37話

 子瑞しずいらが流榮騏りゅうえいきの家にたどり着いて一晩泊まると夜が明けた。


 彼らのうち、榮騏の寝室のベッドに子瑞、その部屋のとう(長椅子)に昌信しょうしん、寝室の手前の部屋にもあるとう桃佳とうけいが、そして榮騏は桃佳の寝込みを襲わないように縄で縛られた状態で自身の寝室の床の上で寝ていた。


 昨夜、子瑞が桃佳に抱擁してしまったことに、彼は昨晩ずっとそれが心に残り、興奮のあまり眠れなくなってしまった。

 彼は桃佳に見惚れてから1週間しか経っていないのに、あんな大胆な行為をとってしまったことで、彼女に嫌われたのではないかと後悔した。


 一方自分の中で桃佳に思いを寄せていた昌信はそれを目撃したせいか、まだなんか自分が心の中が空虚となっていた。


 子瑞らが起きると榮騏の縄が解かれ、彼によって朝食が作られた。それは粟粉などを焼いた餅子ピンズという餅のような物だった。どうやら彼はこの餅子ピンズを非常食としてあらかじめ作っていたそうだ。


 朝食を取り終えると、外へ出ていよいよ榮騏による特訓が始められようとしたその時だった。

 桃佳が昨日からずっと気がかりでしょうがなかったことを榮騏に尋ねる


「あのさー、私も修行を受ける前に聞きたいことがあるんだけど。昨日言っていた玄龍祠げんりゅうしの場所を知っている”モンモン”とか言う奴を紹介するって言ってたけど誰なの?」

蒙蒙モンモンなら、もうここにいるのだ!」


 すると”モンモン”と思われる少女のような者の声が、桃佳達がいる後方の森から聞こえた。


 声の主は背後の葉が繁った木の枝から飛び降りてきた。子瑞ら三人はその姿に驚愕した。


 彼女の見た目は、前腕と下腿に人間とは思えないような白地に黒斑模様の棘のように体毛が生えている。そこ以外は、華奢だが巨乳のを持つ体形を持つ人間の少女のようだった。


 髪も四肢と同じ毛色の短髪で、額に三つの縦の斑の模様があった。顔は釣り上がった琥珀色の虹彩に縦長の瞳孔が入っており、それとは打って変わって鼻筋は美しく通っている。


 そして袖が短く黄檗色のおおきな胸がはだけた上衣に、膝までの丈で同じ色のズボンを着ている。


 榮騏が言っていた”モンモン”という者がこのような異形の者だったことに驚愕するしかなかった。


「こ……ここここ、こいつが”モンモン”なの!?」

「何だ、こやつは!」

「こらぁ!蒙蒙モンモンのことを『こやつ』呼ばわりしないでほしいのだ!」


 子瑞らはただ、“蒙蒙モンモン”を何かおぞましい者を見た時のような、ぎょっとしたような目つきで彼女を見た。


「なんでそんな目で蒙蒙モンモンを見るのだ!?榮騏、こいつらは一体何者なのだ?」

「はっはっは!蒙蒙モンモンお前、こいつらが誰なのか分らねぇのか!」


 榮騏が”蒙蒙モンモン”に子瑞らのことをぞんざいに扱って彼らを紹介した。


「えっ、何だって!こいつがこの冬亥国とうがいこくの王、泉子瑞せんこうぜんなのか?通りでこのようなヘタレだから簒奪されてしまってもおかしくないのだ」

「はぁ、このような奇怪な者に罵られるとは……」

「ちょっと、アンタ!子瑞くんはこの国の王なの!なんて口聞くの!子瑞くんのことは”主上”って呼びなさいよ!!」


 桃佳と昌信は、子瑞の許可を得てタメ口を聞いているが、蒙蒙モンモンが皮肉と侮蔑と両方を含んだ言動を彼にしていることが、桃佳は許せなかった。


「ねえ榮騏、この化け物みたいな奴が”モンモン”だっていうの?」

「ああそうだ。コイツは元々孟極もうきょくという額に模様のある白い豹の妖怪だったが、21年前俺がここに来た際にこの伏妖戟ふくようげきの力によって人間の姿に転変し半分人間になって”半妖”となったんだ」


 榮騏はそう言って、自らが持つ全長一丈(約2.3m)の穂先に三日月型の刃が両側についた戟を掲げた。

 子瑞らはその戟を見て、妖怪を半妖に転変させる力があることに、興味がそそられた。


「榮騏、お主の戟にそのような能力があったというのだな!?」

「えっへん、そうなのだ!榮騏の伏妖戟のおかげで蒙蒙モンモンは”半妖”の姿になったのだ」

 蒙蒙モンモンは得意気に言ったが、子瑞らにとってその見た目はまだ人外っぽさが抜けていないようにしか見えなかった。


 すると桃佳は、彼女しか知らないという、自分が行かなければならない場所がどこにあるか思い切って聞いてみる。


「モンモン、聞いてもいい?私、玄龍祠がこの石者山せきしゃざんにあるって榮騏から聞いたけど、どこなのか分からないって言われたんだよね。だからアンタさあ、その場所を知ってるなら教えてくれない?」 

「もちろん、知っているのだ。でも、人間のお前じゃそこに行くのは、無理と言っても過言ではないのだ」


 蒙蒙モンモンは、桃佳を『お前』呼ばわりした挙句、玄龍祠に行くのは困難をだと言われ、彼女は怒りと驚愕と落胆を感じ、複雑な気分となってしまう。


「ハァ!?そんな私が行けないとこにあるの!?」

「そうなのだ。お前は人間だから、きっぱり諦めるのだ。どうしても行かなければならなくても、着く前に死んでしまってもおかしくないのだ」


 そう言われた桃佳は、蒙蒙モンモンのように”半妖”でなくても、絶対に玄龍祠に行かなければならない目的があった。


「私は子瑞くんが王位奪還するために、玄龍祠に行って玄龍を召喚出来るようにならなければいけないの!それなのに、私が人間だから行くのは無理だとか言ってる場合じゃないから!」

「そのヘタレた王の王位奪還するために、そこに行くのだ?それだと、お前の命が危ないことになるから、いい加減諦めるのだ」

「モンモン、お主は余の悪口を言うのをやめぬか!!桃佳だってそのためにそこに行かなければならぬのだぞ」


 子瑞はついに蒙蒙モンモンに対して、怒りをあらわにした。いくら彼女が王である自分に対して侮蔑的な態度を取ることを慎むよう警告した。


「おい蒙蒙モンモン、子瑞はこの国の王だぞ。そのような口を聞くのはやめろ。お前はいつも俺以外の人を見下したような言動をとるからな。ほら、さっさと謝れよ」

「……分かったのだ。榮騏がそう言うなら蒙蒙モンモンが悪かったのだ。『お前』とか言ってごめんなさいなのだ。主上、許してくださいなのだ」


 確かに桃佳や昌信、そして榮騏が子瑞に対してタメ口を聞くことを許しても、蒙蒙モンモンの言動は子瑞自身にとっては、心底怒りを起こしてもおかしくなかった。

 彼女も榮騏に諭されて、王である子瑞に申し訳なさそうに反省の気持ちを伝えた。


「それが分かればいいんだ蒙蒙モンモン。余はお主のような半妖だからと言って差別したりはせぬぞ。それに桃佳をお主が玄龍祠に連れて行かなければ、この冬亥国、ましてや四鵬神界しほうしんかいが崩壊してしまう。そのためにも協力して欲しい」

「分かったのだ。主上のことを『ヘタレ』とか言って済まなかったのだ……」


 改めて蒙蒙モンモンは子瑞に対して失礼な態度を取ったことを謝罪した。だが彼女は、桃佳に開き直ったかのように告げた。


「それでも桃佳には言っておくけど、玄龍祠に行くにはここから一週間はかかるのだ。それにさっきも言ったけど、人間がそこへ行くには縄が必要になるのだ」

「えッ!?そんなところにあるの?」


 どうしても、玄龍祠に行かなければならない桃佳は『縄が必要』と言われて、断崖絶壁を登らなければいけないのかと不安が募り、寒気が全身に走った。

 すると、昌信が恐怖におののいている桃佳に励ましの言葉をかける。


「それはともかく、玄龍祠の場所を蒙蒙モンモンが知っていたから良かったな。そこまで行くの大変らしいけど……」

「うん、頑張って行ってくるね……」

「それじゃあ、準備が必要だから、早くても明日以降にしか出発できないのだ」


 それでも桃佳は、まだ『縄が必要』と言われたことを引きずって、昌信の激励も虚しくも意味をなさなかった。

 そのような彼女を差し置いて、榮騏は張り切って子瑞らに大声をかける。


「よおし!お前ら、俺の特訓にとことん付き合ってもらうぞ!!もちろん、桃佳もだ。準備は特訓の後にしろ!」

「あぁ……」

「ふあぁい……」


 榮騏のあまりのテンションの高さに呆れてしまった子瑞らだったが、それでも王位奪還のためなので受けざるを得なかった。

 特に桃佳は明日から一週間かけて、要害を越えて玄龍祠に行かなければならないという不安でいっぱいにも関わらず、特訓を榮騏から強制的に受けなければならなかった。

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