にパクられて、三日後には裁判が始まるってんだ。……そら、俺に縋りたくもなるだろうよ」



「うゎぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ジドウざぁぁあん!!! なんでぞんなにやざじいんでずがぁああ!!」



「あ〜も〜! 取り敢えず落ち着け! そして泣き止め! な? ほら、ハンカチやるから」






シドウさんから黒いハンカチを渡され、私は涙と鼻水を拭きました。


返そうとしたら「いらんいらん、やるよ。返さんでいい」と優しい事を言われ、私はまた泣きました。






「なあプロメ、お前の実家のナルテックス鉄工がすげえ強い弁護士とか雇ってくんねえのか?」



「残念ながら無理だと思います……! 私を逮捕させたルイスの実家は、この国の司法を掌握するタツナ公爵家ですから。だから当然、全国の弁護士達も掌握しています。金の力で腕の良い弁護士を……というのは絶望的ですね……」



「そうかい……。そりゃ、詰みだな……」






シドウさんは心配そうに私を見てきます。






「お前は、良いのか? 本当に俺と……その、結婚なんて……」



「シドウさんが、嫌じゃなければ」



「嫌なわけないだろ」



「え」






食い気味に『嫌なわけないだろ』と返された私は驚きました。


だって、貴方はヘンリエッタ様を愛しておられるのでは?


それなのに、こんなさっき会ったばかりの鼻垂れ女と結婚なんて本当に良いのですか?




きっとこれは、シドウさんの優しさと正義感なのでしょう。


警察騎士として、不当逮捕された私を見捨てられず、なんとか力になりたいと思ってくれるだけなのですから。



思い起こせば、シドウさんは出会ってからずっと私に優しかったですね。



そんな優しい人を、卑劣な手段を使って自分の戦いに巻き込もうとしています。



申し訳ない気持ちは多々あるけれど、こっちも冤罪がかかっている身です。悠長な事を言っていられません。






「シドウさん、改めてお願いします。私と結婚して、一緒に連中と戦ってください……! 私のためにも、ナルテックス鉄工のためにも、絶対に冤罪を晴らしたいんです!」





私は拳を握りしめました。






「金ならいくらでもお支払いします。勿論、全てが終わったらすぐに離婚します。ヘンリエッタ様には私から事情を説明しますし、アレだったら私、当て馬やるんで、お好きなように使ってください!!



「! お、お好きなように……使って……って、お前、それは」






シドウさんは赤面しながら驚いています。


そして私から目を逸らして「お好きなように……使って……て、……んなこと言われたら」とブツブツ言っておられます。






「勿論、離婚時は多額の慰謝料もお支払いします! 寧ろ払わせてください! ……私には……金しかありませんから……」






舞踏会の夜、クソ男に騙された私は思い知った。



私の価値は金しかないのだと。



クソ男に馬乗りになりシャンパンボトルでぶん殴っているとき、奴は『お前みたいな性格終わってる貧相なブス、金以外に存在価値あんのかよ! パンドラ様は美人で巨乳でお優しくて金もくれるんだ! 乗り換えて何が悪い!!』と言ったのです。



……この男のお蔭で大変勉強になりました。



私には金しか無いが、その金は人の心や正義感すらも買える絶対的な武器になると。



この世は金が全てであり、金で買えないものは無い。




シドウさんの優しさすら、私は金で買おうとしているのだ。



まるで、恋愛物語に出てくる悪役令嬢みたい。






「プロメ……お前、そんな悲しそうな顔すんなよ」



「え」






てっきりお支払いする値段の話になるかと思っていたら、予想外の言葉でした。






「……俺は、お前を助けたい。……だから、金はいらない」



「でも、そしたら……。私は何も貴方に返せない。……そんなのは……」





私だけが一方的に得する関係性は、残念ながら信じられないんですよ。




シドウさんを疑うわけではないんです。


これは私の心の醜さのせいなんです。




でも、金の力で相手の心を掴まないと、あのクソ男やルイスみたいにシドウさんも私を捨ててどっか行っちゃうかも知れないじゃないですか。




そもそも、貴方が愛しているのはこの国一番の美女であるヘンリエッタ様なのでしょう?



……私が危機的状況になったとき、今日はヘンリエッタ様に呼び出されたからそっち行きますとか言われたら困るんですよ。


でも、金さえあればそれも防げるのですから。



こんなクソッタレな本音、シドウさんには聞かせられません。




私は自身の醜さに負い目を感じてシドウさんから目を逸らします。




すると、シドウさんは私が怯えていると勘違いされたのでしょう。






「プロメ。……お前のことは俺が命をかけて守るから。……だから、安心してくれ」






こんな甘い台詞を聞かせてくれたではありませんか。




命をかけて守るって、言うだけなら簡単ですよね。



そりゃ、シドウさんほどの男ともなれば、ヘンリエッタ様になら命をかけられるでしょう。


でも、それは愛した女だからです。




それに、『命をかけて守るから』なんて、あのクソ男にも言われましたよ。


ルイスもパンドラに対して、似たようなことを言っていました。




男の人って、この言葉がお好きですね。


言ってて気持ちが良いのでしょうか。



どうせもっと良い女が目の前に現れたら、あっさりと手のひら返すというのに。




ねえ、シドウさん。金も払わない私を命がけで守って、なにか得でもあるのでしょうか。



例え警察騎士の職務でも、ここまでする必要ありますか?






「……さすがシドウさん!! 頼りになりますぅ!! そんなこと言われたら惚れちゃいますよぉ〜!」






私は自分の底意地の悪い内心を悟られないよう、笑顔を作って甘えた声を出しました。



そもそも、シドウさんからしたら善意で言ってくれているのです。


ただでさえ私は誤解からシドウさんに失礼過ぎることばかりをしたのですから。



シドウさんの善意を踏みにじるようなこと、言えるわけがない。






「……惚れて、くれるのか?」



「はい? ……まあ、ヘンリエッタ様も惚れると思いますよ」



「お前は?」



「え、なんで私?」






シドウさんは寂しそうな顔でそんなことを聞いてきます。






「なんでもない……冗談だよ」



「……意外と攻めた冗談を言うんですね、シドウさん……。あの、失礼ながら申し上げますけど、シドウさんはご自分のお顔の男前さをきちんと理解された方が良いかと思いますよ。本気で惚れる人が出て来ると思うんで」



「男前って……そんな。まあ、迫力はあるって言われるが……この悪人面ぶら下げて、今まで良い思いしたことなんかねえよ。……でも


本気で惚れてもらえるなら……また言うかもな」






シドウさんも大変な恋をされているようですね。


そりゃ、相手はラネモネ公爵家の当主であり、国一番の美女であるヘンリエッタ様なのですから。


大貴族のお姫様が相手じゃ、色々と苦労が多いのでしょう。



せめて、なにか応援できれば良いのですが……。






「シドウさん。私の戦いが終わったら、絶対に離婚して慰謝料をしっかり払います。……貴方の人生の邪魔はしません。ヘンリエッタ様に誤解されようものなら私がきちんとご説明しますから。……だから、今だけ、我慢してください」



「……今だけ……」



「はい! 今だけ、まあ、たった三日間ですよ。三日間の間でルイス達を野郎をざまぁできれば良いんですから!」



「……そっか。……三日……だけか」




しかも、シドウさんは何か思い悩んだような顔をされたあと、




「三日で、相手を振り向かせるのは……可能だと思うか?」




と聞いてこられました。




三日で相手を振り向かせる……とは、もしかしてシドウさんもこの三日でヘンリエッタ様に何か勝負をかけようと思っておられるのでしょう。



そりゃ、ナルテックス鉄工の義理の息子パワーを使えるのはこの三日間ですから。



シドウさんにとっても、この三日間は勝負と言う事なのですね。



大丈夫。僭越ながら、私がしっかり応援しますからね!






「う〜ん。シドウさんだったらぶっちゃけ数時間で余裕なんじゃないですかね。そのお心と見た目だけでも充分過ぎるほど強いのに、シドウさんって声も良いじゃないですか」



「え……声? んなこと、初めて言われたよ」






シドウさんはきょとんとした顔をされました。


迫力のあるカッコいい悪人面からのこれは、なかなか破壊力のあるギャップだと思いますがねえ。






「ええ。シドウさんの声、すごく良いですよ! 鼻にかかった低く艶っぽいお声で『好きだ』って言われたら、惚れない人はいないと思います! ほんと!」



「好きだ」



「はい?」



「一目惚れだった。自分でも笑っちまうくらいの一目惚れだったんだよ。……お前が好きだ」



「あ〜そんな感じですそんな感じ! まあ、ヘンリエッタ様相手にお前ってのはアレですけど、シドウさんの低く色っぽいお声と男前な性格的には合ってるから、そこら辺はまあ、良い感じに台詞の調整が必要かもですねえ」



「…………小説の編集みてえなこと言うなよ、ばか」






さっきまで余裕が無い感じだったシドウさんは、今はジト目で私の言葉に突っ込みを入れてきました。






「あの……さ、プロメ。……本当に、俺のこと、覚えてないか……? この悪人面に、ピンときたりしねえか?」






シドウさんはまるで自分が指名手配でもされてるみたいな言い方をします。



確かに、シドウさんほどの特徴的な男前なら、一度会えばそう簡単に忘れないと思います。





それに、さっき会話したとき



『そうですよね……。そもそも、私とシドウさんって初対面ですし』 



という私の言葉に




『いや、あの。初対面ってのは……その。……やっぱり、わからねえよな……』




と濁しています。




……やはり、私とシドウさんはどこぞでお会いしているのでしょうか。






「シドウさん、やっぱり……私と貴方は、どっかでお会いしてるんですよね? あの、もし私が忘れてたら申し訳無いので、遠慮なくおっしゃってください」






出会いを忘れて初対面のツラをするのは失礼というもの。


協力者になってくれたシドウさんにそのような無礼は出来ません。




私の言葉に、シドウさんは困った様な悲しい様な、そんな複雑な思いが混ざったみたいに眉を寄せて笑い、答えました。






「そっか、よく考えりゃ……わかるわけねえよな。……ごめん、やっぱ初対面だ。……会ったことがあるってのは、俺の勘違いだった。だから……全部忘れてくれ」






そう答えたシドウさんの悲しそうな笑顔は、なんだか儚げに見えたのでした。








出会いを忘れて初対面のツラをするのは失礼というもの。


協力者になってくれたシドウさんにそのような無礼は出来ません。




私の言葉に、シドウさんは困った様な悲しい様な、そんな複雑な思いが混ざったみたいに眉を寄せて笑い、答えました。






「そっか、よく考えりゃ……わかるわけねえよな。……ごめん、やっぱ初対面だ。……会ったことがあるってのは、俺の勘違いだった。だから……全部忘れてくれ」






そう答えたシドウさんの悲しそうな笑顔は、なんだか儚げに見えたのでした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る